日本BGMフィルに見た夢(11) 「プレリュード」
■プレリュード
『ファイナルファンタジー』は不思議な作品だ。
1987年に第1作目が誕生して以来、ナンバリングタイトルだけでも14本を数え、『聖剣伝説』や『クリスタルクロニクル』などの派生作品を合わせれば無数の作品が存在する超人気シリーズであり、日本のRPG、ひいては日本のゲームを代表するような存在と言っても過言ではないだろう。
プレイヤーを驚かせる最先端のグラフィック。
映画のようなドラマティックな物語。
斬新な戦闘システム。
ハードの進化とともに常に最先端を走り続け、変化を恐れない。
デザインやシステム等がほぼ一貫しているドラクエシリーズとは異なり、FFに関しては、ゲームを知らない人に最初の作品と現在の最新作を見せても、同じシリーズとはなかなか認識してもらえないのではないだろうか。
実際にFFシリーズは物語や世界観上の繋がりは無く、クリスタルなどのモチーフや一部のネーミング、アイテムやモンスター等を除けば、個々の作品が独立しているのだという。
「ファイナルファンタジー」という作品に思い入れがあるゲームファンは数多い。
しかしながら、彼らが思い浮かべる「ファイナルファンタジー」は多様だ。
ある人は第1作目の衝撃を、またある人はIVやVIのドラマティックな群像劇を思うかもしれない。
オンラインゲームとなったXIの冒険の日々を懐かしむ人もいれば、エアリスやクラウド、ライトニングといったFF世界を駆け抜けた多彩なキャラクター達にそれぞれ思いを馳せる人もいるだろう。
登場してからすでに28年が経過する人気シリーズであり、時代とともに様々な顔を見せるファイナルファンタジーは、どの作品も全く同じ姿には見えない。
それでいて、どの作品もプレイすればやはりファイナルファンタジーであることを強く感じさせるのだ。
不思議な作品と感じる意味をわかっていただけるだろうか。
様々な変化を見せるFFシリーズに一貫している要素のひとつ。それは音楽だ。
シリーズの大半を担当した植松伸夫氏のメロディが流れる時、プレイヤーはモニターに映し出された世界が紛れもなくFFであることを感じるだろう。
BGMフィルの第一回演奏会の第二部はファイナルファンタジーの美しい調べから始まる。
第二部開始前に流れ始めたその音楽を聴いた観客は、驚きと嬉しさをもって迎えたのではないだろうか。
「プレリュード」。
ハープの小林秀吏氏が奏でる旋律が会場を静かに満たす中で、壇上に奏者が集まっていく。なかなか粋な演出だ。
「プレリュード」はファイナルファンタジーを代表する曲のひとつと言えるだろう。
FFをプレイした人なら誰もがそのフレーズを思い浮かべることができるのではないだろうか。
静謐で神秘的。繰り返されるアルペジオが美しく、いつまでも聴いていたいと思わせるような曲だ。
公演のオープニングはドラゴンクエストの「序曲」から始まったが、第二部はファイナルファンタジーで幕を開けるということになる。
無数のFFシリーズの中から選ばれたのは『ファイナルファンタジーIV』の楽曲だった。
「赤い翼〜バロン王国〜愛のテーマ〜オープニング」
FFIVをプレイしたことがある人なら、どの曲もゲーム中の名場面とともに思い出すことができるだろう。
もちろん、FFIVに触れたことがない人でも、赤い翼の勇壮さやバロン王国の威厳溢れる響きには冒険の緊張感を、愛のテーマには大切な人との間に交わされる想いを感じることだろう。
そして「オープニングテーマ」。
ファイナルファンタジーに触れた人なら誰もが、それぞれに体験してきた冒険の数々が鮮やかに蘇るに違いない。
高らかに演奏されるオープニングテーマ。
様々な時間、それぞれの場所でプレイされてきたファイナルファンタジーシリーズの記憶と感動が、ひとつの音楽へと結ばれる瞬間だった。
