無料公開 : 技と知と思考
臨床作業療法 NOVA Vol.19 No.2『作業療法と臨床判断』を9月15日(木)に刊行します.今回,青海社様のご協力で,序文および1章の私の担当部分を発売に先駆けて無料公開させていただきます.
以下,転載禁止
序
作業療法士は自らの臨床を「事例報告」としてまとめることが多い.学生時代の臨床実習後の報告会にはじまり,新人教育の一貫として,学会の演題として,仮説生成を目的とした実践報告として…何度も事例をまとめる作業を重ねる.
事例報告の中には,対象者にどのような評価を行い,評価結果からどのような目標を立案し,その目標を達成するためにどのようなプログラムを提供したのか,介入によってどのような変化をもたらしたのかが記載される.
評価や目標,プログラムは,対象者の診断名や属性によってステレオタイプに選択できるものではなく,対象者との相互交流の中で繰り返される臨床判断によって選択され,絶えず調整が繰り返されるが,事例報告には,評価結果をまとめ上げ,介入方法を導く際の思考が「統合と解釈」などといった形で明文化されてはいるものの,対象者との相互交流と,その過程で行われる臨床判断の詳細が記載されることはあまりない.
しかし実際には,事例報告ではなかなか表現されない「行間」,つまり繰り返される臨床判断の中に,臨床の質を支えるヒントがある.「先輩はどうしてあのプログラムを選択したんだろう」「どうしてあの難しい場面で上手く対応できるんだろう」事例報告を通して先人が選択した「手段」を模倣することはできても,その手段を自ら選択できる臨床判断能力を身につけることは容易ではない.「学生や若手作業療法士の臨床判断能力の涵養に役立つ教材を作りたい」それが本書のコンセプトである.
通常,このようなテーマはクリニカル・リーズニング(Clinical Reasoning: CR)として扱われることが多いが,構成に自由度を与える理由から,本書はタイトルを『作業療法と臨床判断』とした.編集メンバーには,臨床家として,また研究者として作業療法分野のCRを牽引する丸山祥氏,そして自らの臨床のみならず,様々な形で精力的に臨床教育を行い「本当の作業療法がしたい」と歩む作業療法士から絶大な支持を得る藤本一博氏を迎えた.
1章では,「臨床判断とクリニカルリーズニング」と題して,作業療法士が行う臨床判断について詳察するとともに,最新のCR研究の結果を示した.2章では,「臨床判断に関連した評価・支援ツール」を掲載した.対象者との相互交流を支えるツールだけでなく,教育に活用できるツールについても紹介しているため,ぜひ養成校の授業や職場の研修等でも紹介したツール活用してほしい.3章には,「臨床現場および教育現場における事例報告」を掲載した.
すべての対象者,すべての作業療法士は唯一無二の存在であり,すべての臨床は毎回が一度きりの経験である.そのため,事例報告に記載された作業療法士の臨床判断をそのまま模倣することはできないが,他者の臨床判断にふれることは,確実に読者の臨床判断能力を高めてくれる.一見オリジナルと思われるような即興的な臨床判断や手段選択も,その多くは,有する知識や過去の経験,代理体験をモジュールとして組み合わせながら創出されるからである.ぜひ作業療法士と対象者の有機的な相互交流を想像しながら,そして自身の臨床と照らし合わせながら本書を読み進めてほしい.
編者を代表して 齋藤佑樹
技と知と思考
Ⅰ.「センス」という言葉で片付けられてきたもの
「あの新人さんセンスあるよね」臨床場面でしばしば耳にする言葉である.作業療法士(以下,OT)は,目の前の作業療法学生や他の療法士から「何か」を感じ取り,ずっとこのような表現を使い続けてきた.しかしながら,このセンスとは一体何を指しているのだろうか.
作業療法の対象は,言うまでもなく唯一無二の存在である.診断名や障害名のみで対象者を分類するのであれば,その類型は有限であるが,人がよりよい作業的存在になるために協働する作業療法の関心を疾病や障害の種類や程度に帰結させることはできない.疾病・障害の種類や程度に加え,人となり,生活歴,作業歴,所属環境で担っていた役割,大切な作業,能力,動機…非常に多くの情報を変化し続ける生きる主体の中に捉え統合し,変化の中で対象者がより良い作業的存在となるべく協働し続ける.普遍的な目的に従属しながらも,その発揮される手段や手段選択に関与する情報は極めて多様であり,安易な定型的提示を許容しない.ずっと昔から使われ続けてきた「センス」という言葉は,上述したような作業療法を行うために必要な多くの情報を統合しつつ,目の前の対象者の機微を感じ取りながら,望ましい臨床判断を行う能力に対して使われてきたように思う.では,このような臨床判断を行うためには,どのような能力が必要なのだろうか.その解は,クリニカルリーズニングを軸に本書全体を通して読者に提示するとして,ここではまず,一人のOTと対象者との相互交流を紹介し,臨床現場の臨場感を帯びた状態で「作業療法と臨床判断」についての概説を述べたい.
