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「オケバトル!」 68. 如何に工夫を凝らせども


68.如何に工夫を凝らせども


 こうして開始された先攻のAチームと、今回は後攻を選んだBチームによる、各々の本番を終えての審査員らの反応は……?

「何だかAとBのチーム全体が入れ替わってしまったみたいだね」
「そうですね。Aは弦のアタックが強めでメリハリを利かせた、はっきりした分かりやすい演奏で、Bはしなやかでエレガント、とりわけ弦の響きがとても美しくなめらかで、この曲が洗練された極上の音楽であることを知らしめてくれたようでした」

 つまりBのほうが上ってことですかあ?
 審査員の長岡幹と青井杏香の意見から当然導き出されそうな印象を、司会の宮永鈴音が意地悪く言葉にするのを一応ためらっていると、ゲスト審査員のアントーニアが、
「極端な例えではありますが......」
 と、両チーム公平に好意的な解釈を述べ始めた。
「バレエに例えるなら、Aはニューヨーク・シティ・バレエの『シンフォニー・イン・C』で、Bはパリ・オペラ座の『クリスタル・パレス』ほどの違いといったところでしょうか」

 余計な口を挟まなくて良かった。鈴音はほっとしつつ、気の利いた見解をさらっと付け足すことにする。
「確かにそうですよね。Aチームでは演奏にあたり、タイトルを『シンフォニー・イン・C』として紹介されてましたし、今やBチームの導き手でさる有出絃人さんは、フランス仕込みのバレエにもお詳しいようですし」
「ですが、どちらのタイプが優れているかなんて決められませんよね」
 アントーニアが遠慮気味に続けていく。
「そもそも改作の『イン・C』か、オリジナルの『クリスタル』か、もしくはニューヨーク・シティか、パリオペラ座か、なんて比較するのもナンセンスですものね」
「論点が違ってる」
 そこで長岡が軌道修正。
「今回のバトルは、『編成からはみ出したメンバーが、いかに工夫を凝らしてチームに貢献するか』が課題だったのだからね」
「えっ? それでは肝心の演奏の善し悪しは審査の対象にはならないってことですか?」
 そうした事情も知っていた司会であるが、驚いたフリで確認する。
 これには舞台に残るBチームも客席のAチームも、ヤル気なくすじゃないのよ! ブーブー。と、不満もあらわ。
「そういう視点からでは、まずは先攻のAチーム。トロンボーンお2人の息の合った軽妙な解説は、とても良かったですよね」
 雰囲気を和らげるべく、杏香がさっと話を進め、
「出番のない事態を逆手にとってトロンボーンについて熱く語ってしまうところが、憎い演出ともいえようね」
 長岡も素直に調子を合わせておく。

「そしてBチームでは、このように舞台照明に粋な計らいがありました」
 鮮やかなブルーを背景にBのメンバーがまだ残っている舞台に向けて、腕を広げながら鈴音が言った。
「背景に特別なカラーが加わると、聞こえる音楽の印象もかなり変わってくるものだね。ビゼーのこのシンフォニーが、バレエ音楽としての確固たる地位を得ていることからすれば、正当な演出とも言えようが……。一歩間違えばやり過ぎになりかねない。基本姿勢を踏み外す危険もあろう」
 そこで長岡は言葉を切って、舞台上のBの面々に尋ねてみる。
「このアイディア、どういった経緯で生まれたのかな」
 編成からあぶれた奏者のアイディアだったのならプラスの評価とすべきか、判断に迷う審査委員長。
 一方、何事も一人で責任を負う主義の有出絃人にしてみれば、この男が賛同しているのか攻撃したいのか判断がつかない以上は事実を述べるしかないと、ファーストヴァイオリン後方の席から立ち上がる。
「自分の提案です。主旨はお分かりと思いますが」
「なるほど。あぶれた奏者が演出に工夫を凝らしたって訳じゃないんだね。異議を唱える者もいなかったと?」
 仲間に有無を言わせずに自分が強引にアイディアを推し進めた、と絃人は述べようとしたが、指揮を務めた女性が遮るように、
「皆を代表して言わせていただきますが」
 と、舞台の隅から手を挙げた。
「指揮の私も含めて、一同その場で大賛成したので、この演出は間違いなく全員一致によるものです」
 彼女のこうした態度は、これまで同様ひとたび責任ある役目を務めた者に自然と現れる積極的行動パターン。
「すみませんが、お名前を。今回は両チームとも、パーカッションの奏者が指揮台に立ちましたね」
 司会が彼女の脇に立ってマイクを向ける。
「谷内みかと申します」
「さすがにパーカッショニストだけあって、両チームともテンポの正確さはバッチリでしたよね!」
 審査員に向けての司会の言葉に、話題を変えられたことに多少ムカつきながらも長岡は同意する。
「ああ、その点は安心して鑑賞できましたよ。だがね」
「だがね」の否定語に、一抹の不安を抱いてしまう両指揮者。
「なんかこう、何の変哲もない機械的な指揮と感じたのは、私だけかね」
 そこで、まだ着席していなかった有出絃人が口を出した。
「指揮法も分からない状態で、よく把握していない交響曲を準備に日数を費やして研究することもなしに、その場で丸々一曲正確に振れたんですから。彼女は精一杯力を出し切れたと、僕たちチーム一同は彼女の頑張りを手放しで讃えたく感じています」

