「就学相談」の位置づけは?中断できる? - 中央区における考え方について聞いてみた
今回のテーマは、就学相談。
就学相談とは、小学校や中学校に行く前にお子さんの心身の発達に不安があるような場合に相談を行う場で、本人の教育的ニーズや本人・保護者の意見、専門的見地からの意見、学校や地域の状況等を踏まえた総合的な観点から就学先を決定する仕組みです。
この場は本人と家族が専門家の意見も聞きつつ就学先を検討できる機会ということで何となく良さそうなものっぽいのですが、中央区での運用について一部の当事者の方から厳しいご意見をお伺いしています。
今回は、この就学相談の仕組みと現状の課題を整理した上で、直近の議会で取り上げたことによる中央区の見解について共有します。運用に地域差はあるかと思いますので、あくまで中央区での事例ということでご理解ください。今後、就学相談を予定されている方の参考になればうれしいです。
就学相談って何?
そもそも就学相談の位置づけ
まず、就学相談の位置づけから。この仕組みができたのはわりと最近です。なぜならば、何らかの障害がある場合には選択の余地がなく「特別支援学校へ原則就学する」というのが元々の当たり前であったため。
これが変わったのは2013年度の学校教育法施行令の一部改正から(さらに言うと、この背景には障害者権利条約を署名・批准があります)。改正後の学校教育法施行令では「就学予定者のうち、認定特別支援学校就学者以外の者について、その保護者に対し、翌学年の初めから2月前までに、小学校又は中学校の入学期日を通知」となりました。
この解釈は、すべての児童生徒が障害の有無にかかわらず通常の学校に入学するという前提で就学の手続が始まるということとされています。
また、この法改正に先だって公表された中教審分科会による報告書「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」では「基本的な方向性としては、障害のある子どもと障害のない子どもが、できるだけ同じ場で共に学ぶことを目指すべきである」とあります。
このように基本的には全ての就学予定者が通常級、そのうちで特別支援学校や特別支援学級などへの就学を希望する方がこれらの学校/学級に入るための事前の相談の場が「就学相談」であるというわけです。
対象者は?
上記のように特別支援学校や特別支援学級などへの就学を希望する方が受けるものという位置づけですので、この対象者は心身の発達に何らかの障害のあるお子さんやそれらの不安のあるお子さん。
相談の流れ
就学相談の流れはこちらの図のようになっています。
まずは本人・保護者からの申込みがあってスタート、その後に面談や行動観察などが行われます。
これらの結果をもとに特別支援教育に関わる有識者による「就学支援委員会」がその子さんにとって望ましいと考える就学先を判定し、それを保護者への報告・説明があります。
そして、この判定結果が保護者等と一致していればそこに就学先が決定、一致しない場合には相談が継続されるという流れ。
なお、この最終的な決定のプロセスについて、先に挙げた中教審分科会による報告書には下記の記載があります(太字はほづみ、以下同じ)。
保護者等に対して十分な情報提供と意見を最大限尊重して合意形成を行った上で、最終的には教育委員会が決定するということです。
就学相談の問題点
冒頭に書いたとおり、この就学相談には一部から厳しいご意見をいただいています。これは端的に言えば、「就学相談が"相談"ではなく"選別"の場になっているのではないか」といった指摘です。
すでに説明したとおり、就学相談においては就学支援委員会による判定結果を元に関係者の合意形成のもとで最終的に教育委員会が就学先を決定することになっています。そして、この判定結果と家庭での希望が一致しない場合には相談が継続されることとなっています。
しかし、その希望を変更することは実態として難しく、希望とは異なる進学先を選択する、もしくは希望が通る一方で何らかの条件を求められる(後述します)といったことが実際に発生しているようです。
特に、この問題が生じているのは何らかの特性をお持ちで通常級や支援級を希望しているにもかかわらず、判定結果が支援学校である場合です。
以下、3つのポイントに分けてこの問題点について整理してみます。
疑問1.そもそも法律等に準拠されているのか?