Ⅱ.訪問リハの一場面から
著者は現在,「訪問リハビリテーションにおける活動・参加レベルの目標設定を支援するOTの臨床判断」について,質的研究手法を用いて縦断的な検証を進めている.その過程で出会った印象的な相互交流の一部を紹介する.
※以下事例
OTは,前任者から引き継ぐ形でAさんの担当になった.Aさんはリウマチを抱えた70代の女性で,週2回のデイサービス利用に加え,長年訪問リハでROMやストレッチ,体力低下予防を目的とした立ち上がり練習等を行ってきた.Aさんは夫の介助で身辺ADLを遂行しており,その他の時間は殆どの時間をベッド上で過ごしていた.
初回の訪問時,OTは,作業療法が対象者が大切な作業に関わることができるよう支援する仕事であることをAさんと夫に説明した.2人から返ってきた言葉は「そういうことは必要ありませんのでとにかく前の先生と同じことをしてください」であった.
OTは,Aさんの活動・参加拡大の可能性を感じながらも,信頼関係の構築が全ての基盤になると考え,まずは前任者のプログラムを踏襲しながら訪問リハを開始した.
初回の説明でOTの提案に耳を傾けることはなかったものの,Aさんは話し好きで,OTに対して色々な話をしてくれた.特に料理についての思いが強く.好きな食べ物の話にはじまり,得意料理の話などを毎回熱心にOTに語った.
OTは,料理をきっかけにAさんの活動・参加の拡大ができないかと考えたが,時期尚早と考え,提案は行わなかった.
数週後,Aさんから「あなた上手いわね!最近前よりもずいぶん身体が楽よ!」との語りが聞かれた.OTは,プログラムの変更を提案するよいタイミングと判断した.
「Aさん,少しお話を聞いてください.最初にお会いした際にもお伝えしましたが,私は,利用者の方が大切な作業に関わることができるようにお手伝いする仕事をしています.これまでAさんから色々なお話を伺って,Aさんにとって料理はとても大切な作業であると感じました.でも同様に,リウマチの症状がAさんを苦しめることが無いように,身体のケアも大切だと思っています.そこで提案なのですが,毎回リハビリを行う60分のうち,10分だけ私が提案したプログラムを受け入れていただけないでしょうか,もしやってみて嫌であれば,すぐに仰っていただいて構いませんので」
この提案をAさんと夫は承諾してくれた.次回の訪問時,OTは,作業負荷やこれまでに伺った作業歴を踏まえ,Aさんと一緒に「キュウリを切る」ことを提案することにした.OTは,Aさんや夫が心理的な抵抗を示さないよう,ついさっき別の利用者宅を訪問した際,帰り際に「偶然キュウリを頂いた」ことにした.
いつもどおり,ROMやストレッチ,立ち上がり練習を行った後,Aさんは数年ぶりに台所に立った.Aさんの身体的・心理的な負担に配慮し,立ち位置,包丁の持ち方,身体と物品の位置関係などについて,Aさんが煩わしさを感じないよう,あくまでさりげなく指導しながら実施した.Aさんはとても上手にキュウリの輪切りを行った.
OTはAさんの中に何らかの感情が湧き上がるのを見たが,そこで無理に言語化することを求めなかった,また,Aさんの中にわずかに生じたであろう動機を追い越してしまわないよう,次回の提案を行ったり,今後の計画を立てたりすることもせず,その日の訪問を終了した.
次の訪問時,Aさんから,「あれくらい(前回のキュウリを切る)できるんだったら,白玉くらい作れるかもね」との発言があった.話を詳しく伺うと,Aさんは昔を回想し,家族や知人に自分の作った料理を食べてもらうことが喜びだったことを楽しそうに語った.
Aさんの主体的な発言を大切にしようと考えたOTは,すぐに白玉づくりを提案した.Aさん,夫ともにすぐに承諾してくれた.OTは,ただ白玉をつくるのではなく,Aさんが喜びと語った「他者に食べてもらう」経験を提供したいと考えた.
そこでOTは,完成した白玉を自宅に持ち帰り,自分の子どもが喜んで食べる様子を動画で撮影し,次回の訪問時にAさんに観てもらった.Aさんは,OTの子どもが白玉を美味しそうに食べる様子と観てとても喜んだ.