 そうだそうだと、Bの仲間から拍手が起こり、旧友の打楽器青年にも敬意を払うべく、絃人はつけ加える。
「それはきっと、Aチームの指揮者も同様と思います」

 ありがとう有出さん。完全裏切り者とも疑ってたけど、まだ我々を思いやってはくれるんですね。と、客席Aの仲間たちも心で述べつつ指揮を務めた青年に拍手を送る。

「きみは審査の領域にまで、こうして口を挟んでくるんだね」
 長岡が文句を言った。
「ですが長岡さん、有出さんの言われることはもっともですよ」
 隣の杏香が宥めつつ適切な意見を述べる。
「正確なリズム感、テンポ感だけでなく、とくに今の舞台、つまりBの演奏では、自然なルバートや音楽的で微妙なニュアンスも随所に感じられましたし」
「不思議なんだよね。指揮者の動きは始終きびきびと機械仕掛けの人形みたいなのに、音楽は滑らかに流れている」
 それから長岡はぼそりとつけ加えた。
「そうした繊細な色づけが、指揮者の動きからは何故か感じられなくてね」
 そこでパーカッション谷内嬢が再び手を挙げ、
「リハーサルを有出さんが午前中いっぱい時間をかけて丁寧に、入念に仕上げてくださったので」
 高い声で懸命に語り出した。
「私はただ、本番で指揮台に立って拍子をとるだけで精一杯。音楽的な色づけは有出さん仕込みのリハと、コンマス別所さんのリードによるもので」
「やはり有出仕込みのリハだったとはね!」
 長岡は呆れてのけぞった後、冷たい口調で付け足した。
「それではお嬢さんの指揮は、ただの振り付けだったというわけですか」
「指揮者の拍子が先でなく、進みゆくオケの演奏に従って振ってたということですか?」
 お嬢さんって言い方、大人な彼女に失礼だし、いい加減やめてよね。とムカつきながらも、司会の鈴音が冷静に長岡の言葉に言い添える。
「欧米ではポピュラーな趣味という、音楽愛好家がCDなんかを流して、それに合わせて酔いしれて振るような?」
「いえいえ、みかさん、自らちゃんと拍子をとられてましたよ」
「ええ、明らかに。後振りなんかじゃなく」
 長岡さんたら、わざと意地悪なこと言われるんですね。と顔を見合わせて打楽器嬢をかばう二人の女性審査員。
 そこで司会が流れの方向転換をすべく、
「今回の審査の焦点は、編成からあぶれた奏者が、いかに効率的に活躍、あるいは縁の下の力持ちとして 舞台に乗る仲間を支えゆくか、といったことだったのですよね?」
 改めて審査員陣に確認する。
「打楽器奏者とトロンボーン奏者。リズム感において絶対的に信頼できる打楽器の方を両チームとも指揮者に立てて、トロンボーン2名は、片や軽妙なトーク、片や抜けているパートの代役で補う、といった工夫が各々成されました。そうした意味では、両チームとも課題には精一杯応えたと言っても良いのではないでしょうか」
 話のまとめ役でもある司会者による、こうした指摘に関しては長岡もしぶしぶ認めつつ、
「演奏家ならではの視点での興味深い楽曲解説は中々良かったが、惜しむらくは、トロンボーンの話題だけでなく、同じく編成に入っていなかったパーカッションについても、ひと言でも述べるべきだったねえ」
 と、釘を刺した。

