日本BGMフィルに見た夢(10) 「特別な輝き」
■特別な輝き
日本BGMフィルの第一回演奏会で「華龍進軍」に続いて演奏された曲。
それは組曲「ファザナドゥ」。
ファザナドゥ?
会場に配られたプログラムを見て思わず口にした人もいるかもしれない。
演奏会にさかのぼること数カ月前、BGMフィルはアレンジコンテストの告知を出していた。
なかなか面白いことをするなあ、と興味深くサイトを眺めていたところ、題材を見て2度驚いた。
ファザナドゥ。
ひいき目に見ても、”誰もが知る作品”ではない。
もちろん、ファミコン時代からの熱心なゲームファンならプレイしたことがあるかもしれないし、ゲーム雑誌やお店で目にした人もいるだろう。
第一回公演の中でこれまで演奏されてきた曲はドラクエやソニックなどの有名作品や、『グランディア』などゲームファンに一定の評価を得ているような作品だった。
少なくとも、ゲームに興味がある人ならタイトルくらいは聞いたことがあるだろう、という作品が続いていた。
『ファザナドゥ』とはいったいどんなゲームなのだろうか。
1987年、『ファザナドゥ』はハドソンから発売された。
その頃はファミコンがまさに全盛期を迎えていた時代であり、この年には『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』、『デジタルデビル物語 女神転生』などの、誰もが知る作品が次々に発売されている。
この年を含む前後数年間は、現在でもシリーズの続く名作が数多く生まれており、名実ともにファミコンの黄金時代と考える方も多いのではないだろうか。
『ファザナドゥ』はそんな時代の中で発売されたソフトのひとつだ。
日本ファルコムが送り出したPCソフトの名作『ザナドゥ』を祖に持つアクションRPGである。
80年代からパソコンゲームを初めとして一時代を築き上げた日本ファルコムは、ゲーム会社の老舗と言える存在であり、現在も英雄伝説シリーズやイースシリーズなどの最新作を送り出している。
BGMフィルの代表理事である古代祐三氏が音楽を手がけた『イース』も、1987年に日本ファルコムが世に出した作品である。
『イース』もまたその高い音楽性が評価され、ゲーム音楽の歴史においても非常に重要な作品であるといえるだろう。
日本ファルコムは歴代の自社作品の音楽をサウンドトラックなどの豊富な音源で取り揃える他、自ら権利を持つ作品に関してオープンな姿勢を取っている。
長年の経験からゲーム自体を知り尽くしているだけではなく、ゲーム音楽の重要さを認識している現れといえるだろう。
本来は『ザナドゥ』のファミコン移植として企画されたという『ファザナドゥ』は、PCゲーム史に残る名作として名高い『ザナドゥ』に比して、残念ながら評価を得た作品とは言い難い。
一部では良質なアクションゲームとして認める向きもあるものの、本家の『ザナドゥ』とはかけ離れてしまった姿は、「ザナドゥ」ではなく「ファザナドゥ」という別タイトルを冠するところからも伺うことができる。
後にファミコンに移植された同社の『ロマンシア』や『ドラゴンスレイヤーIV』等はPC版そのままのタイトルで販売されているのだ。
当時のパソコンは処理能力はもちろんのこと、豪華なサウンドボードや大容量の記憶媒体、解像度の高いディスプレイなど、ファミコンとは一線を画した”ハイスペックゲームマシン”でもあった。
家庭用ゲーム機の能力が飛躍的に向上した現代とは違い、多くの部分で比較にならないほどの性能差がある、当時のゲーム好きなら誰しも憧れるような夢のマシンだったのだ。
そのような圧倒的な差を乗り越えて登場した『ファザナドゥ』が元の姿とかけ離れた形で世に送り出されたことは、ある意味仕方ないことだったのだろう。
もちろんPCやアーケードゲームからファミコンに移植され、高い支持を得た作品は数多く存在する。
しかしながら結果として『ファザナドゥ』は厳しい評価を受けることになった。
世に生を受けたゲームの全てが祝福されるとは限らない。
ゲームはその誕生の過程において多くの制約、数え切れないしがらみ、多種多様な事情の交錯する中で生まれてくる。
その結果、望ましい形になることができず、万人の支持を得ることはもちろんのこと、さしたる評価を受けることもなく、ひっそりとゲームの歴史の片隅に消えていく作品は少なくない。
いや、そのような作品で歴史の大河は満たされているとさえ言えるだろう。
全てのゲームがスーパーマリオやドラクエになることはできない。
万人に愛され、輝きに満ちて時を越えることができる存在になることは、誰もがなるということはないのだ。
そう。
全てのゲームはスーパーマリオやドラクエになることはできない。
なることができるのは自分自身だけなのだ。
そしてそれぞれのゲームは有名無名・人気不人気を問わず、ひとつひとつが特別な輝きを持っている。