するとAさんから,「あれから私なりに考えたんですけど,飾りこんにゃくの煮物を作るのはどうかしら.こんにゃくは柔らかくて力は必要ないし,リウマチの手の練習にもなると思うの」と提案があった.この頃から,当初は10分だけと約束していた作業に関わる時間に対しても柔軟な姿勢を示すようになった.OTは,契約している時間(60分)の中で,前任者から継続していた機能訓練は継続しながらも,作業に関わる時間を少しずつ延長していった.
Aさんと相談し,飾りこんにゃくを使った煮物を作り,通っているデイサービスの職員に差し入れをすることにした.OTは事前にケアマネに連絡を取り,デイサービスの職員から,Aさんにしっかりと伝わる形で感想をもらえるよう依頼をした.職員から肯定的な感想をたくさんもらったAさんは「とても嬉しかった」と語った.
OTは,今が改めて作業療法の説明を行うタイミングだと判断した.すでにAさんや夫との関係性に問題はなく,このまま「現在のような」介入を続けることもできたが,今後,料理の枠を越え,Aさんの活動・参加に対して柔軟にアプローチをしていくためには,しっかりと作業療法の目的について理解してもらい,目標指向的に協働ができる関係性を構築するべきと判断した.言葉だけでは理解が難しいと考えたOTは,生活行為向上マネジメントのシートを活用しながら,Aさんと夫に作業療法の目的や期待できる効果等について説明しながら面接評価を実施した.
面接の中で,「もうすぐ年末だから,おせち料理を作ることができるようになりたい」との語りが聞かれ,「マグロの昆布巻を作る」を合意目標として共有した.作業工程を整理すると,リウマチを呈したAさんには負荷が大きい工程もあったため,夫と役割分担することを前提に目標達成を目指すことにした.うまく役割分担をすることで,無理なく目標を達成できる経験と平行して,これまで夫が介助していたADLについても改めて見直しを行い,Aさん自身が遂行する要素と,夫が手伝う要素についても作業形態を修正した.
この頃から,Aさんは料理を実施していない時間についても自分から離床する頻度が増えた.また,長年夫の介助で遂行していた日中の排泄は,約1ヶ月で自立レベルとなった.さらに,訪問リハで設定した「マグロの昆布巻作り」についても,関節保護の観点等を踏まえ,自分から現実的な作業形態を提案してくれるようになった.その後,数回の介入を経て目標達成に至った.
Ⅲ.「技」は「知」と「思考」に従属する
今回紹介した事例の訪問リハ開始時の状況は,対象者や家族から作業療法を理解してもらえず,OTにとっては「作業療法が提供しづらい」状況であった.ともすれば,Aさんや夫の希望に迎合し,ベッド上でのマッサージや機能維持のための立ち上がり練習に終始してしまってもおかしくない状況であろう.おそらくOTにとっても(望ましいかどうかは別問題として)そのほうが楽であったはずである.
しかしOTはそのような径路を選択しなかった.無理に作業に関わることを強要せず,説得するようなこともしなかった.まずは前任者のプログラムを踏襲し,信頼 関係の構築を優先した.関係性が深まる中で,Aさんが作業に関わる喜びを感じることができるよう,提案の仕方や難易度に配慮しながら最初の作業機会を提供した.
そして,Aさんの中に湧き上がった僅かな動機が,その後の役割遂行や生活習慣の改善へと繋がるよう,Aさんの希望を取り入れ,難易度を調整し,他者から評価される機会を作っていった.さらに,延々と作業機会を提供するのではなく,Aさんが作業に関わることに対して心理的な抵抗を示さなくなったタイミングで,改めて作業療法についての説明を十分に行い,生活行為向上マネジメントの強みを活かしながら「作業療法士と対象者」としての契約と目標共有を行った.
このような臨床判断の基盤となったものは何か.養成校時代の教育,卒後に学んだ知識や積み上げた経験値,OT自身の人間性や生活歴…多くの要素がモザイク状に影響していたことは想像に難しくない.
ここで,今回紹介したOTが,初回訪問時に対象者に作業療法の説明を行い,前任者のプログラムの踏襲を求められた場面について,発生の三層モデル(Three layers Model of Genesis:以下, TLMG)を用いて解説する(図1).
図1.発生の三層モデルを用いたOTの臨床判断の可視化
TLMGは,質的研究手法である複線径路等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach:TEA)に組み込まれたコンポーネンツの一つであり,対象者の経験径路における分岐点(他の径路選択の可能性があった地点)において,文化的な記号を取り入れながら維持・変容するシステムとしての人間の動的なメカニズムを,個人活動レベル(第1層),記号レベル(第2層:次の行動選択につながる意味付けや解釈,人を次の行為に駆り立てるもの),価値観・信念レベル(第3層)という異なる3つの層によって記述・理解していく仮設的メカニズムである.
