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3→1→2で、今年の締めくくり!

長らく趣味で続けているバドミントン競技。

「試合にも定期的に出場するぞ!」と決意し、アフターコロナで市民大会も通常開催されるようになってから、年5回ほど個人戦・団体戦ともにダブルスで出場しています。

今回は、準優勝(2位)でした。

前回は優勝だったので、悔しさが残る。

以前は、ただの趣味だから楽しければそれでいい、身体を動かして汗を流すことに意味がある、なんて思っていたこともあったけど。

いや、違うのよ。気づいてしまった。

自分が「楽しむ」ためには、うまくならないと・思い通りのプレーができないとダメなことに。ミスばかりしていては、楽しくないんです。
スマッシュが決まるから、気持ちよくて発散になる。相手コートの穴を突いて得点できるから、楽しい。レシーブに耐えて・ラリーをこらえてもぎ取った1点だから、達成感がある。

少しでも進歩がないと、勝てないと、心からは楽しめない。
「楽しむ」って簡単に言うけど、奥が深い言葉だと思っています。

短期目標を定めて、本番に向けてチャレンジすること。
上達したいのなら、私にとってこれはとても大事なメリハリ。
結果が伴うからこそ、練習だけでは分からなかった課題がいくつも見えてくる。試合は、いつもと違う場所や環境で、いつもと違う相手と対戦するのだから。

特にスポーツの世界では、メンタル面においても「場数を踏む」ことはすごく重要で、試合慣れしておかないと、実力を発揮することができない。
練習でできないことは、本番では絶対にできないし、普段はできていることだって、試合ではできなかったり・させてもらえなかったりする。

環境ひとつ取っても、体育館の天井の高さや照明や奥行きが違えば、シャトルの見え方も全然違って、コート感覚も力加減も IN/OUTのジャッジも微妙に変わってくる。微妙なズレに対応できなかった始めの頃は、全然勝てなかったし。


今年の春は、3位だった。↓↓↓

そして、秋に初優勝。↓↓↓

で、今回が準優勝。

今年の個人戦の結果としては、3位⇒1位⇒2位。
賞状と景品だけなので、メダルなんぞ無いけど、銅・金・銀すべての色が揃うメダルコレクターとなりました。上出来だとは思う。
でも本音を言えば、今回1年の締めくくりの大会としては、悔しさの残る結果だった。

一度、優勝しちゃうと2位では満足できないもんなんだね~。これも、両方できたからこそ味わえた感情。
午前の予選ブロック箱抜けは、ストレート全勝で順調な滑り出しだったのに。

午後の決勝トーナメントでは、どちらもフルセットまで競り合いになった。
最後の最後で自分たちペア間に生じた微妙な「ちぐはぐ感」を修正できないまま、決勝戦ではズルズルと逆転負けをしてしまった…。
1セット目は難なく取れたのに、2セット目以降なんかうまくいかないもどかしさ、歯車がカチッとはまらない感覚があって。
疲れているとかでもないのに、集中力の問題か?

相手の巧いプレーに綺麗にやられたのなら、負けてもスッキリだったかもしれない。
でも最後の決勝では、自分たちが攻撃で崩して、最後の甘い球を叩けばいいだけの場面で、ネットにかけてしまったり・アウトにしてしまったり。
力み(りきみ)からのしょーもないミス等、自分たちの「決めきれない!」「なんで?」の苛立ちから、自滅型敗戦となってしまいました。
反省点、多々。また、課題は持ち越しだわ。


↑↑↑  改めて「敢えて本番を設定する」ことは、生活を単調にしないためにも・趣味を本当に楽しむためにも、大切だと感じました。
たとえ何歳になっても。そしてこれは、スポーツに限ったことではなく。

趣味に勝敗や順位など必要ない、という意見も分かります。
ここでのnote記事は、あくまで「私の場合」の話なので、そうじゃない意見を否定するつもりもありません。争いごとは好まない、結果は求めない、平和な毎日が一番、という人もいるでしょう。

でも私は、どんな経験も自分の成長に繋がると思っているし、身体が元気で動くうちはこれからも挑戦し続けたいと思う。

身体と心の健康のためにも、老化に抗うためにも、自分がやりたいと思うことはやっていきたい。
「やりたい」と思える心があることにも感謝。健康でなければ、そう思う気持ちすら起こらないだろうし。
自由に好きなことを楽しめる時間があることにも、感謝。(ちゃんと仕事も家事もしてるけど)

今年の試合出場は、色々なことを考えるキッカケにもなりました。
そしてやっぱり、私はバドミントンが好きだし、楽しい。もっと上手く、強くなりたい。
大会は今年はもうないけど、また来年も定期的に出たいと思います。
毎週のチーム練習も、がんばろーっと!


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