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「オケバトル!」 6. 破滅への前奏曲 ②

6. 破滅への前奏曲 ②



 アーティスト名は単独の、ジョージ。本名、丈治・清川。昨年行われた前回のバトルは、絵画や彫刻、ポスター制作などを表現手段とした、コンテンポラリー・アートがテーマであり、ダントツ優勝の彼は、芸術家としての才能だけでなく、その穏やかな人柄や、母親が英国人という美貌からも一躍スターの座を手にすることとなった。
 しかし繊細な芸術家気質な上、元来が寡黙な彼の性質から、メディアにもてはやされるのを極力避け、この一年はひたすら自宅兼のアトリエにこもり、己が精神の世界を守り通していた。今回は優勝者とバトル番組との契約により、ゲストとしての一時的な参加であった。
 バトル・シリーズは海外からの参加も大いに歓迎なのだが、日本語に堪能であることが必須条件なので、今回もそうであるように、参加者のほとんどが日本人のみになりがちな中、英国籍を持つ彼の存在は異彩を放っていた。そして彼の芸術もまた、通常の感性からかけ離れた異色の世界であった。

「Bチーム、Aチーム、どちらもいい演奏でした」
 この青年も、辛口ではなく、柔軟姿勢のようだ。
「もう、感動ですよ。素晴らしい。杏香さんと同じく僕も、いてもたってもいられない。すぐにでも何か描きたくて、うずうずしてますよ」

「ぜひ描いてください! このお屋敷には、自由に使えるアトリエもありますからね」と司会。「ここはまさに芸術家の館なんです」

 フルオーケストラが余裕で乗れる舞台を備えた音響も豊かな結構な規模のホールを筆頭に、百人は入れそうなリハーサル室が二つ、様々な版のスコアからパート譜といったあらゆる楽曲や音楽資料の整ったライブラリーに、芸術関連書籍が充実の図書館、ストラディバリウスを始め、値打ちがつけられないほど貴重な楽器が揃う楽器室、二百人もの宿泊者を収容でき、おしゃれなバーやカフェ、腕利きシェフが牛耳る和洋中のレストラン、ご丁寧に画材も用意されているアトリエまである謎の洋館。
 館の主は、どんな企業か財閥か。よほどの芸術愛好家なのか、といったプライベートな事情は番組では明かされない契約であった。

「僕、今日から三日間は審査を請け負う約束なので、滞在の間、何か形にしておきますよ」
 このバトル番組では毎回、どのようなテーマであっても常に「スピード」との戦いが強いられてきた。短時間でいかに集中して完璧な作品を仕上げられるかが勝敗の鍵。それまでは芸術家特有の、気分任せのマイペースであったジョージが、今ではこうして「三日で仕上げる」とさらりと言えてしまう成長ぶりである。
「僕もやっぱりAとB、まったく違う光景が見えたので二枚は書きたいな」
 そこまで言ってから、ああそうだ、と手を打つ。
「よろしかったらプレゼントしますよ、勝利を得た方に。えっと『オケ・マイスター』でしたよね」

「それは大変な副賞となりますね!」と司会。「で、もう一枚は?」

「最初の脱落者に残念賞として進呈する、とか?」
 粋な計らいのジョージに対し、
「いや、それはいかんね」
 長岡氏がやんわり否定。
「脱落は残念なものでなければならないのでね。こちらのマダムにプレゼントなさい」
 と、隣の作家兼評論家の青井杏果を示す。

 あら、私が欲しい~と言いたいのを司会の宮永鈴音は、ぐっと我慢。年齢や知名度からすれば作家先生の方が遙かに格が上なのだから。

「光栄ですが、芸術家に最初から強要しては気の毒ですよ」と当の作家マダム。
「だけど、あなたの描いた絵に私が詩かお話をつける、というのも良いかも知れませんね」

 じゃあ、そこに私がちょっとした曲をつけてヴァイオリンで弾くのはどうかしら? という素敵な思いつきも、鈴音は自分の胸にそっと収めておくことにする。司会はあくまでも司会に徹し、お偉方の先生を前にしゃしゃり出てはいけないのだ。これまでそれで、どれだけ痛い目に遭ってきたことか。

「素晴らしい!」と、はしゃぐジョージ。
「いっそのこと、一緒に絵本でも作りましょうか」
「おいおい。初日の一曲目にして、はや二人の世界に行ってしまわんでくださいよ」
 盛り上がる二人に審査委員長が釘を刺す。
「まずは肝心の結果発表と、講評もあるのだからね」

 審査員全員一致の意見として、軍配はAに上げられた。

「それではAチームの皆さんには引き続き、おしまいのほうだけもう一度、演奏していただきます」
 司会が遠慮がちに言う。
「エキストラの方々をお待たせしては申し訳ないので、審査員陣による辛辣なる講評合戦は、演奏の後に致しましょう」

