「教員不足」に対して、東京都としてできること。予算をゴリゴリ使って、正規教員の確保や給与改善など進めるべきでは?
前回、前々回と「教員不足」をテーマに書いてきました。1回目では教員不足が生じる構造について、2回目には現在の教員採用の状況とそれに対する国と東京都での対応について。
3回目となる本記事では、この「教員不足」という目の前の課題に対して東京都としてできること、実現すべきとわたしが考えることについて書いていきます(中央区として実現すべきことも書いてたのですが、長くなったので東京都の部分を分割)。
ご存知のとおり、東京都は潤沢な予算がありますので国の動向をお構いなしに独自で施策を展開するだけの余力があります。国の方針転換にはなかなか時間がかかりそうなこともあり、都道府県などできるレベルから少しずつでも変わっていき、それを元に国が変わるという流れを作ることができればと考えております。
なかなか類似の主張が見つからず、制度的な裏付けの部分も可能な範囲で調べた内容ではあるので考慮漏れや勘違いの部分もあるかもしれないですが、ひとつの問題提起として議論のきっかけになればと思います。
前提としての、国庫負担の仕組み
本来、教員の採用は都道府県で行っており、その雇用する人数や給与体系も都道府県次第というのが基本的な考え方です。
しかし、実際には教員の人数や給与は国の定める基準に基づく「定数」に大きく影響を受けています。これはざっくり言うと学校の数に対して校長や副校長が1人、児童・生徒の数に対して必要とされる教員の数(35人に対して1人など)といった計算によって算出されるもの。
なぜ、この定数が影響を与えるのかと言えば、この定数の範囲でないと国の補助が得られないため。教員の給与には義務教育費国庫負担制度という仕組があり、これは教員の給与の1/3を国費で負担するぜ、というもの。逆に言えば、定数以上に雇用をしようとすると100%都道府県で面倒を見なければならなくなるということです。
「義務教育費国庫負担法第二条ただし書及び第三条ただし書の規定に基づき教職員の給与及び報酬等に要する経費の国庫負担額の最高限度を定める政令」なるものに下記の長々とした記載があります。
ごちゃごちゃ書いてて読みにくいですが、意訳するとこういうことかと。
定数に基づいた教員の数から産休中の教員を引いて、その代替で来ている教員の数を足すということをやってるみたいです。余談ですが、実際の手続きとしてもややこしいらしく、いくつかの都道府県が誤って算定して会計検査院に怒られてるのを発見しました。
他方で、このような計算で定められた国庫負担金の範囲であれば人数や給与体系は自由に決められるということになっています。これを「総額裁量制」というらしく、「給料単価を上げて人数を減らす」ことも「給料単価を下げて人を増やす」ということも実現できるようです。
右側の絵は、給料単価を引き下げてその分で教員を増やすというやり方。他方、下側の絵は教員の数を減らしてその分で給与単価を上げるというやり方。このように、どの程度教員を採用して給与単価をどうするのかは都道府県の自主性に任されているということです。
これらを踏まえた上で、以下に3つの点から教員不足の解消に直結できそうな提案を行います。
1.正規教員のさらなる確保
正規教員採用の実際と必然性
まずは正規教員の数をゴリゴリ増やすということ。繰り返しになりますが、教員の採用の主体は都道府県で、どれだけの数の正規の教員を確保するかは都道府県次第。定数の範囲を超えると1/3の国庫負担の対象にはならないようですが、100%を負担となる前提で考えれば教員の数は増やすことは可能です。
しかしながら、実態としては多くの都道府県では100%前後となっています。文部科学省による教員不足に関する調査の中では都道府県単位での定数に対しての充足率についても調査されています。この結果を抜粋してグラフ化したのがこちら。
全体の平均では101.8%とほぼ定数と同じ数に留まっており、要するに「正規教員の数を国の定める定数が実質的に規定している」ということが分かります。なお、調査時点で最も充足率が低かったのは長崎県で98.3%。
東京都はこの中で例外的に高く108.2%。しかし、これまでに書いたとおり特に上限はないのですからこれ以上増やすということもできるはずです。そして、産育休や病休の代替や特別支援教育のさらなる充実などのために将来的にもニーズがあるのであれば単年度の非常勤として雇用するよりも正規の教員として雇用する方が教育の質の観点から望ましいでしょう。
将来的な定数見直しの先導としての役割も
もちろん、本来必要となる人数と定数の考え方に乖離があるのであれば中長期的には国で定める基準の考え方を改めることが不可欠。しかしながら、何の実績もなしに考え方を改めるということがやりづらいことも事実。
時限的な加配のための定数を基礎定数化する、つまり定数の考え方を改善するということも一部では進められているようですが十分とは言えないようです。これは2017年度予算での変更。
