髪の校則「頭髪届」に思ったこと
先日、都立高校の約4割で、生徒が頭髪を染めていないか、パーマをかけていないか確認するために「地毛証明書」「頭髪届」の提出を求めている、というニュースがあった。
私はそれに賛同しない。「地毛の色が他と違うこと」「髪質がストレートでないこと」などをわざわざ意識させ、コンプレックスでないものをコンプレックスにしてしまう危険もある。そもそもたとえ染めていてもパーマをかけていても学業になんら支障はないと私は考えているけれど、もしそういったことを規制する目的であれば、「黒髪ストレート」の子に対してもきっちりそういった届をださせることがフェアだとおもう。
かつて私が学生時代にそのような「届」を求められた経験はないにしろ、もともと髪色が茶色に近いうえにくせ毛で、水泳をやっていたせいで色が抜け、先生から「染めてないよね?」と聞かれる経験はあった。また、知り合いのハーフの子も地毛が明るめなことで別室で話を聞かれたという。そういったとき、私が疑問に思っていたのは、染めること、パーマすることってそんなにいけないことなのだろうか?ということ以上に、実際教師のほうは染めたりパーマをしたり(かつらも)普通にしているのになぜ学生はだめなんだろう?ということだった。
そして、もし地毛の茶色が気になるから黒に染めたり、くせ毛が気になるからストレートパーマや縮毛矯正をしたり、そういった行動に出たとしたらそれは悪なのか?学校側が「黒でストレートでなければ”特殊”」と決めつけたからこそ、本来するはずのなかった子が染めたりパーマしたりすることだって考えられないだろうか?
今の私はもうすこし当事者的な考えから離れたことを考えてみることにする。もし、「教師側にも毎年頭髪検査があったら」と仮定してみると、違和感に気づくんじゃないか?ということを。よく年配の先生の髪の毛が不自然だ・・・なんて話が学生の間で噂されたりしていたけれども、教師側に「地毛」であることを証明する”義務(任意と記載があるが実際は強制にほぼ等しい)”があったらどうだろうか?毎朝セットしやすくするためパーマをかけたり、白髪がきになるから染めたり、髪が薄くなってきたからかつらや植毛をしたり、そんな彼らに「地毛証明書」「頭髪届」をつきつけたら?もちろん紛らわしいひとも同じように書かなければならない。「なんかヘン」「傷つく人もいるんじゃない?」って学校側が思ったとしたら、それを学生に求めることのいびつさが分かってもらえるんじゃないか。
社会人は逆に、自分の髪の毛そのままでなければならない、というよりは、「くせ毛は清潔感がない」だとか「黒髪だと垢ぬけない(特に女性接客業などでは”華”を顕著に求められる)」だとか言われやすい。くせ毛にパーマをあてるのも、黒髪を染めるのも、別途費用がかかるし、頭皮に負担はかかるし、そもそもプライベートの自分のヘアスタイルも「社会受け」に固定されてしまうと考えると、つらいものがある。それでも会社から言われたら拒みにくいもので、たとえ不本意であっても、多くの人は合わせていかざるを得ない。学生時代はダメなのに、社会にでたらコロッと変わってしまうのも、違和感はある。ただこれに関しては民間のことではあるので、学生より選択の自由はまだ残されている(会社や仕事を選ぶことはできなくはない)。
「なぜ一律に全員に頭髪届をださせないのだろう?」
これは私が学生時代に「なぜ私だけが確かめられたんだろう・・・」と悲しかった記憶から浮かんでくる疑問だ。先生に声を掛けられ、地毛であると説明し、クラスに戻ると、何があったんだろう?と好奇の目で見られたことを、忘れてはいない。この疑問に対して合理的な説明ができないのであれば、一律ではなく目立つ学生だけに「地毛である証明」を求めることによって、「周囲から浮いている(ように見える)学生」の個性を否定しているようにしか思えない。「髪を染める・パーマをあてることは自由でよい」に関しては私の個人的な考えに過ぎないのかもしれないが、自分の生まれつきの容姿の否定は人権侵害でもある。少なくとも、生まれつきのことや本人の努力ではどうしようもないことをわざわざ指摘しない学校であるべきだと思う。