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チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(第1楽章)


※ 過去の公演プログラムに掲載された楽曲解説です


チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 Op.23より 第1楽章


 チャイコフスキー(1840~1893)の最高傑作といえば、《白鳥の湖》を始めとする三大バレエに、4~6番の交響曲、そして2つの協奏曲、ヴァイオリン協奏曲と、今回の演目であるピアノ協奏曲第1番が挙げられよう。

 チャイコフスキーの作品は、同時代の力強きロシア国民楽派と比べて、西欧よりの甘美な音楽と、当時から評されがちであるが、当人の境遇からすれば、それはごく自然な流れであった。
 幼少時のチャイコフスキーに接し、生涯に渡る多大な影響を与えた2人の女性、フランス貴族の血を引き、早くに亡くなった繊細な母に、有能で優しいフランス人家庭教師ファニーの存在。
 チャイコフスキーが第1期生として入学したペテルブルク音楽院で指導に当たったアントン・ルビンスタイン(日本ではドイツ語読みの「ルビンシュタイン」の表記が多い)は、10代の頃、ベルリンとウィーンで音楽を学び、ドイツ・ロマン主義の流れを受け継いでいる。ピアニストで、有能な音楽指導者、大作も数知れず残した作曲家であるが、今日では美しきピアノの小品〈天使の夢〉や〈ヘ長調のメロディー〉が有名である。

 チャイコフスキー自身もフランス語やドイツ語に堪能で、幼い頃からフランス語で詩を詠い、シューマンの《若き音楽家の為の座右の銘》の翻訳や、歌劇を創作の折も自ら翻訳しているほど外国語に堪能であった。
 モーツァルトとシューマンを心から敬愛し、アダンのバレエ音楽《ジゼル》を大変好んでいたのだから、彼の作風がロシアの大地に根ざしながら、西欧的な雰囲気も感じさせるのは当然なのである。

 ペテルブルクの音楽院を卒業し、新設のモスクワ音楽院で教鞭を執ることになったチャイコフスキー。

 彼を自宅に下宿させ、何かと面倒を見て温かく迎えたのが、アントンの弟、ニコライであった。兄と同様、ピアニスト、指揮者にして作曲もする音楽指導者で、《シューマンの主題による幻想曲》が今日に残る代表作だが、このニコライ・ルビンスタインの名は、むしろチャイコフスキーのピアノ協奏曲の誕生時の険悪なエピソードと、深い追悼の思いから生まれた《偉大な芸術家の思い出》が捧げられた人物としての印象が強かろう。


 ピアノ協奏曲第1番は、ロシアでは少しずつ注目されつつも、世界的には無名だった35才のチャイコフスキーを一躍世に知らしめた作品。

 協奏曲を手がけるよう熱心に勧めてくれたニコライに捧げたく、2ヵ月弱で完成させたピアノ版をクリスマスの贈り物のように本人の前で披露するが、返ってきたのは「とても弾けたものではないし意味不明。使えそうなのは、せいぜい2,3ページ」といった思いがけずの酷評。自分の助言に従って書き直すなら弾いてやってもいいとまで言われるが、「一音たりとも変える気はありません」と、きっぱりはねつけ、翌年には管弦楽配置を完成させ、友人の勧めで、ドイツのピアニスト、ハンス・フォン・ビューローに捧げて初演を依頼する。

 F.リストの弟子にして元娘婿、作曲家、指揮者としても世界的に活躍していた、19世紀後半のクラシック音楽界にかかせない重要人物。チャイコフスキー作品を愛奏し、高く評価していた巨匠は、献呈を大変喜び、その年の秋にはボストンで初演、続いてNYと、各地で熱狂的な大成功を収めていく。

 ニコライへの反発も手伝って「手直しは一切しない」と息巻いていたチャイコフスキーであったが、後日、初演者であるビューローや、信頼できる幾人かの奏者の助言には素直に従い、不自然な箇所を書き直し、より洗練された名曲に高めゆくことにする。
 そして手厳しい評価を下し、完全拒絶したニコライもまた、後に考えを改め、モスクワでの初演を自ら指揮し、ピアニストとしても積極的に世界に紹介するよう努めたのであった。


第1楽章

 力強くも陰りのあるホルンのファンファーレに続く全合奏の激しい一打。この短い繰り返しを経て、輝かしき変二長調でピアノの上昇和音が堂々と奏でられる。
 これに乗り、果てしなきロシアの光景へ誘うかのようなメロディーが弦楽器でゆったりと歌われ、強烈な印象を聴き手に植え付ける。
 主題は次にピアノソロに受け継がれ、力強いオクターヴの連打がメロディーをつなぎ、激しいカデンツァに、オーケストラとの密接な調和、緊迫感に満ちた掛け合いと、変幻自在に展開してゆく。

 この雄大なテーマがひと段落すると、印象的なウクライナ民謡が鋭く跳ねるように現れる。
 この先、最初のテーマが再び登場することはなく、次々と新たな主題が紡ぎ出され、華麗に、叙情的に、ドラマティックに曲は発展してゆくのだが、あえてテーマの再現が成されないのは、この曲が否応なしに前進し続けている印象を強くしており、そうしたことをチャイコフスキーはごく自然に描いている。
 第1楽章だけで全3楽章の半分以上を占め、この楽章だけで全曲の魅力を充分に味わえる内容であろう。





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