「交響曲の歴史において」
 そこで青井杏香が長岡の意図をくみ取り、説明を続けていく。
「古典派からロマン派の初期にかけて、まだ二管編成が主流だった頃、ティンパニは常連楽器であれど、小太鼓大太鼓、シンバルやトライアングルといった打楽器は、効果を狙って派手に使用される機会もある反面、シンプルな内容の交響曲では編成から省かれる場合も多し、といったお話ですね?」
 今回のビゼーの楽曲解説で杏香自身があらかじめ用意しておいた内容の一部でもあった。
「自分らトロンボーンの話ばかりで、その点の配慮が足りなかったということで、Aはまずマイナス1点ね」
 ええ~? という客席からの悲鳴をよそに、長岡は容赦なく続けていく。
「Bは2本のトロンボーンが編成に加わったことで、原曲より更に奥行きが豊かな響きをもたらす絶妙な効果が得られたことで、プラス2点」
 点数制かよ。と少々しらけムードのBチーム。勝利が明らかになるまでは、まだ喜ばないでおく。
「2点の根拠は?」
 理由は分かってはいたが、一応司会が確認する。
「楽器が2本、ということで」
 言ってから、長岡が手をパチンと叩いた。
「ああそうか、Aのトークも2人だったから、マイナス1じゃなくて、マイナス2に訂正ね」
「でも、評価されるべき点も、トークには充分あったじゃないですか。演奏家ならではの視点という意味でも」
 不公平だと言わんばかりに青井杏香が食い下がる。
「トーク内容について、私はAに2点差し上げます。あ、2人ですからね」
 続いてアントーニアが無邪気に言った。
「指揮者のお二方の実力については引き分けということにして、演奏そのものは、すべてがきっちり、ぴしっとまとまっていたAも素晴らしかったですが、とりわけ弦楽器の音質の柔らかさや流れるような美しさ、甘美さや切なさが随所に現れていたBチームが、別次元レベルで格段に素晴らしかったので、プラス10点!」

 アントーニアさん、ひどい。なんてこと言ってくれるんですかー! 

 客席Aの面々の心の悲鳴に気づくまでもなく、アントーニアはつけ加えた。
「あと、バレエの舞台を意識した背景カラーの演出も絶大効果でしたから、プラス1点で、どうでしょう」
「うーん、アントーニア」
 長岡が首をひねる。
「貴女の意見は、『あぶれ者の使い道』という今回の主旨から完全に外れた評価になってしまってますよ」
「いいじゃないですか。その旨をバトラーの皆さんに通達してたわけでもないんですし」
 杏香もアントーニア嬢に同意の姿勢。
「私もBに10点差し上げますわ。プラス背景工夫の1点、つまり11点にしておきます」それから長岡を見て皮肉っぽく言い放つ。
「長岡委員長は、『あぶれ者課題』にこだわってらっしゃるので、演奏面での評価は今回されなくていいんですよね」
 青井杏香と宮永鈴音は、既にあうんの呼吸が成り立っているので、長岡に弁明の余地を与えずに鈴音が結論を述べてしまう。
「となると、Aチームはプラスマイナスゼロで、Bはマイナス要素ナシですから単純計算だと得点が24ということになりますね」
 あえて編成からあぶれる者を出して、創意工夫の様子を見るという主催者側からの意地悪課題のもくろみであったが、結局は工夫の努力そのものよりも、すべては演奏による評価となってしまったことに釈然としない審査委員長であったが、脱落云々についての非情な独断を下すことで権威を見せつける。
「では今回は圧倒的Bの勝利で、工夫の甲斐なく敗北のAチームからは、脱落者は……、そうだね、4名ね。四楽章分だから」

 ぎゃー! ブーブーといった悲鳴やブーイングが客席から沸き起こるも、番組制作側としては、どんどんAの人数を減らし、とっととBの人数と並ばせて今後も容赦のない審査で首尾良く後半戦に持ち込むべく、当面はBチームの連続勝利に期待をかけていきたいところであった。




69.「見習青年の華麗なる変貌と序曲の謎解明」に続く...



♪ ♪ ♪ 今回 名前が初登場の人物 ♪ ♪ ♪

谷内 みか Perc. Bで指揮を担う羽目となる、
        見た目はか弱きしっかり者




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