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「オケバトル!」 7. 最初のギセイ者

7. 最初のギセイ者



「芸術を点数で表すなんて、ナンセンスではありますが、今回、強いて点をつけるとしたら?」
 司会に促されるも、長岡委員長が「点数制なんて聞いてないぞ」といった様子で答えを渋るので、青井杏果が先にさらりと言う。
「Aチームは75点といったところでしょうか。Bは……、20点?」
 ジョージが続く。
「Aは、80点。これは初回だとか、リハの時間だとか、色んな点を考慮してのサービス得点ですよ」
 一応釘は刺しておき、一呼吸置いてから、
「で、Bは50点くらいかな」
「二人とも甘いねえ」とは審査委員長。
「Aはまあ、本当に良かったので、80点。Bはマイナス50」
 客席Bチームからの大ブーイングを、司会が「まあまあ理由を伺ってみましょう」となだめていく。

 Bチーム酷評要因として、まずは音割れの大音量、容赦のない乱れた突き進み、そしてクライマックス、ヴァイオリンの掛け合いの場面に言及された。

「全員落第ものだね」
 憤る長岡委員長に対して、
「ですが!」
 審査員席後方の客席から、若い男性の声が上がる。
「楽譜では、ファーストにもセカンドにも、各々弾き始めにアクセントがついているじゃないですか」
「きみは?」
 委員長の質問に、自分はヴァイオリンの豊田ですと名乗り、話を続ける。セカンドの首席を務めた青年で、自殺行為と分かっていながら、責任を感じての必死の抵抗であった。
「そもそもなぜ、リストはアクセントをつけたのでしょう」
 食い下がるセカンド首席。
「あえて二つのパートに分けたのは、逆にはっきり頭を目立たせたかったからでは? 切れ目なくつなげる、というのではなく」
 長岡は手元の総譜を確認しつつ、落ち着いて反論する。若者を諭すように。
「だからといって、そこで音楽の流れを切る必要はないんだがね。アクセントとブレスは全く別物だということくらい、理解してくれないと」
「第一、それで音楽の流れは美しいですか?」
 青井杏香も補足する。
「アクセントはあくまでもアクセントであって、たとえ一瞬でも間を空けてしまうなんて、意味不明ですよ」

「いや、根本的にそうした問題じゃないのでは?」
 そこでジョージが鋭い切り口を入れた。
「そもそも最初から何もできてなかっただけなのでは?」

 冷ややかな空気に会場が支配される。どうやら的を射たようだ。

「何も考えずに弾いていたら、そうなってしまった?」
 杏香の声がかすかに震えている。爆笑の一歩手前を必死でこらえている? 
 ジョージとしては大真面目の意見であったのだが。
 ここは笑いをとる場ではないのだと、自分も吹き出しそうになるのをこらえつつ、慌てて説明を加えていく。
「実のところは、ヴァイオリンの首席どうしで相談の上、『アクセントに重きを置くために、あえて間を入れよう』と、決めたわけでなかったりして?」

 そこでようやくBチームのコンサートマスターが立ち上がり、コンマスを務めた鶴川ですと名乗った上、口ごもりながら言い訳を始めた。
「我々ファーストに続くセカンドの入りに微妙な間があったので、同じくこちらも同様の間をとって繰り返し、入り方を合わせたんです」
 それから、開き直ったように声を大きくして続けた。「アマオケ王」の威厳、ここにあり?
「それが筋というものでしょう? 2つのパートが同じことをしていかないと ———」
 長岡が遮った。
「セカンドが妙な動きをしても、疑問も持たずに模倣するってわけかね?」
「そもそも寄せ集めオケの初顔合わせ、時間も限られた中じゃないですか。互いの好みで意見を戦わせるより、互いの素直な解釈を尊重すべき状況だったんです」
 アマオケ王、ここでやめとけば良かったものの、勢いで本音を続けてしまう。
「アクセントだのブレスだのの、細かな解釈どこじゃないですよ」

 この発言を聞かされたBチームの落胆ぶりといったら! コンマスの意識がこの程度だったんじゃ、Aに負けても当然か……。

「つまりきみは、指揮者不在のコンマスの身でありながら、最も重要なクライマックスの場面で、セカンドのあり得ない入り方に従って、あり得ない演奏を続けた、ということなんだ」
 呆れ果てて長岡はふんぞり返った。
「Bの誰が落ちるか、これで決まったようなものだね。今回は二名、ということで」

 それは責任者のコンサートマスターとセカンドの首席を意味するものであり、審査員側が失格者を指名することもできるが、その判断はチーム内の話し合いにゆだねられた。

「ちょっと待ってください。その前に、勝利チームの権利を!」
 はらはらドキドキ、しかし半ば面白がって言葉のバトルの成り行きを見守っていた司会の宮永鈴音が、そこで慌てて口を挟む。

「勝ったチームは、負けた方から好きなだけ奏者を引き抜ける権利があるので」

 舞台にも客席にも、ええっ? と衝撃が走る。
「管楽器全部を引き抜いちゃうとか?」
「そしたら負けたチームは、もぬけの殻になっちゃう!」
「それじゃあ、先に勝った方が、永遠に勝てるってこと?」
「ですが!」さっと手をあげて司会が遮る。
「もちろん条件があります。他チームからの受け入れで新たに増えた人数分、身内から犠牲者、つまり脱落者を出さなければならないので、ご用心を」
 再び、えーっ! そりゃないだろう。ひどい~、と不満の声。

