いやその発言はないでしょ 昭和的教育観よ!さようなら!
最初に書いておきます。
「批判させていただきます」
何かというと、
2023年10月17日の会合で滋賀県・東近江市の市長小椋正清市長が下記の発言をされました。
まず、
「本当に残念です」
というのが本音です。
「教育に関しては素人を公言する地方自治体の首長」がとても多いので、しょうがないと思う。
では済まされません。
不登校を選択している「子供たち」そして、その「保護者」の方の苦しみを踏み躙っていることがもっとも許せないのです。
私も教員時代から不登校の子供達と多く関わってきました。
「学校に行けない苦しみが子供が一番苦しんでいるのに、怒鳴ってしまった」
「親として失格だ」
「学校に行けない僕は悪い子なんだ」
「学校に行けないことは無価値なんだ」
そんなことを実際に目の前で吐露する親子もいました。
本当に苦しいのです。
その親子の苦しみを、
「不登校の親は善良な市民ではない」
「嫌がる子供を無理矢理に連れて行けない親のせい」
「フリースクールのような多様な学びの場は、行政としては認めるべきでない」
「不登校はわがままの一種である」
と解釈できる発言を「公の場で」「公人が」「公的な発言」として行ったことの感覚を疑うのです。
このニュースは熊本市のオルタナティブスクールWINGスクールの研修で共有しましたが、先生方も開いた口が塞がらない
という感じでした。
例えば関連するニュースで、次のような資料も出ていました。
滋賀県の不登校の親子への調査です。
このような資料を見ても、「不登校の原因=親のせい 子供のわがまま」にはなりませんよね。
つまりこのような具体的な資料にも目を通さず
「自分の感覚だけの発言」を行ったのです。
小椋氏は、年齢も72歳。私も常日頃から「老害」と呼んでいる人が多い年齢でもあります。
昔、昔のよき古き時代の「怒鳴られ殴られた根性論の教育」がイメージにあるのだと思います。
ではこのような感覚を持っている人が、小椋市長だけなのでしょうか?
私は、
このような公の場で平然とこのようなことを言ってのけ、そして、撤回もしない人が一人いるのであれば、同じような感覚の「老害」が数十万人はいると思っています。
それが明らかになったことで、特別支援教育やフリースクール支援、障害者就労支援がなかなか前に進まないのもガッテンがいきます。
「昭和的感覚」「昭和的教育観」から脱却する革命が必要です。
私の会社の使命をもっともっと多くの方に広めなくてはならないと思いました。