純文学 ショートショート#4[永訣の冬]
「本当に、死んでしまうのか」
「だって、お医者様がそう言うんだもの」
静は、ほろり、と涙を零した。横になっている静の枕に、涙のしみが広がっていく。
「兄様を残して逝ってしまうけれど、どうか怒らないでね」
「孤独には慣れている」
「そんなこと言ったって、ねえ」
静は微笑んで俺の手を、ぎゅっと握った。温かい手だ。
俺たちは二人で生きてきた。親の顔は覚えていない。この山奥で、ひっそり暮らしてきた。
どう生き延びてきたかというと、山を通る者を襲っては食べ物を奪い、生きてきた。最近は妹の静の医療費のため、金も奪うようになった。
俺たちは二人で一つだった。静を失うかもしれないというのに、全く実感が湧かない。だって、静はまだ生きている。
静は微笑みながら、泣いている。
可哀想だから、静の好きなものの話をしようと思った。
「また、桜を見に行こう。静、桜が好きだろう」
「もう、見られないよ。まだ冬だよ」
すると、静は川が氾濫した時のように、大粒の涙を流し始めた。
「気に障ったか」
「いいえ、違うの」
また静は微笑んだ。泣いたり笑ったり、忙しい奴だ。
「兄様、眠いんでしょう」
もう外は真っ暗になっていた。医者が帰ってから、俺はずっと静のそばにいた。
「うん、眠い」
「少し、眠ったら?」
「じゃあ、そうする」
俺は静の手を握ったまま、横になった。
「兄様、布団を持ってこないと風邪をひきますよ」
「俺は風邪などひいたことがない」
これは事実だった。
「ねえ、兄様」
「なんだ」
瞼が少し重くなって、視界がどんどん狭くなっていく。
「私のこと、忘れないでね」
「忘れるものか。いつの記憶にも、お前がいる」
「きっと、また会えるよね?」
「不思議なことを聞くなあ、静は」
静はまだ泣いていた。
「静も、もう寝ろよ」
「うん」
静は目を閉じた。俺も目を閉じた。明日は静とどんな話をしようか。静は柿が好きだ。でも今は冬だから食べさせてやれない。約一年待たなければならない。そう考えていると、俺は眠りに落ちた。
*
目が覚めた。隣には静がいる。
「なあ、静。起きろよ」
静を揺さぶってみるも、反応がない。
「静、静」
まさか。いや、静は眠っているだけだ。
俺は飛び起きて医者を呼びに行った。
「ご愁傷様です」
医者はそう言うと、そそくさと家を出て行った。
静が死んだ?
今にも起き上がってきそうな、死に顔だった。
俺は、初めて胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「これが、孤独なのか?なあ、静」
家は静まり返っていた。