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「ニューヨークとサウナ」 - vol.3

こんにちは、サウナジャーナルの大山です。

近年、ニューヨークでサウナが注目を集めています。トレンドの最先端を行くこの街で、サウナはどのように受け入れられ、進化してきたのでしょうか?2015年から現在までのニューヨークのサウナシーンの変遷を掘り下げていきたいと思います。(*前回のエピソードでまとめた時系列に沿って考察をしていきます)


Phase 1 : 2015年 「伝統系か高級スパかの二択時代」

わたしがサウナに目覚めた10年前は、ニューヨークにはロシア系移民が多い地域にバーニャ、韓国系移民の地域にはチムジルバンといった、サウナや温浴文化がある国の施設が主流でした。それらの施設は、自国文化を色濃く反映したインテリアで本場感はあるものの、あまり居心地の良いものではなく、設備も古く清潔感に欠けていました。利用者もその国や近隣諸国の人たちが中心で、それ以外は一部の温浴好きの人たちと限定的な印象でした。

実際にわたしもロシア系のバーニャ(Spa 88Russian and Turkish Baths、 Mermaid Spaなど)や、韓国系スパ(King SpaThe Spa Club)などいろいろな施設を回りましたが、ロシア系のサウナには男性優位な印象で、サウナ室内は超高温で、おしゃべりが絶えずノイズレベルが高め。さらに、共有スペースでもアルコールを飲みながら盛り上がる人々が多く、全体的に落ち着いてリラックスできる雰囲気からは程遠いものでした。韓国系のスパも、ツタンカーメン、ピンクのロココ調家具、金のライオン、アメジストなど、まるで世界中の装飾物を詰め込んだB級博物館のようなインテリアで、エンタメ感はあるものの、視覚的な情報が多すぎでしたw。その上、館内着もどピンクのTシャツと短パンだったりと、リラックスできる空間ではありませんでした。

そのほかの選択肢といえば、マンダリンホテルグレートジョーンズスパといった、富裕層をターゲットにしたラグジュアリー系スパに併設されたサウナだけでした。当時、サウナを利用できる施設の選択肢は非常に限られており、その位置づけもマッサージやエステが主役のスパ施設に付随する「サブ的な存在」に過ぎませんでした。また、この頃「スパ」といえば、ヒップホップのミュージックビデオに登場するような、ジャグジーに浸かりながらシャンパン片手にパーティを楽しむ光景が象徴的なイメージとして定着していました。

注釈:
英語圏では「スパ」という言葉が広義で使われており、その範囲は日本でいう温浴施設だけにとどまらず、エステ、ネイルサロン、リラクゼーションや美容関連のサービスを提供するあらゆる施設が「スパ」として名付けられています。

韓国系スパ「King Spa」はツタンカーメンやゴールドのライオンがいたりMore is Betterな装飾
(Photo from King Spa)
マトリョーシカやロシア語で書かれたサインが飾られる老舗のバーニャ「Spa88」
(Photo from Eater Magazine)
ブルックリンのロシア系移民が多いエリアにあるマーメイドスパ。ロシア、東欧系の利用者が多い
(Photo from New York Post)
「アメジストクリスタルルーム」と名付けられたMandarin Hotelのスチームサウナ
(Photo from Mandarin Hotel)

Phase 2 : 2016-2017年「新しい潮流とサウナの多様化」

ニューヨークのサウナシーンにおいて、大きな変革、新しい潮流が生まれてきたのを鮮明に記憶しています。

2016年、ウォール街のWeWorkに「Rise by We」というモダンでスタイリッシュなサウナ付きジムがオープンしました。当時、ビジネス界では「バイオハック」=生活習慣を最適化し、仕事のパフォーマンスや生産性を向上させる手法が注目され始めていました。特にエクササイズやコールド・プランジ(水風呂)の実践がプロフェッショナルたちの間でじわじわと人気を集めるようになっていましたが、この施設はまさにそれを象徴する存在でした。
同時期には元モデルでヘルスコンサルタントのローレン・バーリンジェリと、メリルリンチの投資銀行家だったケイティ・カップスの女性二人が創業した「Higher Dose」や、シンディ・ラミレス・フルトンという若き女性オーナーが若者層をターゲットに「モダンセルフケア」を謳った「Chillhouse」など、遠赤外線サウナを取り入れた施設が次々に登場しました。ウェルネスとテクノロジーが融合したことにより、より手軽に、そしてプライベートな空間でサウナを楽しめるように進化しました。また、この頃から「セルフケア」という言葉が多用されるようになり、女性的な美容の視点がサウナに取り入れられるようになりました。

Higher Doseのファウンダーの二人、Lauren Berlingeri(左)Katie Kaps(右)

Kaps and Berlingeri moved away from the healthclub-meets-nightclub vibe of the physical locations and rebranded to a more fashion-meets-wellness narrative…
「Kaps と Berlingeri は、ヘルスクラブとナイトクラブが融合したような従来の施設の雰囲気ではなく、ファッションとウェルネスが融合したショップへとブランドイメージを一新しました」

Forbs誌より

Having grown up in the city, she was familiar with the shady business practices of manicure and massage spas whose below-market-value prices often led to the financial exploitation of the service providers. She also found that the ultra-high-end spas weren’t quite the right fit for her either. “The higher-end spectrum wasn’t really attainable for me as a twenty-something,” she explains during a private tour of the new Soho space. “I couldn’t really go to those businesses because it was out of my price range. There’s this big divide between the two, and Chillhouse sits right in the middle.”