まず、実際の運用が現在の学校教育法施行令等に掲げる考え方に準拠しているのかという点です。
繰り返しになりますが、この就学相談の仕組みは「障害のある子どもは特別支援学校に原則就学」という従来の就学先決定のあり方を改める中で生まれたもので、現状ではすべての児童生徒が障害の有無にかかわらず通常の学校に入学するという前提となっています。
これを図示するとこうなります。
この前提があるとすれば、就学相談の結果として支援学校への判定があった場合にたとえば通常級を希望する場合に何らかの条件を求めるということは起こらないはずです。それは何らかの条件を突きつけられるまでもなく、選ぶことのできる選択肢であるはずだからです。
疑問2.条件設定は妥当か
次に、就学相談において判定結果と保護者等の希望が異なる場合、希望の就学先を選択するために提示される場合がある、条件設定の妥当性。
この条件は一例としては、「毎朝の学校での準備を子どもとともに行う」、「遠足やプールでの付き添いを行う」といったものが提示される場合があると伺っています。
まず、障害者差別解消法における「合理的配慮」として、障害のある子どもの教育を受ける権利確保のために保護者からその求めがあった場合には学校の設置者及び学校は環境整備を行う義務があります。
もっとも、この合理的配慮は「体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」とあり、全てが全てを学校側で対応するべきとまで言っているわけではありません。
他方で、「設置者及び学校が、学校における保護者の待機を安易に求めるなど、保護者に過度の対応を求めることは適切ではない。」と先の報告書にあるように、環境整備などについて保護者が全面的に受け入れるべきとあるわけでもありません。何より、就学先の合意形成には「本人と保護者の意見を最大限尊重する」とあるように何らかの条件設定を前提とされるべきではありません。
要するに、あくまで両者は対等な立場で合意形成を行う必要があるということです。ただ、最終的に就学通知を出すのは教育委員会であり、調整の期限は3月末までという制約もあることから、負担感はありつつも希望の就学先に行くためには受け入れざるを得ないという構造も実際にはあるように思われます。
これらを踏まえると、条件設定を行うにしてもその妥当性は十分に配慮されるべきですし、お子さんの発達状況等によって適宜見直しも行われるべきもの。そのような運用が実際には行われているのかどうか。
疑問3.就学相談は降りられる?
最後に、この就学相談の位置づけについてです。
何度も書きますが、現在の基本的な考え方は「障害の有無にかかわらず通常級」。そして、中央区Webサイトにおいても就学相談の対象は「お子さんの発達の特性や状態から就学先の相談を希望している方」とあります。
となった場合に気になるのは、この就学相談の位置づけ。関係する情報を見る限り、あくまでこの就学相談の場は必ず受けなければならないものではないはずです。
また、ここが重要なポイントですが、面談の途中や関係者間での合意形成にうまく至らない場合など、どの段階においても保護者の側から就学相談を取り止めることができるかどうかという点。受けるのが義務でなく任意なのであれば、そこから降りるのも自由であるはずです。
この途中で降りられるかどうかという点がなぜ重要なのかというと、「疑問2」で挙げた条件設定に関わってくるため。就学相談を受けた方にヒアリングをした際、希望と異なる判定が出た場合の選択としては「判定結果の就学先に行くか」「提示された条件を受け入れた上で希望の就学先に行くか」の2択であったとのことです。
就学相談の中ではこのような2択しかないとしても、「就学相談を降りる」という選択肢があれば判定結果がどうあれ通常級に行くという道を残すことができます。以下、イメージ。
この点は、「保護者の意見を最大限尊重」という観点からすると極めて重要な点だと思うのですが、特に就学相談の説明会では説明されることもなかったですし、上記のとおりこれまでの経験者もそのような認識はありませんでした。これが実態としてどうなのかというのが3点目。
今回のやり取り
これらの問題点を背景として、先日議会の一般質問の場で就学相談及び中央区における特別支援教育のあり方について区の見解について確認しました。以下、質問とそれに対する答弁です。
質問したこと
問1.特別支援教育のあり方
まずは、そもそもの中央区における特別支援教育のあり方について。
人員の確保や施設整備など様々な制約もあることから即座に実現することは容易ではないものの、目指すべき方向性としては先に挙げた報告書にあるように「障害のある子どもと障害のない子どもが、できるだけ同じ場で共に学ぶことを目指すべき」との考え方に沿うものという理解で良いかどうかについての確認。
問2.条件設定の妥当性
次に、合意形成の際に提示される場合があると伺っている条件設定の考え方について。
合理的配慮として必要となる環境整備を全て行う必要はないものの、一方で保護者に過度な負担をかけることも望ましくないとあります。このように双方が対等な立場で合意形成を行うことが大切で、かつその妥当性は十分に配慮されるべきものです。このような運用が実際に行われているのかどうかという点への確認。
問3.就学相談の位置づけ
最後に、就学相談そのものの位置づけについてです。
学校教育法施行令の解釈ではあくまで基本的には全ての児童生徒が通常の学校に入学するという前提で、この考え方に基づけば就学相談は義務的なものではないという理解で良いか。そして、関係者間での合意形成にうまく至らない場合等、どの段階においても保護者の側から就学相談を取り止めることができるのか。
質問に対する答弁
上記の問いに対する答弁は、以下のとおり。原文そのままです。
答弁への考察
問1と問2は、実に当たり障りのない内容でした。これは想定内。