発売当時は見向きをされなくても、時を経て評価されるという作品もあれば、セールスは振るわずとも一部のファンから熱狂的に支持されている作品もある。
『ファザナドゥ』もそういう作品のひとつなのかもしれない。
BGMフィルは、超有名作品や人気作品だけではなく、隠れた名作に光を当てて輝かせる。
彼らの持つ大きな強みのひとつと言えるだろう。
『ファザナドゥ』の音楽は、やはりどのゲーム音楽とも異なるような輝きをもっていた。
作曲は竹間ジュン氏。
アラブ音楽演奏家という、ゲーム音楽の作曲家としては異色ともいえるバックグラウンドを持ち、初期のハドソン作品の楽曲を多く手がけていることで知られている。
彼女が作曲した作品である『ボンバーマン』や『高橋名人の冒険島』というタイトルを聞けば「おお」と反応するゲームファンも多いかもしれない。
ハドソンは、当時のファミコンブームを牽引する巨大な存在だった。
ファミコンブームの真っ只中を過ごした方で、ハドソンのゲームに触れずにいた人を探す方が難しいのではないだろうか。
北海道で生まれたソフトメーカーは、ファミコン初のサードパーティーとなり、ブームの立役者となった。
その後はPCエンジンを世に送り出し、任天堂やセガといった当時の強豪とせめぎ合い、家庭用ゲーム機の大きな発展に寄与することとなる。
現在はその役割を終えてゲームの世界から去ったが、世に出た数多くのゲームは今でも様々な形でプレイされている。
また、元ハドソンの開発者達の多くは今もゲーム業界で活躍しており、第一回公演で演奏された『パズル&ドラゴンズ』のプロデューサー山本大介氏もハドソン出身である。
『ファザナドゥ』は、ハドソンと日本ファルコムというゲーム史において重要な2つの会社を両親に持ち、『ザナドゥ』という偉大なゲームをルーツとしている非常に特異な作品でもある。
この巧みな楽曲の起用からも、市原氏の達見と曲選びの妙を感じることができるだろう。
今回の組曲「ファザナドゥ」の編曲はYukimura Nishimoto氏が担当している。
『ファザナドゥ』はJBPアレンジコンテスト2013の課題作品だった。
アレンジコンテストという試みは音楽界を広く見渡してもユニークで珍しいと言えるのではないだろうか。
JBPアレンジコンテストは課題のゲームをオーケストラアレンジした作品を広く募集し、特に優れた作品を表彰のうえ、日本BGMフィルハーモニー管弦楽団が実演、レパートリーとする事で、演奏を継続していく事を目的としたもの、とアナウンスされている。
『ファザナドゥ』の楽曲を作曲した竹間ジュン氏を審査委員長に迎え、音楽監督の市原氏をはじめとする審査員から見事に大賞に選ばれたのがYukimura Nishimoto氏だった。
数多くの作編曲、楽曲製作を手がける音楽家であり、特にゲームやアニメの音楽の管弦楽・室内楽編曲を得意としているとプロフィールにある。
ゲーム音楽を演奏する管弦楽団との相性は抜群であったことだろう。
審査委員長の竹間ジュン氏も
"「十分に個性的で、ボリュームにも意気込みを感じる。ステージ映えするメリハリに期待大。組曲にして各曲をたっぷり取り上げたのも効果が大きい。これならばコンサートの成功に大きく貢献するでしょう。」"
と賞賛のコメントを寄せている。
ゲーム音楽のみならず、作曲家と演奏家の間には、多くの場合編曲を行う人達が存在する。
今回の第一回公演にもYukimura Nishimoto氏の他に江口貴勅氏、大谷智哉氏、荻原和音氏、島岡りを氏、羽田二十八氏、R.ミカメコフ氏といった多くの音楽家が編曲として参加している。
アレンジコンテストのような形で、ゲーム音楽のアレンジメントを広く市井に求める姿勢は、BGMフィルの持つ特徴のひとつが現れている。
楽団の名前も公募にて選ばれていることからもわかるように、自分たちの力だけを拠り所とするのではなく、理想の音楽のためには、ファンや企業、一般の人にまで門戸を開くというオープンな姿勢だ。
それこそがBGMフィルに風通しの良さを感じる一因だったのかもしれない。
組曲「ファザナドゥ」が演奏され、公演は第一部を盛況で終えた。
ドラゴンクエストの「序曲」から始まり
「グランディアのテーマ」
「The World Adventure」
メインテーマ「Wonder World」
「パズル&ドラゴンズメドレー」
「華龍進軍」
そして組曲「ファザナドゥ」。
バリエーションに富んだ選曲と、素晴らしい演奏。
聴衆は心から満足するとともに、期待は高まるばかりだ。
第二部は、もはやゲームファンには説明不要の名作・名曲が続く。
これを聴きに来たのだ…!と心待ちにしている観客も多いだろう。
はたしてBGMフィルは、聴衆がそれぞれに寄せる想いを越えるような演奏を見せることができるだろうか。
時は2013年10月11日。
日本BGMフィルハーモニー管弦楽団 第一回演奏会 "Beyond the GameMusic"
第二部の幕が開く。