ニューヨークで育ったシンディは、マニキュアやマッサージを提供する一部のスパが抱える問題をよく理解していました。多くのスパでは、サービス提供者が相場よりも低い賃金で働かされ、金銭的に搾取されるケースが少なくなかったのです。一方で、超高級スパにも違和感を覚えていました。
「20代の私には、経済的な余裕がなく高級スパは手が届きませんでした。また、低価格のスパと高級スパの間には大きな隔たりがあると感じていたんです。だからこそ、チルハウスはその間に位置する存在を目指しました」
ソーホーにオープンしたばかりの新しいスペースを案内しながら、彼女はそう語りました。

Vogue誌より引用、意訳

ビジネス誌『Forbes』で取り上げられた「Higher Dose」の記事、そしてファッション誌『Vogue』で特集された「Chillhouse」の記事を読んだとき、ニューヨークのサウナシーンの変革を的確に捉えていると強く感じました。従来の「パーティー的なスパ」というイメージや、スパ施設に付随するサブ的な位置づけから一転、サウナの本来の魅力が徐々に認知され始めていたのです。特に、サウナがより手軽でスタイリッシュな存在へと進化したことは、大きなターニングポイントだったと思います。この変化により、サウナは美容やウェルネスビジネスの中心的な存在として認識されるようになり、より身近なものになっていきました。

また、2017年には、ニュージャージー州に宿泊可能な大型韓国系スパ「SoJo Spa Club」がオープンしました。マンハッタンを一望できるインフィニティプールは、瞬く間に若者たちの人気を集め、ソーシャルメディアを通じて話題を呼びました。この施設はモダンでクリーンなデザインが特徴で、従来のサウナのイメージを刷新し、スタイリッシュで洗練されたイメージを広めるきっかけとなりました。こうしたトレンドの変化を受け、サウナや温浴は「ファッショナブルで心身を整えるセルフケア」として徐々に注目されるようになり、特に女性や若い世代を中心にその人気がじわじわと広がっていきました。サウナ施設の種類が多様化し、利用者のニーズに応える選択肢が増えたことで、サウナや温浴文化はますます幅広い層に浸透していったのです。

マンハッタンを見渡せるインフィニティプールが大人気の「Sojo Spa Club」


Phase 3 : 2019年「ブルックリンに誕生したモダンサウナ」

2019年、ブルックリンのトレンディなエリア、ウィリアムズバーグに「Bathhouse Williamsburg」がオープンしました。2016年から2017年にかけて起きたサウナシーンの変革を1st Waveとするなら、Bathhouseの登場は2nd Waveだといえる出来事でした。それまで主流だったマンハッタンや郊外のスパ施設とは一線を画し、エリア、ターゲット層、建築デザイン、サービス―その全てにおいて、これまでにない「モダンなスタイル」を提案していました。

Bathhouse Williamsburgの外観。手前がレストラン、奥がサウナの入り口
(Photo from Savvy Studio)

ブルックリン、ウィリアムズバーグというエリアの意味
Bathhouseがブルックリンのウィリアムズバーグに開業したことには、大きな意味があります。ウィリアムズバーグは、歴史あるインダストリアルな建物を残したおしゃれなホテルやショップが立ち並び、アートとカルチャーの発信地としても知られるエリアです。また、マンハッタンからも電車で一駅とアクセスもよく、イーストリバー越しにマンハッタンの景色を楽しめることから、ここ15年で急速に再開発が進み、20〜40代のアーティストやクリエイター、起業家、IT業界で働く「Young Professional」と呼ばれる若い高収入層が多く移り住むようになりました。カルチャー、ビジネスが交錯するヒップで洗練されたエリアへと進化したウィリアムズバーグは、今ではツーリストにも人気のスポットになっています。このブルックリンのヒップなエリアを選んだことは、Bathhouseのブランディングにおいても、クールで都会的なイメージを印象づけるのに成功しています。

