経営・組織論に根付く「軍事的世界観」は本当に悪なのか?その"功"と"罪"を改めて考察する
ビジネスの世界の根底には「軍事的世界観」というパラダイムが横たわっており、20世紀から続くこの世界観こそが、21世紀の企業や経営者に必要な変革を妨げている。これからの時代は、「冒険的世界観」という新たなパラダイムにシフトしていくはず──以前noteで2記事にわたって、こうした提言を書きました。
しかしながら、もしかすると読者によっては、
「そうは言っても、軍事的世界観にはまだまだ多くのメリットがあるのではないか」
「VUCAの時代だからこそ、軍事的世界観を引き締めて、強い組織をつくった方がいいんじゃないか」
と疑念を持たれている方もいらっしゃるかもしれません。
そこで本記事では、改めて軍事的世界観の「功」と「罪」について、なるべくフラットに考察していきたいと思います。
軍事的世界観の「功」:ビジネスやキャリアを攻略可能にフレーム化し、豊かな社会を実現してきた
近年さまざまな記事で書いてきたように、前世紀のビジネスを牽引してきた「敵国との争いに勝利して領土を占有することを最上の目標として、従業員を軍隊に隷属する兵士とみなす」ようなビジネス観(=軍事的世界観)は、現代においては経営論的にもキャリア論的にも時代遅れであるというのが、私の主張です。
とはいえ、20世紀のビジネスを牽引してきた軍事的世界観は、さまざまな成果やメリットももたらしました。
最大の成果は、20世紀後半のグローバル化やIT化の時代を通じて、ビジネスの急速な成長を推し進めたことです。技術と産業の発展、ならびに今日の社会の豊かさは、企業と企業の激しい競争があったからこそ、得られたものである側面があるのは間違いないでしょう。
また、この時代に開発された戦略的思考や戦術のフレームワークなどのツールは、いまもなお有効な知的資産として、経営やマーケティングの現場で活用されています。こうした知的資産もまた、軍事的世界観のもたらした成果の1つです。
そして、働く個人にとっては、キャリアの安定性というメリットがありました。割り当てられた任務を忠実に遂行し、組織に適応することで、少しずつ給料が上がっていき、定年までの身分と退職金が保証される。こうしたシンプルなルールのもとで、サラリーマンは家族を養い、比較的容易に老後の見通しを立てることができました。
消費者にとっては、企業同士が健全に競争することで、高品質なものが安価に入手できるようになるというメリットもありました。たとえば、携帯電話の事業者や大手ビールメーカーなどは、お互いが激しく競い合っているからこそ、品質が担保され、価格が最適化されているという側面があります。
このように軍事的世界観は、さまざまな「功」をもたらしてきました。
軍事的世界観の「罪」①:変化への脆弱性
しかし、現代において、軍事的世界観は、それ自体を暗黙の前提にすることのリスクが高まっています。
1つ目の理由は、勝利条件やビジネスのルールそのものが刻々と変化する現代の不確実性の高さに、軍事的世界観に体重を預けすぎると、対処しきれなくなるからです。
軍事的世界観は、勝利条件がシンプルかつ明快な場面において、絶大な威力を発揮します。たとえば、中国春秋戦国時代の争乱を描いた人気漫画『キングダム』の世界における戦いも、「大将の首を獲ったら勝ち」「あの城を落としたら勝ち」と、勝利条件が非常にシンプルですよね。
一方、外部環境や人々の価値観の変化が激しい現代において、シンプルで明快な勝利条件があることはほとんどありません。
たとえば、音楽業界の場合、昔であればシングルCDがオリコンチャートにランクインしたり、テレビやラジオで周知され、音楽番組でも繰り返し取り上げられたりすることで、全国的に流行する……といった一定のヒットのパターンがありました。