ある種の実証実験として、東京都として独自に人の配置を改善してみてその結果を国にフィードバックして今後の定数見直しの動きを先導していくことは全国的な目線で見ても意味のあることですし、都としての責務ではないかとも思います。
2.給与のさらなる改善
教員の給与を独自に上げることの実現性
次に、給与の改善。できるだけ多くの教員に長期間働いていただくためには採用の枠を広げるだけでなくもっと多くの方に志望をしてもらえるよう給与などの待遇も改善していく必要があります。
前提の部分で触れましたが、給与単価は基本的に決まっていますが総額裁量制という考え方の中であくまで都道府県として受領するのは「単価x定数」の分の予算であって、その上で単価をどのように設定するのかは都道府県次第。
上記の絵では基礎定数を減らして単価を上げるということを図示しています。ただし、基礎定数部分を都道府県の100%負担で賄えば、必ずしも実際の人数を減らす必要はありません。重要なのは「基礎定数の範囲であっても給与単価を上げることは可能である」ということです。また、定数以外であれば当然国の基準に従う必要はないでしょう。
実際に、新たに手当を創設する形で給与を改善している例もあるようです。たとえば岡山市では、新採用の小中学校の教員に、採用5年間の間に毎月2500円の「初任給調整手当」をつけるという取組を始めています。
これは新卒教員獲得の競争力を上げるための施策という位置づけ。2,500円/月もありがたいですが、もっとマシマシにすることだってできるでしょう。対象を若手に絞る必要はありませんので、もっと範囲を広げて中途採用で他県からの中途採用を狙う、他の業種で働いている潜在的な教員免許取得者の流入を促す、さらには他の業種への就職を考えている学生が教員を志望するようになるということもありうるでしょう。
別の形での補助も
この他にも「家賃補助」や「研究費」といった名目を立てることも選択肢としてあるでしょう。特に、家賃補助については現状でも1.5万円/月という補助があるようですが、「世帯主、35歳未満、借家居住」という条件があります。
東京都では都心を中心として家賃が高騰していることもあって家賃補助を増やすというのはそれほど突飛なことではないでしょう。年齢で縛る必要は必ずしもありませんし、かつ借家に居住であることを制限する必要もありません。
保育士確保施策での例
前提となる位置づけはやや異なりますが、不足する人材の確保のために東京都が独自に補助を付けるという観点では実績もあります。
保育士不足の状況に対して、保育士に対しては「東京都保育士等キャリアアップ補助金」、「東京都保育サ-ビス推進事業補助金」という制度があり、国の基準に増して独自に補助を行うことで人件費や運営費の補助を行うということをやっています。
このうちの「東京都保育士等キャリアアップ補助金」については用途は人件費となっていて職員の賃金改善に充てることとされています。
この手の話ではよく「教師という仕事の素晴らしさ」みたいな話になりがちですが、今の学生たちは現実的に物事を見ています。これはNHKによる就職先の企業を選ぶ際に重視する点の調査。
「給与・待遇が良い」というのは上位に来ているわけで、他の業種と遜色ない程度に待遇を改善していかなければ優秀な人材の獲得はおぼつかないでしょう(ついでながら、一般行政職と比較すると高額であるという議論もありますが、一般行政職の方ももっと上げるべきかと)。
3.奨学金の創設&返済の補助
この他、大卒での新規採用の応募者を集めるという観点では奨学金という要素も使えそうです。たとえば、東京都での教員を目指す学生に対して無利子もしくは返済不要な奨学金を提供する。もしくは、すでに借りている奨学金の一部もしくは全部を東京都が肩代わりするなどといったこと。
この件について、昨今の教員不足の状況を受けてようやく国では「正規教員になった大学院修了者」については日本学生支援機構から貸与された奨学金の返済を免除することになりました。
これはあくまで院卒の方のみであって当然ながら学部卒の場合は対象外で影響範囲はごくわずか。一方で、すでに一部の自治体では教員を対象に行われているようです。
こういった施策を行うことで、応募者の方々が日本全国の都道府県の中で「東京都」を就職先として選んでくれる方は大いに増えることが期待されます。
保育士確保施策での例
この奨学金という施策も、実は保育士確保施策としてすでに実施されているもの。指定の保育士養成施設に在学して保育士資格を取得を目指している学生に対して無利子の修学資金を貸し付けて、かつ卒業後に都内の保育所で働くと返還免除になる制度があります。
資格取得のための学費に加えて生活費にも使えるお金を貸してくれて、さらに5年勤務で返還免除というなかなかに太っ腹な施策です。今後こどもの数は減っていく見込であるにしても少人数学級や産休育休・病休の増加代替、特別支援教育の充実など必要となる要素は多々あることから、同じようなことを教員に対してやらない理屈はないのではないでしょうか。
まとめ
「教員不足」の原因とその解消への道筋
これまで、東京都として独自に行えることとして3つの提案を書いてきました。正規教員のさらなる増加、給与の改善、奨学金等の創設。これらの施策は、教員不足を抜本的に解消させるために必要なものという位置づけです。