 番組のテーマ曲として部分を使用するにも、編集では処理しきれない箇所については、どうしてもオリジナルの音源が必要となってくる。クライマックス、全員合奏の一打と同時に始まるヴァイオリンの掛け合い。今回に限って、この頭の一打を省いて、ヴァイオリンの音階だけでテーマ曲が始まるという、劇的かつ効果的な演出である。
 よほどの事情がない限り、基本は原曲に手は加えないのが番組の方針であったが、「テーマ曲の冒頭として必要ならば」と、参加メンバーも、その場で納得する。

「最後のとこだけでしたら、指揮はいりませんね」と、舞台の端っこに立っていた有出絃人。「やっとセカンドが弾けるぞ」と独りごちながら下手の袖に置いてあった自分のヴァイオリンを取りに行こうとする。

「必要なくても、きみが指揮するべきだ」
 と長岡プロデューサー。
「Aチームの勝利は、きみの功績でもあるのだしね」
「ああ、すみません」絃人が言った。
「ただ拍子をとっていただけで、僕、指揮をしていたわけではないんです」
 本格指揮ということなら、もっと楽曲を掘り下げたかったし、微妙な間合いやルバート、洗練されたダイナミクスなど、己の解釈をしっかり打ち出したかった、というのが本音である。それは短時間でも割り切ってできたはず。しかし今回は音響を配慮しつつ、ただひたすら皆をまとめ、分かりやすい状態に楽曲を仕上げることに重きを置いていたので、指揮とは到底言い難いのだ。この程度の演奏が「有出絃人の〈レ・プレリュード〉」などとレッテルを貼られて放送されたりしたら、名誉どころか大迷惑なのであった。

「ただ拍子をとっていただけにせよ、チームの皆を統率し、しっかりリードしていたには違いないよ」と、長岡氏。
「それにあなたの振っている姿は絵になりますね」
 ジョージも賛同する。
「実に様になってる」
 それから胸元のマイクに拾われないよう、青井杏香にこそっと耳打ち。
「指揮棒を持っていないところが、またかっこいいよね」
「ストコフスキーみたい」
 うんうんとうなずきながら、小声で応える杏香。
「往年の名指揮者」
 くすっと微笑んでから、改まった様子で手元の資料を見ながら首を傾げ、
「指揮者としての経歴は一切報告されてないようだけれど、どこで学ばれたのですか」
 と、本人に確認する。
「今、ここで話すことでもないので」
 言葉を濁す絃人。人前で褒められるのは苦手だった。しかもカメラの前で。それに大したことは何も成し遂げていないのに。
「あとで、独白ルームででも語っておきますよ」
「でました! 独白ルーム!」
 ジョージがのけぞって笑った。彼もまた、一年前はこの部屋にずいぶんとお世話になったものだったから。

「独白ルーム」とは、このバトル・シリーズではおなじみのコーナーで、参加者や審査員、スタッフらが、固定カメラに向かって自由に己の思いの丈を打ち明けるブースのことである。
 自らを戒め、奮い立たせる言葉や、あらゆる言い訳や愚痴、泣き言。仲間やライバル、審査員らへ向けた痛烈な批判や悪口など、言いたい放題。録画スイッチは自ら押すが、ひとたび記録されると削除はできない。閲覧は自由自在。バトル終了後の、打ち解けた反省会で暴露され、物議を醸すこともしばしばだ。
 こうした事情を司会の宮永鈴音がさっと説明し、再びの演奏が開始される。
 輝かしい勝利の演奏。冷静なる指揮者は先ほどと全く同じに振ったが、勝利の喜びと安心感に包まれ、演奏は更に完成度を増していた。

 両チームのリハーサルと本番に立て続けにつき合わされたエキストラの面々が、審査委員長による感謝とねぎらいの言葉をかけられた後に退場していった。

 委員長は続けて、エキストラは今後、必要に応じて参加を依頼することもあるが、基本は、足りない楽器は楽器庫から借用するか、必要最低限のアレンジにて他楽器で代用するか。そうしたところもバトルの要となってくるので、用心したまえと、全員に忠告する。

「それでは講評に入りましょう」
 司会の宮永鈴音は明るく言ってから、慎重に審査員らに問いかける。
「話の流れ次第では脱落者候補も、この場で明らかにされてしまう、なんてことも起こり得るんですよね?」

 司会の言葉にAチームは、
「どうせ落ちるのはBから選ばれるのだ」と、安泰を決め込み、対するBチームは、
「負けは我らであろうとも、仮にAでやり玉に挙げられる者が現れてくれれば、そいつが脱落の可能性ってこともあるかも」と、かすかな希望を抱くのであった。




7.「最初のギセイ者」に続く...


♪ ♪ ♪  今回初登場の人物  ♪ ♪ ♪

ジョージ 美形画家のゲスト審査員










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