しかし現代では、そもそもCDはほとんど売れませんし、古い曲が急にバズってヒットしたり、そうかと思ったらすぐに冷めたり、YouTubeでは流行っていなかったのに、TikTokで誰かがその曲を取り上げたことをきっかけにバズったり……という具合に、ヒットのパターンが非常に複雑化しています。
去年は通用した勝ち方が、次の年には既に通用しなくなっている。こうした変化のスピードの速い時代において、戦略や戦術をトップダウンで現場にインストールし、実行させていくというやり方は、もはや通用しなくなりつつあります。
現場が主体的に問題発見と課題設定をしながら創造的なアイデアを提案し、経営はそのフィードバックを踏まえて事業構造やロードマップを帰納的に修正し続ける必要がある。これは、勝利条件と戦略から演繹的に行動をコントロールする軍事的世界観に相反する考え方といえます。
軍事的世界観が不確実性に弱い構造的な理由
このように断言すると、「変化のスピードが速いのであれば、むしろ軍事的世界観を徹底することで、迅速に司令を遂行できる部隊を練兵すればよいのでは?」という疑問を持たれる方もいるかもしれません。実際に、軍事的世界観をさらに引き締める方向に向かっている企業もあるように思います。
しかし、私の見解では、仮にどれだけ軍隊的なマネジメントを徹底したとしても、否、軍事的世界観を追求していけばいくほど、その企業は不確実性に対して弱くなっていくと考えています。その理由を説明しましょう。
軍事的世界観において事業をスケールさせていく場合、それぞれの事業に数値責任を持つ事業責任者を配置し、四半期あるいは毎月単位で予実管理をさせることで、着実に事業を伸ばしていくという手法をとるのが一般的だと思います。
単一の事業をスケールさせる上で、この方法は非常に確実かつ有効に見えます。しかしながらそこには、それぞれの事業の利益最大化、すなわち部分最適化を目指すあまり、全体最適から遠ざかってしまう危険性が潜んでいます。なぜならこうした組織において、事業責任者は常に自分の事業の数字を伸ばすことに追われ続け、他の事業には一切目が向かなくなるからです。
たとえばSaaSプロダクトA、SaaSプロダクトB、研修事業Cという3つの事業を持つHRテック系企業があったとしましょう。研修事業Cは昔からあったレガシーな事業であるため、SaaSプロダクトを手がける事業Aと事業Bに投資を集中することで、この会社は順調に事業を拡大してきました。
ところが、コロナ禍をきっかけに、AとBの事業が伸び悩み、逆に研修事業Cが伸びてきました。こうした場合、軍事的世界観のセオリーに則るならば、AとBの事業責任者には低迷の原因分析と新たな施策の実行を、Cの事業責任者にはさらなる事業の成長を求めることで、事業のスケールをはかります。
しかし、このタイミングで本来この会社がやるべきなのは、なぜ成長すると思っていたSaaSが伸び悩み、研修事業が伸びているのか、全体を俯瞰して問題の真因を探り、仮説を立てることです。
「コロナ禍でリモートワークが進んだ結果、職場の問題が変わり、SaaSで提供していたソリューションが顧客に刺さらなくなってしまったのか」「対面で会うことができなくなった結果、オンライン研修のニーズが増え、事業Cは伸びているのか」
現代のビジネスを取り巻く不確実性に対処するには、こうした仮説をもとに課題設定の見立てを変えることで、それぞれの事業の投資配分を変えたり、BとCの事業を統合する、といった新たな事業構造の方向性を検討する必要があります。
しかし、AとBとCの事業責任者がそれぞれの部隊にのみ責任を持つ“将軍”になっていると、こうした創発的かつダイナミックなコミュニケーションが経営会議で起きづらくなります。それどころか多くの場合、軍事的世界観がベースになった企業の経営チームは非常にギスギスしていて、互いに「隙を見せない」ようにしていることが多い。
軍事的世界観で成長してきた企業は、事業を個別で伸ばすことに長けているあまり、企業全体の視点に立って議論をすることができない。その結果、不確実性に非常に弱い組織になっていくのです。これは、以下の記事でも指摘した、全員が「事業リーダー」として最適化することで、「企業リーダー」的な視点が持てなくなるという問題でもあります。