過去の記事で書きましたが、結局のところ「教員不足」の背景にあるのは非正規教員に過度に依存した構造にあります。産休・育休、病休者数の代替や特別支援学級の担当など、追加で必要となるニーズに対してこれまで非正規教員を充てていたけれども、近年の競争率の低下でそのなり手が減っていることが問題の根っこにあります。
この抜本的な解決策は、正規の教員をさらに増やすことでそれらの新たなニーズに対応していくということです。
単純に採用数を増やすだけでは教員を目指す人たちが増えるわけではないことから、他の職業と比較しても教員の魅力を高めていく必要があります。これが給与の改善や奨学金等の創設という位置づけ。
東京都が独自で行うべき理由
これらの施策が目指すのは中長期的には、全国的な教員不足の解消。ただし、短期的に見ると東京都が独自に行えば教員採用の全国での応募者が増えるのではなく東京都の応募者数が増える(そして近隣は減る)、そして近隣県の顰蹙を買うのは間違いないでしょう。このあたりの横並び意識が現状を固定化させているようにも見えます。
近隣県の顰蹙を買うということは素直に認めた上で、それでもあまり空気を読まずにゴリゴリ進めていくべきと考える理由について2点述べます。
1つは、東京都としては決して現時点において教員採用において優位な立ち位置ではなく、むしろ競争率は低いという状況にあるということです。
こちらは前回の記事で紹介しましたが関東地方での都道府県の教員採用試験での競争率。
応募者数が決して多いわけではないにもかかわらず採用者数が増えていることから、東京都は「2.3倍」と直近の結果では関東地方においてもっとも競争率が低い都道府県となっています。この原因が何かを特定することは困難ですが、他の都道府県よりも現時点で競争率が低い(= 人気が高くはない)ということで、その魅力を向上させるために待遇面を改善する施策を打つことには必然性があるでしょう。
もう1点は、都道府県単位、ひいては全国での制度改正を先導するという役割を果たすため。
たとえば兵庫県明石市は医療費の無償化や保育園の無償化などの子育て支援で一気に有名になりました。これらの支援策が純粋に出生率が上がるかどうかについては議論があるものの、おそらく確実であるのは周辺の自治体からの子育て世帯の吸い上げ効果。近隣の自治体に住んでいる家庭が子どもが生まれるのであれば明石市に引っ越す、その結果として明石市の出生数が増えるということです。
そして、その吸い上げ効果があるからこそ政策の本来の効果(施策を行うことで出生数が上がる等)があるかどうかはさておいて、近隣の自治体では流出を抑えるために同様の施策をせざるを得ないという状況になります。この結果として、施策は他の自治体にも伝播します。
具体例で言うと、明石市が導入した子どもの医療費無償化は兵庫県内の自治体で続々と実現しています。
色がついているのが無償化を実施している自治体。拡大しないと見づらいですが星がついているのが2022年度に無償化が始まった自治体で、続々と高校生までの無償化が実現しています。
また、この都道府県の間での競争をもとに国を動かしていくということも見据えた話です。都道府県間での競争を引き起こすことで、財政的に厳しい都道府県が直接もしくは地元の国会議員に要望して国の予算化の議論が進むという展開も考えられます。
一例として、昨年から始まった東京都の「018サポート」や今年度から実施される都立高校・大学の無償化に対して、千葉県、埼玉県、神奈川県の知事が「居住地域にとらわれないこども施策」を求める要望を出すという動きが直近でもありました。
この要望書がどのような扱いになるのかは今後の議論ですが、児童手当の金額や悪名高い所得制限の見直し、全国的な高校の無償化などに繋がる可能性もあります。重要なことは、東京都がこれらの率先して施策を行わなければこのような議論が起こることもなかったであろうということです。
最後に
今回は、教員不足という課題に対して東京都として独自にどういったことができるのかについて考えてきました。簡単にまとめると、東京都は潤沢な予算があるのだから、それをふんだんに使って理想的な教育が行えるよう投資すべきということです。その結果がフィードバックされることで全国的な制度改正に繋がりうるという意味で、東京都が良ければ後はどうでも良いということでは決してありません。
この役割は東京都でしかできませんし、東京都がやるべきことです。現時点では直近の都知事選の公約は現職も含めて不明ですが、こういった施策を掲げてくれる候補者がいることに期待したいと思います。
最後に、冒頭にも書きましたが制度の解釈などについては一応調べた上での内容ではありますが厳密なチェックを受けた上で公開しているものでありますので、制度についての認識誤りなどありうるのでご容赦ください。あくまで問題提起として、今後の教育の将来像についての議論のきっかけになればと思っております。
本件に関して、ご意見ご要望などがあればお気軽に以下からお知らせください。