ブラックボックス化しがちな「目標設定」のナレッジ。組織の上位方針と個人の衝動をミートさせ、「物語」を駆動させるには?
新年度のバタバタが落ち着いて、組織やチームとして新たに設定した目標に向かって走り出しているところかと思います。1年間のチームの歩みに影響を与えるという点で、非常に重要な意味を持つ目標設定と、その伝え方。
しかし、そのナレッジはブラックボックスになりがちであり、「うまくいかない」と相談を受けることも多くあります。
相談の詳細を尋ねると、多くのマネージャーが、上から降ってきた目標をそのままチームに下ろしていることで、さまざまな問題が生じていると感じます。この"伝言ゲーム方式"の目標伝達では、メンバーのやる気が引き出されることはまずありません。
一方で、上から降ってきた戦略やロードマップなどの「上位方針」と、一人ひとりのメンバーの「衝動」をミートさせることができれば、目標はチームの羅針盤として、強力な効果を発揮します。
そこで今回は、目標設定において「上位方針」と「衝動」をミートさせるためのポイントと、目標のクオリティを左右する「物語」という考え方について解説します。
マネージャーは経営層の“伝書鳩”ではない
マネジメントの起点は「目標設定」ですが、期中には目標の達成を妨げるさまざまな「問題」が発生します。こうした「問題」に適切に対処をしながら「目標」の達成を推進するわけですが、場合によっては「問題」が解決できぬまま期末を迎え、目標は不達成。そして間髪入れずに翌期の「目標設定」をしなければならない..なんてこともあるでしょう。
こうしたときに「問題」の性質によっては、予定していた「目標」そのものを書き換える必要があるし、それが根深い問題であれば、その解決自体が目標になることもあるでしょう。いずれにしても、マネジメントにおいて目標設定と問題解決は裏表の関係だといえます。
しかし以前のnoteでも解説した通り、多くのマネージャーが問題“風”のキーワードに近視眼的に振り回されて、問題状況をうまく捉えられず、適切な課題設定(=問いのデザイン)ができずにいます。以下、おさらい。
以上のような考え方で、マネジメントにおける問題を絶えず発見して、適切な「課題」に変換することは、適切な目標を設定して、その目標を達成するサイクルを回していく上で、必要な技術です。それは上記のnoteで解説したような「問いのデザイン」のスキルを身につけることで、習熟していくでしょう。
しかし現場マネージャーの悩みに耳を傾けていると、これができないのは技術的な要因だけではなく、そもそも上から降りてきた目標や問題に対して「自分で問い直す」という姿勢をそもそも持っていないこと、むしろそれは「やってはいけないこと」だと思い込んでいることにあると感じます。
たとえば、役員会で「新規事業の案を考えてほしい」と言われたら、「新規事業の案を出すことになったから、考えてくれ」と、何も考えずにそのままチームにスルーパスしてしまう。あるいは、「俺もよくわかんないんだけど、これをやることになったらしいから、やってくれ」と、完全に他人事のような姿勢のマネージャーも少なくないのです。
組織はマネージャーの”伝言ゲーム”的姿勢によって、どんどん劣化していきます。さらにはこの「俺もよくわかんないんだけど」という枕詞が最悪で...。それについては以下のVoicyで10分で解説しているので、よければ隙間時間に聞いてみてください。
いずれにせよ、このような受動的な目標設定のやり方では、メンバーがモチベーションを発揮して主体的に動けるはずがありません。
「問いを立てる」とは、別に大げさなことではなく、他人が名前を付けた問題に、自分で「名前を付け直す」こと。本当に目指すべき目標は何なのか、その達成における課題とは何なのかを自分の頭で考え、能動的に問いをデザインして、チームに共有することです。
拙著『問いのデザイン』では、目標設定のプロセスを「ビジョン」「成果目標」「プロセス目標」の3つに分けて整理しましたが、チームが一丸となって問題解決に取り組むには、これらの認識を揃える必要があります。
そのためにはまず、上から降ってきたミッションに対して、マネージャー自身が「ビジョン」「成果目標」「プロセス目標」のそれぞれについて、自分の頭で考えて問い直し、答えを出そうとする姿勢が不可欠なのです。
次のハードルはチーム目標の「共有」と、個人目標への落とし込み。しかし小手先の伝え方のテクニックではうまくいかない