続いて演奏されたのは「風の憧憬〜クロノ・トリガー」。
風の憧憬は数あるゲーム音楽の中でも非常に人気の高い曲として知られている。
最初の印象深いピチカートが聴こえただけで心が震えた人も多いのではないのだろうか。
この曲はゲーム音楽の演奏会から動画サイトまで幅広く演奏されており、その人気を伺うことができる。
BGMフィルのアンサンブルコンサートでも度々披露された曲でもある。
『クロノトリガー』は1995年に登場した。ハードは当時全盛を迎えていたスーパーファミコン。
同年に登場したゲームは『テイルズ オブ ファンタジア』や『ロマンシング・サガ3』、『タクティクスオウガ』など、SFCのゲームが成熟を迎えていたことを伺うことができる作品が多い。
この頃のスクウェアは前年に『ファイナルファンタジーVI』を発売、他にもロマンシング・サガシリーズなどの人気タイトルを次々に世に送り出し、押しも押されぬ人気ソフトメーカーとして君臨していた。
そんな同社が満を持して発売したのが『クロノトリガー』だった。
『ファイナルファンタジー』の生みの親である坂口博信氏、『ドラゴンクエスト』を誕生させた堀井雄二氏、そしてキャラクターデザインには鳥山明氏という夢のような布陣。
当時のゲームファンは大きな熱狂と驚きを持って迎えたに違いない。
それも無理は無い。『ドラゴンクエスト』と『ファイナルファンタジー』は登場以来2大RPGとして何かと比較され続け、ライバル関係として見られていたのだから。
現在はどちらも「スクウェア・エニックス」という同じ会社の作品となっているが(当時を知る者にはそれも驚きである)、当時の空気感としてはライバル同士が手を取り合い、新しいRPGを世に送り出すというのは驚き以外の何でもなかっただろう。
それと同時に大きな期待をもって発売を心待ちにしていたファンも多かったことは想像に難くない。
人気作を立て続けに送り出して乗りに乗っていたスクウェアらしく、『クロノトリガー』は手堅く作られた魅力的な作品としてファンに迎えられた。
現在でも大切な作品のひとつとして胸にしまっている人も多いだろう。
『ファイナルファンタジーIV』、そして『クロノトリガー』。
どちらもスーパーファミコン時代を代表する作品である。
ファミコン時代から格段に性能が上がったハードの力で、ゲームはより豊かな表現力を手にした。
グラフィックも音楽も大きく進化を遂げた。
進化を遂げたのはそれだけではない。
10年前はまだ小さかったゲーム産業は巨大化した。
初めてコンピューターゲームに触れた子供達は成長し、数多くの作品に触れてきたゲームファンの経験は豊かになり、ゲームに要求される水準は次第に高くなっていく。
ゲームの送り手達も自らの持てる力を投入し、業界に蓄積された知識や技術を作品に反映していくとともに、新たな才能が次々に現れてファンの期待に応える。
家庭用ゲーム機、携帯ゲーム機、そしてアーケードゲーム。
いくつものゲーム、ハードが現れては覇を競い、その度にファンも送り手も業界も成長した。
バブル華やかなりし頃は過ぎ、不景気の風を感じる世相をものともせず、ゲーム界は熱狂していた。
その時代をゲームと関わって過ごした者は誰もが、あれはゲームの蜜月であったと思い返すだろう。
これから演奏される曲もそんな時代の中に生まれた作品である。
日本に初めて生まれたゲーム音楽を演奏するプロオーケストラが、自らの初公演の最後を飾る作品。
それは神の物語であるとともに、ゲーム音楽界の神話だ。
"Beyond the GameMusic"
彼ら自身が掲げたその言葉に感じるのは、高い理想と秘めた野望、そして夢だった。
静寂の中で、観客が、演奏者達が、市原雄亮氏のタクトが振り下ろされるその瞬間を待っている。
日本BGMフィルハーモニー管弦楽団は「越える」ことができるだろうか。