問1について、さすがに文科省などが掲げている方向性とは異なる路線で行きます!などと言うわけはありません。「障害の有無に関わらず、互いの人格や個性を尊重する教育を進めていくことが重要」という発言を教育長がすることが大事で、この発言をもとに今後関連の施策の充実を訴えることに繋げられると考えております。
「できるだけ同じ場で共に学ぶ」という点についても言及いただきたかった部分ではありますが、そこまで積極的でないのはこれまでの反応でも透けて見えるのでこれは今後の課題です。
問2についても、「保護者と丁寧に対話しつつやってます」としか回答しようがないので、これを公式な見解としてはっきり示してもらうことが目的。
この件についてはこれまで一切議会で触れられたことはありませんでしたので取り上げたこと自体に意味があると考えています。この場で取り上げることで、適切な運用が行われない場合にはタレコミから再度議会で取り上げられるかもしれないということで行政側への牽制となります。その結果として、より丁寧に対話と条件提示も含めた合意形成が行われるようになることを期待できます。
問3は、ささやかながら成果です。これについても、どう考えても制度上「義務」ではないことから途中で降りることも当然にできるはずではあるのですが、公式見解として「就学相談の中断や終了については保護者の意向で行うことができます」という言質を得たことは重要。
というのも、就学相談を受けたことによって「判定結果の就学先に行くか」「提示された条件を受け入れた上で希望の就学先に行くか」のいずれかを選ばざるを得ないという状態を回避できるようになるため。
これによって期待される効果は2点。
1つは、条件設定がより適切に行われるようになるであろうこと。現状だと判定された就学先を変更するためのある種の「交換条件」として「遠足やプールでの付き添いを行う」などの条件が提示される運用となっていると伺っています。そして、最終的に決定するのは教育委員会であることからその条件を受けざるを得ない構造にあることは先に述べました。
これに対して、保護者側から就学相談を降りることができることになれば、不合理な条件を提示された場合にはそれを蹴って通常級に行くという選択も可能です。この場合に条件を付けるということは不可能ですので、実際にはこの選択をしないにしても、このような選択肢が手元にあることで保護者側は合意形成における交渉の上での立場は今よりも対等なものになることが期待されます。
もう1点は、就学相談が本来的な意味での「就学について相談をする場」になるであろうということ。現状では就学相談を受けることは就学先の決定とセットになっていることから、不本意な就学先が選ばれてしまう場合があり、その判定結果を覆すのは大変であることからこそ就学相談を受けないという選択をしている保護者もおられるようです。
本来、就学相談はお子さんの発達の状態や特性に応じた適切な教育の場を考えるための相談の場。この機会そのものが失われることは保護者にとっても今後受け入れる学校にとっても望ましくない状態と考えております。
就学相談から降りられることがはっきりすることで、就学相談を受けること就学先の決定を切り離して、就学相談の場が個々のお子さんの適切な就学先を検討するにあたっての様々な観点からの情報収集や相談を行える場になることが期待されます。
なお、これは言うまでもないことですが、就学相談を降りることに対してたとえば「通常級を利用するにあたっての個別配慮が不要」などという意味付けをするべきではありません。就学相談の有無、そこからの中断等の有無にかかわらず、就学先に応じた合理的配慮が行われる必要があります。
最後に
今回は、中央区の就学相談の課題と、それに関する議会でのやり取りについて整理してきました。本文にも書きましたが「就学相談は義務ではなく途中からも降りられる」という点はこれまで明らかではなく、そこを明らかにすることができたというのは良かった点。この点に限らず、今回の質疑が今後就学相談を予定されている方のお役に立てばうれしいです。
おそらく、このような課題は今回扱った就学相談以外にもあるのではないかと思います。たとえば、学童クラブ利用における障害児の加算など。この背景には法改正から10年程度しか経っておらず、まだまだ認識がアップデートされていないままに前例踏襲が続いているという構造がありそうです。解決までお約束できるものではありませんが、議会で取り上げていくということがその1つの問題提起にはなりますので、類似の案件でご相談あればお気軽にお知らせください。
なお、これらの運用が適正化されることによって、これまで支援学校に判定されていた子も通常級もしくは支援学級に行くことが増えるようになると思われます。この場合には小中学校においては彼らの受け入れで追加での支援が必要となってくることから、これまで以上に人材確保に注力する必要が出てきます。
これらの整備はいわゆる「合理的配慮」であって、義務とされていますが、現実として可能かどうかという目線も重要。実は、この点から教員確保の現状と課題について調べだして、そのアウトプットが直近4回くらいをかけてあれこれ書いていた一連の教員不足についての記事でした。
詳細は個々の記事をご覧いただきたいのですが、制度上の制約などはなく予算次第で行えることは多々あるというのが結論。各学校単位では人の採用が大変、予算がないなどという問題はあり得ますが、そこは上位レイヤである区の教育委員会が頑張る部分かと思います。
その1つの施策として、先日の一般質問では中央区としての正規教員を採用することも提案しています。乗り気な返答ではありませんでしたが、こういった事情も踏まえて前向きに検討していくべき部分と考えております。これに限らず、持続可能な形で障害の有無にかかわらず学ぶことのできる環境のために何が必要かについてはさらに深めていきたいです。
今回の記事についての感想や、その他ご意見などあればぜひお聞かせください。