OTは,Aさんの訪問リハ開始時,作業療法の説明を行ったものの,Aさんと夫は,前任者が提供してきたプログラム(機能訓練)を継続することのみを希望し,活動・参加レベルの目標を決めるための話し合いを行うことが難しかった(第1層).このときOTの中には,「無理に作業に焦点を当てた介入をしても不信感を与えるだけ」「言語のみでの説明や説得は効果的でない」「まずは信頼関係の構築を優先したほうがよい」といった記号が発生していた(第2層).そして,これらの記号の発生の基盤となっていたのは,「あらゆる支援は信頼関係があるからこそ有効である」「対象者が作業の大切さを実感するためには,自分で作業に関わるという経験が不可欠」という価値・信念であった(第3層).さらに,このOTは,以前より作業科学や作業療法理論等について積極的に学び,学会発表等の学術活動にも積極的であった.また,著者とともに作業科学を基盤とした臨床全般を扱うSIGを運営し,長年有志での学習や事例検討を重ねてきたOTであった.
TLMGを通して可視化すると,対象者が機能訓練のみを求めてくるといった場面で,どのような価値・信念を基盤として臨床判断を行ってきたのかが分かる.その後の相互交流においても,OTは,対象者の機微を感じ取りながら,繊細な臨床判断を繰り返していた.
このように,客観的に見れば即興的と思われるような臨床判断には,目の前に立ち現れた現象に対して,次の行動選択につながる意味付けや解釈があり,それらの意味付けや解釈には,さらに上位階層の価値観や信念が影響している.そして,この階層的構造間を行き来する内在化・外在化が同時発生的に生じることで臨床判断がなされ,次の行動を生み出している.
今回紹介した事例で,OTが対象者との信頼関係の構築を優先し,少しずつ対象者が作業に関わる機会を作っていった「技」は,OTが技として学び身につけたものではなく,「知」を基盤に「思考」し導いた手段である.
現在,非常に多くの「技」を学ぶ機会があり,リーチすることも容易い.そしてセラピストは技の習得に惹かれる傾向がある.しかし上述したOTの臨床がそうであったように,セラピストが対象者との相互交流的な文脈の中で最適解を選択できるか否かは,有する技の数ではなく,知と思考の質に従属する.
Ⅳ.「知」を用いるための「知」
対象者と一緒に活動・参加レベルに焦点を当てることができないという,作業療法実践における障壁において,OTがどのような臨床判断をしているのかについてひとつの事例を紹介した.臨床判断は,いうまでもなく対象者との相互交流の中で行われるため,起こりうる状況を完全に予測することは不可能である.OTの予測通りの展開にならないことは日常茶飯事であり,その度にOTは,「何らかの」判断を行い,次の行動選択をする.
そこでOTが,自己防衛的な判断をせず,対象者の心理に寄り添い,特定の要素に偏ることはく中立的に状況を俯瞰し,望ましい判断を行うことができるか否かは,そのOTが有する「知」に依存する.さらに,その知を活用するためには,複数の知を組み合わせて解を導く「思考」が必要であり,思考には,過去の経験を含む広義の「知」が言語化・組織化され,活用可能な状態に置かれていることが不可欠である.
作業療法はずっと昔から「分かりにくい仕事」と言われてきた.OT自身がこの言葉を使用する際には,非常に多くの情報を統合しながら行う仕事であることや,多領域を網羅しているといったニュアンスが込められていることが多く,「分かりにくい」ことを美徳的に扱う側面があったように思う.しかしプロフェッショナルとして自身の専門性が「分かりにくい」ことは,美徳などではない.必要知を一般化し,安定的に活用可能な状態を作り出してこなかった怠慢以外の何者でもない.
OTの世界には,すでに無数の「知」と「技」が存在する.OTが作業療法の「分かりにくさ」から脱し,対象者との相互交流の中で望ましい臨床判断を行い「技」を選択するためには,OT一人ひとりが必要知を身につけることは大前提として,「知」の用い方の「知」が必要である.
Ⅴ.参考文献
1)安田裕子, 滑田明暢, 福田茉莉:TEA 理論編 複線径路等至性アプローチの基礎を学ぶ.新曜社,2015
2)安田裕子, 滑田明暢, 福田茉莉:TEA 実践編 複線径路等至性アプローチを活用する.新曜社,2015
3)齋藤佑樹, 友利幸之介, 澤田辰徳, 大野勘太.:訪問リハビリテーションに従事する作業療法士が対象者の活動・参加レベルの目標達成を支援するプロセス─ 複線径路等至性アプローチ (TEA) による分析の試み─. 作業療法 41(2), 226-238,2022
臨床作業療法NOVA Vol.19 No.3 『作業療法と臨床判断』
9月15日発売