ターゲット層
実際にBathhouseを訪れると、健康志向でメンタルヘルスへの関心も高いGen-Zやミレニアル世代がコアの利用者であることに気づきます。彼らはサウナをセルフケアやライフスタイルの一環として取り入れています。
これまで、ニューヨーカーにとってサウナといえば特別な機会に訪れる「非日常」の場所というイメージが強かったものの、Bathhouseに通う人たちを見ていると週末や仕事帰りに訪れたりと、サウナが「日常」の一部になってきているのを感じます。(またクールなデートスポットしても人気)Bathhouseは、こうした若い世代のニーズにあったモダンなウェルネス施設として人気を博しており、セルフケア習慣をより身近でスタイリッシュなものへと進化させました。

ウィリアムズバーグの川沿いにあるDomino Park。マンハッタンが対岸に見える人気スポット
(Photo from Kid On The Town) 

世界のサウナ文化を融合したニューヨークスタイル
Bathhouseのユニークな点は、世界のサウナ・温浴文化を巧みに取り入れ、それをニューヨークらしい現代的で都会的なスタイルへと昇華させたところにあります。Phase 1で触れたように、これまでニューヨークに存在していた大型サウナ施設は、ロシアや韓国など、自国の温浴文化をそのまま再現するスタイルが主流でした。しかし、Bathhouseはこれらとは一線を画し、フィンランドの「サウナ」、ロシアの「バーニャ」、トルコの「ハマム」など世界の温浴文化が融合した施設になっています。

館内にはドライサウナが二つ、スチームサウナ、温かい大理石のベンチがあります。さらに、サウナのあるフロアへ降りて最初に目をひく正面の壁画には、古代のローマンバスの風景が描かれており、多文化のエッセンスが随所に散りばめられています。それでいて、施設全体のインテリアは、ミニマルでクリーンなスタイルでまとめられており、洗練された都会的な雰囲気を感じさせます。この空間を手がけたのは「Verona carpenter Architects」という建築&インテリアデザインファームで、彼らはソーダファクトリーだったレンガ造りの風情あるインダストリアルな外観を活かしつつ、内部は現代的なデザインへと生まれ変わらせました。新旧、多国籍をうまく調和させたこの建物は、訪れる人たちに新しさと親しみやすさを感じさせる空間に仕上がっています。

イラストレーターのAmit Greenbergが描いたローマンバスの壁画
(Photo from DeZeen)
ミニマルなデザインのロッカー&シャワールーム
(Photo from DeZeen)

ハイエンドなレストラン&バーを併設
Bathhouseが画期的だったもう一つの理由は、施設内にハイエンドなレストラン&バーを併設した点です。このレストランでは、ミシュラン三つ星のレストラン「Eleven Madison Park」で経験を積んだスロベニア出身のシェフ、ネイク・セルガが手がける多彩なメニューが楽しめます。伝統的なボルシチを現代的にアレンジしたスープから、グラノーラなどのヘルシーなものまで多彩なメニューが味わえます。ローブを着たまま、スタイリッシュなレストランでファインダイニング体験ができるという施設は、従来の施設にはなかったサービスでした。

天井の高くて開放的なレストラン&バー
(Photo from DeZeen)
プレゼンテーションも美しいメニューの数々
(Photo by Noah Devereaux from Infatuation)

このように、革新的な取り組みで注目を集めたBathhouseは、さまざまなメディアで取り上げられました。ハイエンドなファッション誌『Vogue』や『W』、ストリートカルチャー誌『Cool Hunting』、建築・デザイン誌『DeZeen』や『Architectural Digest』、さらにトラベル誌『Travel + Leisure』、老舗の文芸誌『The New Yorker』、オンラインフードマガジン『Eater』など、多ジャンルのメディアが特集しました。

これまで、サウナ施設がファッション、ウェルネス、フード、建築、デザイン、カルチャーという幅広い分野で語られることはほとんどありませんでした。しかし、Bathhouseが「サウナ」という伝統的な施設を現代的にアップデートし、新たな価値を生み出しました。サウナをクリーンでスタイリッシュに、そしてセルフケアの新しい手段として提案したことにより、多くの人とってサウナがより身近で魅力的な存在になり、ニューヨークのサウナシーンに大きな変革をもたらしました。

おわりに:
2019年にブルックリンに誕生したBathhouse。その登場から6年が経ち、この施設がニューヨークの「サウナ」のイメージをいかに刷新し、現代のサウナカルチャーを根付かせたかを改めて感じます。現在、Bathhouseは週末は若いカップルや常連客で賑わい、大人気のスポットとなっています。一方で、施設が若者層を意識してか、館内にリズムの速いアップビートの音楽が流れていたり、利用者のおしゃべりが盛り上がっていたりと、静かにリラックスを求めるサウナ愛好者には少し物足りなさを感じる面もあります。

それでも、Bathhouseはマンハッタンに2店舗目をオープンさせ、さらなる進化を遂げています。ニューヨークのサウナカルチャーを新しいステージへと押し上げるBathhouse。次回は、その2店舗目についても詳しくご紹介していきます。


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