このようにして、上から降りてくる目標、そして目の前で発生する問題に対して、リーダーとしての主体的な姿勢を持てたら、以前よりも熱のこもった目標を設定できるようになるでしょう。
しかし次の問題は、その目標をチームで共有して、メンバーに適切な役割や個人目標を設定するという、いわば「目標の共有」の際に発生する難しさです。
ボトムアップを意識するのであれば理想はメンバーで対話して目標を練り上げることだと思いますが、多くの組織では、新しい年度の経営計画や事業戦略が発表され、その年の注力分野や企業としての目標などが決まると、マネージャーはその達成のためにチームで取り組むべき内容をメンバーに振り分け、ミッションや役職といった形で個人にアサインしていくと思います。
そうした個人へのアサイン作業は、1on1などの場で行われると思いますが、これがうまくいかないという声が非常に多い。具体的には、「内容に納得してもらえない」「渋々といった様子で、明らかにモチベーションが低そう」「伝えたはずなのにやってもらえない」といったものです。
こうした問題に対して、「アサイン面談でどういうふうに問いかけたらよいですか?」と聞かれることがよくあります。
しかしながら、これは表面的な質問でどうこうなるような、コミュニケーションテクニックの問題ではありません。なぜなら、問題の本質は、目標設定の内容とメンバーのやりたいことの間のミスマッチにあるからです。
逆に、アサインの内容が本人のやりたいことにいくらかでもマッチしていれば、「これをやってほしい」と一方的に伝えるだけでも、「いいですね!ぜひやりたいです!」となるはず。アサイン面談でどのようなコミュニケーションをとるかは、本質的な問題ではないのです。
目標達成に向けてメンバーに主体的に動いてもらうためには、「企業によるトップダウンの上位方針と、メンバーによるボトムアップの衝動をミートさせる」必要があります。
目標共有の成否は、前期末の「リフレクション面談」で決まる
ただ、「上位方針と衝動のミート」というのは、一朝一夕でできるようなことではありません。
そうなると重要になってくるのは「アサイン作業の前にどれだけメンバーと対話しているか」です。
日頃からこまめに対話を行い、メンバーの衝動やこだわりを把握しておけるのが理想ですが、まず活用したいのは、期末のリフレクション面談です。多くの会社が、半期末の評価の査定において、フィードバック面談を組んでいるかと思います。この際にただ評価を通達するのではなく、半期を振り返る、リフレクションの時間として面談を設定するのです。
この半年間どうだったか、点数をつけるとしたら何点か、その評価の理由はなぜか
来期ではどんなことをやってみたいか、新しいことに挑戦したいのか、それともいまの仕事をさらに伸ばしていきたいのか
今後のキャリアではどんな方向を目指していきたいのか
こういったことをリフレクション面談の場でしっかり聞き出しておくことで、次の期のアサイン面談のときには、誰にどんな仕事を頼むべきか、ある程度の勘所が働くようになるはずです。
あるいは、直接的に本人の意向に沿った仕事内容ではなかったとしても、「こうしたキャリアを目指したいと思っているなら、この仕事で身に付くスキルが活きると思うよ」と、新たな意味づけをして相手に伝えることができるようになります。
ちなみに評価面談をリフレクションの場として機能させる重要性については、以下のnoteでも解説しています。
とはいえ、これまでほとんど対話を行ってこなかった相手に、突然「やりたいことある?」と聞いても、「特にないです」と言われてしまうかもしれません。
しかし、ここで諦めてはいけません。「やりたいことはないのか」とここで対話をやめてしまうのは、一度水をあげて芽が出なかったからといって「この土は腐っている」と判断するようなもの。
どんな人にも、小さなこだわりや衝動は必ず存在します。ねばり強く対話を続けていくことが重要です。
「衝動」というと、何か強い意思のようなものをイメージされるかもしれませんが、「仕事ではこんなことを大切にしたい」といった小さな「こだわり」も含めて、さまざまなレベルがあります。まずはそうしたタネを発見し、大きく育てていけばよいのです。
