【映画】ぼくが生きてる、ふたつの世界
(1208文字)
ストーリー
泣きました。ジワっとね。
ラストシーンもそうなんだけど、大が生まれてからの幸せそうな家族の姿に。
主演は吉沢亮。自然な演技がいいですね。
それと、中学生役に違和感がないのがすごい。
母親役の忍足亜希子と父親役の今井彰仁はどちらの本当のろう者なので、当たり前だけど違和感が全くない。
他にも本当のろう者の役者さんたちが出演していて、非常にリアリティがある仕上がりになっている。
それと、祖父役のでんでんと祖母役の烏丸せつこ。
素晴らしく宮城の田舎町のお爺さんとお婆さんでした。
烏丸せつこは、昔ちょっと水商売やってたんじゃないかなという感じのお婆さん。
すっかりお婆さんだけど、どこかに少し色気を残しているような。
実際にそういう設定かどうかはわからないけど、でんでんが元ヤクザのお爺さんだからピッタリ。
この先は、テーマに触れるのでネタバレということにしておきます。
話はろう者の両親から生まれた聞こえる子供、いわゆる「コーダ」の成長を追った物語。
小さい時はそれが当たり前で手話も覚えたけど、実は特殊な家庭だと気がついてから、主人公である大の苛立ちが膨れていく。
そうした苛立ちを表に出し、ぶつけ、時には酷い言葉で当たる。
自分がやりたいことを探しに東京に出て、そこでもろう者と知り合いになり、そのコミュニティに関わる。
そうしたシーンに、ろう者の人たちの考え方が垣間見えるのが良い。
そして結局、大きな事件が起こることもなく、映画は終わる。
ある意味、何も起こらない映画。
親の思いや、子供がそれに気がついて感謝や後悔が溢れ出す。
それは人生において誰にでも覚えがあること。
だから泣けるんだけど。
つまり、そういうことなんですよね。
特別じゃないんです、彼らは。
至って普通の家族なんです。
そんな当たり前のことがテーマで、それを映画にしなくてはならないのが今の世の中なんでしょう。
障害ってなんでしょうね。
耳が聞こえない、目が見えない、それが障害にならない社会なら障害者と呼ばれないんじゃないかといつも思っています。
社会に対する生きづらさや、性格もあえて障害と言うなら、この世に健常者なんていないと思うんですよね。
むしろ、自分は健常者だと思っている人が一番、社会に対する障害者じゃないかと。
助け合えない、差別をする、排除しようとする、それが一番の障害者だとボクは思ってます。