「要するに負けたチームの人数は、引き抜かれた分だけ減りますが、勝ったチームの人数は差し引きゼロになるということです」




 いけにえの話し合いは、各チームに与えられたリハーサル室で行われた。

 Bチームのコンサートマスター、つまりファーストヴァイオリンの首席と、セカンドの首席の両方が、審査員によってやり玉に挙げられたのに習い、Aチームでも、「Bから誰が欲しい」という以前に、まず、「消えて欲しい誰か」がいるのなら、さっさと消えていただこうではないか、との意見が出された。
 身内を売り飛ばせるわけないじゃん、と誰もが口をつぐみ静まりかえる中、誰かが、
「コンミスは、指揮者の指示にことごとく抵抗していた」と、ぼそり。続いて、そうだそうだとばかりに、一斉に非難が開始される。
「完全無視のシーンもありましたよね」
「オケと指揮者のつなぎ役でなければならないのに、個人的感情をむき出しにするなんて、最低な態度ではないか」
「だから女ってのは」
「女だからってことじゃないでしょう! 人柄の問題ですよ」
「そうした人材など、仲間としては必要ないし、存在そのものが迷惑」
 非難の嵐を一身に受け、山岸よしえはわなわなと震える声で「やってられない」と言って席を立った。
「私、降ります。責任をとって」
「ちょっと待って、何の責任ですって?」
 有出絃人が止めに入る。
「僕たち、勝ったんですよ」
「それはBが壊滅してたからでしょう?」
 と、木管の男性。続いて金管からも声が続く。
「我々Aの誰一人として、コンミスは見ないことにしてたんですよ。いない方がマシ、なんてものじゃなくて、こうした方に、いてもらっては困るんです」

 これまでのバトル番組では、攻められた者はここで「わっ」と泣くのが通例であった。しかしプロの音楽家というものは仲間の前で激しく泣きわめくなど、まずあり得ない。
 ショックで気絶することは稀にあるし、自ら奏でる音楽に感動しての涙なら、大いにあり得るのだが。
 学生の身分であっても同様だ。悔し涙というものは他人に見せてはいけない。ことオーケストラ奏者というものは、そうした習性を肝に銘じて持っているのだ。

 山岸よしえは黙って部屋を出て行った。

「あの、もし彼女が降りるというなら……」
 お騒がせ双子の片割れ、クラリネットの倉本早苗が、ここぞとばかりに提案する。
「Bのチームに、いいオーボエがいるので、引き抜いてしまうのは、どうでしょう」
「元々の設定が二管編成なんだし、オーボエ三人もいりませんっ」
「いいオーボエって、聞き捨てならないんですけど。僕らの実力が足りないと?」
 よくもしゃあしゃあと、とオーボエの男女が猛反発。双子姉妹のお騒がせ事情を知る他のメンバーらも、一斉に白い目で身勝手クラリネット嬢をにらみつける。


 リハーサル室での一部始終をモニターで見守っていたスタッフらは、早くも個人攻撃のバトルが始まったかと、顔を見合わせた。
「まだ初日なのに、ここまで言うか?」
「あと一ヵ月、神経が持つだろうか?」
 それはオーケストラメンバーを案じつつ、実はスタッフ自身の神経の意味も含んでいた。



「Bに行くべきだったかな」
 有出絃人はつぶやいた。恐ろしい連中だ。初日からこんな風に仲間どうしで牙をむき出すなんて。
「とにかく、これはコンミスの彼女と自分の、コミュニケーション不足の問題ですから」
 きっぱりと彼は言った。
「指揮台に立った者として、全員を統率する力量がなかったってことです。Bチームも待たせてるわけですし、脱落関連の話は以上で」
 自分が責任とりますからと言いながら、絃人は先輩ヴァイオリニストが出て行ったドアから外に向かって、彼女の後ろ姿と結果待ちで待機していたスタッフに聞こえるように叫んだ。

「Aからの脱落者はナシです!」

 しかし彼女を追いかけて慰める筋合いはない。山岸よしえがこのまま家に逃げ帰ろうと、何食わぬ顔で明日のリハーサルに出てこようと、あとは本人の問題だ。
 絃人は割り切り、今後の方針や、コンマスも含めた席次やパートについては、ともかく明日、次なる課題曲が判明してから相談しましょう、と皆に提案した。



 Aチームからの引き抜きはないとの連絡を受け、二名の犠牲者を自ら選ぶことになったBチーム。こちらは落ち着いたもので、話し合うまでもなく、審査委員によってほぼ名指しされたも同然のコンサートマスターの鶴川とセカンド首席を務めた豊田の二人が、既に腹を決めていた。

 人の上に立つからには、辞任のリスクも背負わなければならない。
 しかしそうした覚悟がなければ、オケ・マイスターなど到底目指せないことも分かっていた。

 一部の金管奏者から、音割れの責任はこちらにもあるし、弦楽器だけに責任を負わせるのは理不尽ではないか、との良心的な意見も出され、二人はいっときの希望も抱いたが、勇敢な奏者がせっかく名乗りを上げてくださったのだから由としようじゃないか、ということで、ややこしくなりそうな提案は却下された。
 あっぱれあっぱれ、さすが武士道の心意気、とばかりに拍手で讃えられながら華々しくリハーサル室を出た二人は、今夜はもう遅いので出発は明朝に、との説明をスタッフから受け、交代で「独白ルーム」に促されていった。




8.「水のしたたる妖魔の独白」に続く...



★ ★ ★ 初の脱落者 ★ ★ ★

Bチーム

鶴川 「アマオケ王」のコンサートマスター

豊田 2nd Vn. 首席の若手





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