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仕上げ磨き攻略法

子どもの歯の仕上げ磨きは大仕事だ。

暴れて抵抗し、体をねじって起き上がろうとする子どもを仰向けにするところからもう既に大変。とにかく大の字に寝かせ、両手両足に自分の足を乗せて動けないように押さえる。

すると今度は口を開けない。左手で下顎に力をかけて無理に開かせ、歯ブラシを入れる。それでも必死の形相で、ガッチリ噛みついて歯ブラシの動きをブロックしてくる。

下手すると20〜30分かかる。双子だから✕2、それを朝晩。今思い出すだけでうんざりだ。

ところがある日。

いつものように息子を寝かせ、「そう言えば、あんたが生まれた日も今日みたいに天気のいい日やったなぁ。」と何となしに言うと、子どもの動きがピタリと止まった。

そのまま、子どもが生まれた時の様子を話して聞かせながら仕上げ磨きをする。本人は歯磨きをされていることも気付かないかのようにポカンと口を開けたまま。これまでの苦労が信じられないほどアッサリと終わった。

その間もう一人の息子は、私の傍らにじっと座って聞いていた。なのに、交代して自分の仕上げ磨きの番になると、自分が生まれた時の話を聞きたがった。双子なので全く同じ話である。でも、それを真剣に嬉しそうに聞きながら、やはりアッサリと磨き終わった。

子どもは自分の誕生エピソードを聞くのが大好きなんだと、その時初めて知った。

しめたしめたとしばらく同じ手を使った。よくもまぁ飽きないものだと感心するくらい、子どもたちは誕生エピソードを聞きたがる。が、私が先に飽きた。

そこで次には、即興で考えた物語を話しながら磨いた。

喜んだのは電車シリーズ。電車に乗って、不思議な国へ行って色々な冒険をし、またその電車で家に帰るというのがお決まりのパターンの物語だ。青い電車は海の国行き、白い電車は雲の国行き、という風に確か5種類くらいバリエーションがあったと思う。

主人公はもちろん、歯を磨かれている息子本人。自分が主人公の冒険物語を喜ばないはずはない。これもじっとしたまま聞いてくれたので、磨くのが楽だった。

お話を考えるのは頭を使うので少し疲れるが、子どもを無理に押さえつけるストレスに比べればマシというものだ。

でも、面倒くさくて物語を考えたくないときもある。そんな時は寝かせた子どものお腹の上に、『童謡集』なるものを広げて、歌詞をチラチラ見ながら歌った。

リクエストに応えると時間が長引いてしまう。だから「母さんが歌いたいのを歌います」と先に宣言し、懐かしい童謡を気持ち良く歌った。夏は窓を開けたままで歌い、お隣さんに「いつもお母さんの歌を聞いてますよ」と言われて恥ずかしくなったこともある。

仕上げ磨きに手こずるのは、長い子育て期間の中の、初めの数年のこと。とはいえ、親子にとってストレスフルな時間であるよりは、少しでも楽に乗り越えられる方がいい。

それから10年近く経つと、今では仕上げ磨きという幼い時にしかなかった時間そのものが、柔らかくて温かい。

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