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アランニット制作日記2019-20

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ヴィンテージ素材に箔と染めを施すことで、古着を新しく生まれ変わらせる「NEW VINTAGE(ニュー ヴィンテージ)」。 白い無垢なアランニットがどのように変化していくか、ライタ…
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#エシカル

ニットのお洗濯のこと/アランニット制作日記 2月前編

 今年は閏年で、2月がいつもより1日長くなる。2月が終わりを迎える日、ニットのお手入れについて教わるべく、ゆきさんの自宅を訪ねた。 「ニットをどう洗っていいか、悩んでる人は多いんじゃないかと思うんです」。出迎えてくれたゆきさんは、お茶をグラスに注ぎながらそう話してくれた。「でも、全然お伝えできるタイミングがなかったから、この機会に、ニットの洗い方をお知らせできたらと思います」  クローゼットから取り出したのは、2014-15年に制作した“記憶の中のセーター”だ。前回の日記

アラン諸島の記憶が作品に重なる/アランニット制作日記 1月後編

 アラン諸島に向かう途中に、印象深い出会いがあった。ゆきさんの“記憶の中のセーター”を見て、フェリーの中でいきなり話しかけてくれた女性がいたのだ。 「このおばあちゃんはファンキーな髪型をしていて、すごく面白い人でした。私が緑のグラデーション染をしたアランニットを着ているのを見て、『そのグラデーション、いいわね』って話しかけてくれたんです。『私もお店をやってるから、あとで遊びにきて』って誘われて。そのお店にはその人が編んだアランニットのワインカバーや、タペストリーも置いてあり

アランニットが生まれた島のこと/アランニット制作日記 1月前編

 YUKI FUJISAWAの“記憶の中のセーター”は、ヴィンテージのアランニットに染めと箔を施し、あらたなひかりをあてる。アランニットの「アラン」とは、小さな島々につけられた名だ。ゆきさんがアイルランドの西岸に浮かぶアラン諸島を訪れたのは、2014年の冬のことだった。 「その頃にはもう、アランニットを扱うようになって3年近く経っていたんですけど、このニットを見ているだけでは知り得ないことを知りたくなったんです。どんなところで、どんな人が編んでいたのか、って。自分は手で作っ

箔が輝きを取り戻す/アランニット制作日記 12月後編

「このニットは届いたばかりなので、どんなふうにお直しするか、ちょっとお見せしますね」。ゆきさんはエプロンを身に纏うと、テーブルの上にニットを広げ、まずは状態を確認して、丁寧に毛玉クリーナーをかけてゆく。 「毛玉があると、箔をのせたときにそこだけぼこんとしちゃって、編み目が綺麗に見えなくなるんです。下地を整えるように、編み目の凸凹のへこんでる箇所の毛玉や、エッジの部分にある毛玉を取る。すごい地味な作業だけど、やるかやらないかで仕上がりのクオリティが違ってくるんですよね」  

ニットのお直し/アランニット制作日記 12月前編

 「冬型の気圧配置」と耳にするたび、どこか懐かしい気持ちになる。その日はテレビから「冬型の気圧配置」という言葉が流れてきて、日本海側では大雪となると報じられていた。いよいよ冬が到来した師走のある日、ゆきさんはニットのお直しに取り掛かろうとしていた。  YUKI FUJISAWAでは、お直しの依頼を受け付けている。ウェブサイトには「Repair」の項目があり、申し込みフォームから依頼が可能だ。冬が近づいてくると、お直しの依頼が増えるのだという。  「お直しを始めたきっかけは

日が暮れたアトリエで、その日を待ちながら/アランニット制作日記 11月後編

 ゆきさんのアトリエは路面にあり、入り口は前面ガラス張りだ。今年の初めにここを借りて、カーテンレールは取り付けたものの、そこにかけるカーテンはまだ製作中だ。開放感あふれるところは気に入っているけれど、あけっぱなしでは制作に集中できず、布をかけていることが多いという。 「物件を探してたとき、最初は広さ重視でと思ってたんですけど、マンションの一室で一人っきりで作業するのは孤独で心が落ち込みそうだと思って…。なので、日当たりがよくて、天井が高くて、水が使えることを条件に探したんで

思わぬ出来事/アランニット制作日記 11月前編

 「霜降」という節気がある。古代から使われてきた「二十四節気」という暦があり、これは太陽の位置をもとに1年を24等分したものだ。「立春」や「夏至」もそのひとつで、「霜降」は秋の最後の節気にあたる。  今年の「霜降」にあたる10月24日、ある知らせが届いた。予定されていたアトリエショップが延期となり、それにともなって新作アランニットのオンライン発売日も延期となったという。理由は「商品追加の遅れ」とだけ発表されていた。  その知らせから2週間が経過した11月のある日、ゆきさん