特に新入社員などの経験が浅いメンバーの場合は、最初から衝動ありきでそれを引き出そうとするのではなく、さまざまな問いやタスクをぶつける中で、個人の中に眠っている衝動を一緒に育てていくようなアプローチも有効だと思います。
論理的な説得ではなく、共感できる「物語」がチームと個人を動かす
ここまで、目標の設定と共有という2つのプロセスについて、ポイントをお伝えしてきましたが、両者に共通する目標のマネジメントのキーワードは「物語」だと思っています。
なぜなら、目標を構造的に理解し、メンバーからの合意形成を得るためには「物語」が必要だからです。
たとえば、「半年後にこの数値目標を達成する」というのは、よくある目標の形式ではありますが、そこには何の物語性もないため、メンバーからの理解や共感が得られません。
冒頭でも示した図の通り、マネージャーは、数値目標を物語の1つのパーツにして、「このチームはどんなふうに成長していくのか」というビジョンや、「どんな道筋を辿って目標達成を目指すのか」というプロセスを含めた「物語」を描き、メンバーに示す必要があります。
アサイン面談においては、チームにとっての物語を描くことと同様に、メンバー個人にとっての物語を描き、提案すること。もしくは一緒に物語を共創することが重要です。単に任せたい業務内容や期待成果のみを伝えるのではなく、「あなたが目指しているキャリアにおいて、この仕事はこんな意味を持っている」「これは一見するとあなたの衝動に合わないかもしれないが、こういうポテンシャルを拡げる機会になるはず」と、メンバー個人の物語における仕事の意味づけを行うのです。目標を正確に伝言するのではなく、物語を共有することで、無機質だった目標が、俄然ワクワクするものになってきます。
とはいえ、マネージャーは好き勝手に物語を描けるのかというとそうではなく、上から降ってきた戦略や数値目標、メンバーのモチベーションやポテンシャルといった、物語の手がかりを高度に“編集”し、自分たちなりの意味づけを行うことで、魅力的な物語を紡ぎ出す必要があります。要するにこれは「抽象化」であり、なかなかに難易度の高い作業です。
仕事のWHY、担当のWHY、プロセス期待(HOW)──物語を描くための3つのポイント
そこで、物語的な目標設定・共有を行う上で、抑えるべき3つのポイントをお伝えします。
そのポイントとは、「会社にとってのWHY」「あなたにとってのWHY」「プロセスへの期待(HOW)」の3つです。
「会社にとってのWHY」=それぞれのジョブやミッションを、そもそもなぜやる必要があるのか。それらの仕事が、組織や事業にとってどのような意味を持つのか
「あなたにとってのWHY」=その仕事をなぜ相手がやる必要があるのか
「プロセスへの期待(HOW)」=その仕事において、相手にどんなはたらきや進め方を期待しているのか
実際の伝え方の順序としては、下記のような流れになります。
このように、会社と相手の二つの目線でのWHYと、HOWの期待や制約をつなぐことで、目標が物語的な構造を持ち、立体的なストーリーが見えてきます。逆に、どれか1つでも欠けていると、物語の機能が弱くなってしまうため、3つのバランスが重要です。
また、最後に1つ補足しておきたいのは、目標設定が一発でうまくいくことはまずないということです。
日頃からメンバーとの対話を重ねている私であっても、軽く打診した仕事に対して「しっくりこない」「それは私のやりたいことと微妙に違ってて」と言われることは当然あります。そこで、「どういうものだったら頑張れる?」「テンションがあがるようにアレンジするとしたら?」などと聞いて提案してもらうと、今度は上位方針とズレが生まれて……と、何度か往復する中で、ようやく上位方針と衝動がミートしそうな地点が見つかるのです。
100%上位方針と衝動をミートさせられないことも当然あります。というか、そのほうが稀でしょう。ゆえに、まずは20、30%のマッチを目指すので構いません。対話を重ね、できるだけ上位方針と衝動をミートさせた状態で走り出せるようになれば、その分だけチームのパフォーマンス向上につながるのではないかと思います。
ミスマッチのまま走り出してしまったなーと感じている方は、まだ遅くありません。違和感が生じ始めて、モチベーションに揺らぎが生じ始める5月中に、チームの対話を深めて、目標への納得度を高めておきましょう!
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