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無いとなんでと怒り

私は時々身体と対話する。
昨日も、内臓からの反応に触れた。
この感情は何だ。

怒りだ。
奥の方に怒りが見える。

何に怒っているの?
と聴く。

うまいこといかない
と応えがあった。

ガーーーン。
色んなことにうまくいかないなぁ。と思っていました。すいません。。。

内容は大したことじゃない。と思う。

ネットの設定がうまくいかない。
金額設定が決まらない。
やりたい表現がまだできない。
振り込み手続きがうまくいかない。
noteの文章がサクサク書けない。
映画に行きたいのに予定があって行けない。
寝たい時間に眠れない。

そんな具合である。

それは確実に、否定という怒りで私の中に蓄積されていた。
全然そんな気はなかった。
でもこの言葉たちを見て。
全部否定語でしょう?
ない、ない、ないの嵐。

そして最近、自分に話を聴くときに、つい
「なんで?」を使ってしまう自分がいることにも気づいていた。

「なんで怒ってるの?」
「なんでそれをやりたいの?」
なんで?って否定語なんだよね。

「なんで」をつけて聴くと、自分は奥の方でちょっと傷ついている。
私の中のわたしは応えてくれない。

なんでって否定して聞いてしまっている、と気づいてからは聴き直すようにしている。
「怒ってるの?」
「それをやりたいの?」

そしたら返事がくる。

無意識に、私は否定を自分に重ねてしまっていたことに気づいた。
うまくいかないと思っていることも否定。
なんでそうなのかと思っていることも否定。

というか、こんなに日常的に私はわたしを傷つけていたのか!!??
と思い知らされた。
自分の鈍感さ、無神経さに反省した。
丸ごと受け入れてあげられていなかった。。ごめん。

そのままで在る、という生き方はまだまだたなぁ。とまたしても自分に教えてもらった。
一体何度人生で謝ればいいのでしょう。。

ある。を探しているから
ない。が生まれる。

元々この世界には何もないのに。それでもやっているということは、やっぱりまだまだわかっていない。

阿呆な方の自分に、答えを探さなくていいんだよ。と伝えながら、
そんな自分と一緒に、今やることをしっかりやって残りの今日を過ごそうと思うのである。