カネコアヤノさん・木村和平さんとの撮影の裏側/アランニット制作日記 10月

今月の日記は「NEW VINTAGE|Sweater in the Memory 2019」撮影の舞台裏です。WEBで公開中のビジュアルとあわせてお楽しみください。  待ち合わせ場所に選んだのは「新宿の目」だった。真っ先にやってきたのはシンガーソングライターのカネコアヤノさんで、スニーカーの白さが際立って見えた。聞けば、一番ぼろぼろの靴を履いてきて、新しいスニーカーを買ってきたのだという。古い靴はお店に引き取ってもらって、買ったばかりのスニーカーに履き替えてきたのだ、と。彼

粉雪が降り積もる季節を想像しながら/アランニット制作日記 9月後編

 YUKI FUJISAWAがアランニットの個人オーダー会を開催するのは、これが2度目のことだ。最初に開催したのは2年前の冬にさかのぼる。 「ブランドを始めたときはまだ学生で、しばらくは実家の一室で制作していました。それだとお客さまどころか仕事関係者も呼びづらかったんです。そのうち台東デザイナーズビレッジという共同アトリエを借りて、外のギャラリーで展示会も開催していた頃、『お店のための展示会ではなくお客さまに向けた個人オーダー会にチャレンジしてみたい』という気持ちが芽生えて

夏の気配が残るオーダー会のはじまり/アランニット制作日記 9月前編

 アトリエの入り口にスリッパが2組、綺麗に揃えられていた。暑さ寒さも彼岸までと言うけれど、すっかり秋めいてきて、ニットの季節が近づいているのを感じる。  ゆきさんはアトリエの隅々まで掃除機をかけると、ウッディーベースのルームスプレーを振り、お客さまがやってくるのを待ちわびた様子でいる。  今日はこれから、オーダー会が開催される。YUKI FUJISAWAの代表作でもあるアランニットシリーズ「記憶の中のセーター」を、自分の希望に沿って仕上げてもらうことができるのだ。オーダー

残暑の残る東京の真ん中で、来るべき冬に向けて/アランニット制作日記 8月後編

 YUKI FUJISAWAのNEW VINTAGEは、ヴィンテージ素材に染めや箔を施すことで、新しい価値を生み出したものだ。古くから伝わるものに、別の角度から光を当てることで、新しい価値を生み出す――その姿勢は、内田染工場にも共通している。 「染めやプリントって、ある程度はテクニックが決まっているところもあるんです」とゆきさんは言う。「でも、内田染工場は若い職人さんも多くて、内田さんも新しいことに挑戦されていて。4年前に川上未映子さんの小説『あこがれ』をイメージしたニット

110年続く染工場さんの歴史/アランニット制作日記 8月中編

 ゆきさんと一緒に、内田染工場を訪ねる。普段はメールと電話でやりとりをするので、工場を訪れるのは今日で3度目だという。 「うちはもともと桐生で呉服屋をやっていたんです」。内田染工場の社長を務める内田光治さんはそう教えてくれた。内田家は代々呉服屋を営んできたけれど、内田作次さんは呉服屋を兄に任せて上京し、染色の技術を学んだ。そうして東京の山手・小石川に内田染工場を創業したのが明治42年――今から110年前のことだ。 昭和10年(1935年) 内田染工場 上棟式 「今はこっ

ヴィンテージと染工場との出会い/アランニット制作日記 8月前編

 7月はあんなに曇りが続いたのに、8月の東京は猛暑となり、空は嘘みたいに晴れ渡っていた。晴れていても曇っていても、そこにある風景は同じであるはずなのに、陽が射すかどうかで印象は変わる。すべては光の加減で決まっている。 「私はもともと色に興味があったんです」。サンプルとして染めた端切れを手に、ゆきさんが教えてくれた。色というのも、光の加減によるものだ。 「学生の頃、かわいい形のペンを使ってみると、つまんない勉強もちょっと楽しく思えたんです。そういう原体験があったから、自分が

2019年のニットの色を決める/アランニット制作日記 7月後編

 形を選ぶと、次は色だ。アトリエにあるニットの多くは、クリーミーな白い糸で編まれたアランニット。白さが特徴のニットを、染料で染めてゆく。 「このニットはそもそも、後から染めるってことを想定して作られてないんです。赤いニットが欲しかったら、最初から赤い糸を買ってきて編みますよね。それを後から染めようとすると、それぞれ染まり方が違うんです。どこのウールを使っているかによって染まり方が違ったり、糸の太さなど紡績方法によっても違ったりするんですよね。  だから、『なんとなくこんな