軍事的世界観の「罪」②:多様性が生み出す価値の阻害
現代に生きる私たちが、軍事的世界観から脱却しなければならないもう1つの理由は、人の多様性が生み出す価値が阻害されてしまうからです。
休まず従順に組織に仕える代わりに、着実なレベルアップや退職金が保証されるという軍事的世界観のキャリア観は、組織のルールに適応した人にはキャリアの安定性をもたらしました。
しかしそれは裏を返せば、組織のルールに適応できない人を排除するということでもありました。たとえば、妊娠・出産する女性は、キャリア形成上男性に比べて明らかに不利になりますし、また営業のような数字が見えやすい部署の人は評価がされやすい一方で、間接的に組織に貢献している人が評価されづらいということもあるでしょう。
しかし企業は本来、多様な人がコラボレーションすることで、価値を生み出すものです。数字をつくる人、戦略やアイデアを考える人、他のメンバーが働きやすいようにサポートを行う人、マネジメントを行う人……という具合に、企業には多様な貢献や活躍の仕方があるわけですが、軍事的世界観に基づく画一的な評価基準は、そうした人間のダイバーシティが持つ可能性を阻害し、コラボレーションの芽を摘んでしまいます。
また、個人の価値観も非常に多様化しています。仕事にフルコミットしたい人もいれば、ワークライフバランスや家族との時間を大事にしたり、地域活動に貢献したい人もいる。仕事に対するモチベーションの源泉も、人によってさまざまです。
そうした時代において、多様性を認めず個人の自己実現を軽視する企業は、そもそも人材を確保できなくなっていきます。優秀な人材を惹きつけ、多様性から価値を生み出すために、企業は一人ひとりの価値観や自己実現欲求にきちんと向き合い、その実現を支援する必要があるのです。
組織のOSとしての「世界観」と、アプリケーションとしての「方法論」
最後に念を押しておきたいのですが、私は「軍事的な方法論」のすべてを真っ向から否定しているわけでは決してありません。たとえば、戦略的思考のフレームワークや顧客を惹きつけるマーケティングの方法論など、どうしても短期的な成果創出が求められるシーンでは、依然として軍事的な手法は、冒険の道具として役立つでしょう。
組織の根底にある価値基準・OSとしての「世界観」は冒険的なものに移行しながらも、アプリケーションとしての軍事的な方法論は、道具として賢く使う。これが私の考えです。
逆にいえば、OSが軍事的なまま、"冒険風"のアプリケーションだけ導入しても、うまく機能しません。
たとえば、「いまの流行りだから」と「1on1」を導入した結果、上司が部下に一方的にダメ出しをする場になってしまい、両者の関係性がかえって悪くなってしまったとか。
あるいはたとえば、より良い職場を目指して「心理的安全性」の研修を実施した結果、若手メンバーが「すべてはアイツ(リーダー)の言動のせいだったのか」とマネージャーの言動を批判的に捉えるようになり、いわば"心理的安全性警察"が蔓延して、かえって職場の心理的安全性が下がってしまった、みたいなことが起きうるのです。
そこで私が提唱しているのがOSのアップデート、すなわち世界観のシフトなのです。これだけ大きな変化が起きている中で、組織に通底する価値基準そのものを見直すべきタイミングが来ていると考えているのです。
とはいえ、軍事的世界観の限界とそこから脱却することの重要性を十二分に理解していたとしても、実際に企業の根底にあるOSを変更するのは非常に難しいことです。
そこで次回のnoteでは、軍事的世界観から冒険的世界観へシフトするための「5つのレンズ」について解説していきます。ぜひ、アップをお待ちいただき、併せてお読みください。
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