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「オケバトル!」 72. 強行突破のファンファーレ

72. 強行突破のファンファーレ



 本番でAがBに協力したからには、Bもまた、Aにお返し演奏をする契約に違いなかろうと番組側は踏んでいた。
 先攻Bチームの時は不意打ちを食らい、トンデモ掟破りを強行されてしまったものの、次を許してなるものか。前回勝者の権利で先攻を選んだチームの「やったもの勝ち」だとすれば、フェアでないとは言わせまい。

「バックヤードをしっかり見張っとくれよ。Bチームの人間を袖に侵入させないように」

 審査員のひとりとして先入観なしの公平な審査に集中するべく、基本は本番前にあれこれ口を挟んだり、余計な情報には極力耳を貸したくない長岡幹であったが、制作責任者の立場としては、こうした挑戦的な反逆を図々しくも企ててくるバトル参加者に対しては、戦いの姿勢を貫かざるを得ないのだった。

 予想どおりのピリピリ警戒態勢を察したトランペットの上之忠司は、この曲における定番の舞台袖での演奏スタイルを断念する。
「そろそろ姿を消しとくか」
 上之がぼそっとつぶやいた。
「と言っても、すぐに躍り出て吹けそうな隠れ場所なんて、ありますかしら」
 今回も指揮者の大役を終えて、結果はどうあれひとまず安心しつつも、幹部意識は抜けきらないままのパーカッショニスト谷内みかが真面目に考える。
「どこで吹かれるか、決めてあるんですか?」
「まあね」上之は含み笑いで答えた。
「ロビンフッドみたいに、どっか高いとこから颯爽と、パンパカパーンって登場とか?」
 とは相方の青年。
「きみらは知らんほうがいいだろう」
「勿体ぶらないで教えてくださいよ」
「身の安全の為だよ」
 彼らが捉えられて拷問された暁には計画が暴露されてしまうだろうから、身内であっても詳細は知らせるべきではないのだよ。
「ま、冗談はさておき、むしろ逃げも隠れもせずに、仲間と一緒に普通にしてるかな」
「そうですね。こそこそするより、むしろ堂々としてれば逆に怪しまれないでしょうし」
「いっそのこと女装で欺くなんてのは?」
 後輩トランペッターの青年がトンデモない提案を持ちかける。
「レオノーレみたいな男装じゃなくて女装だから、逆レオノーレ? なんちゃって」
 ばかもん! というおやじさんによる無言の一喝に小さくなった青年は、
「では自分はおとり作戦を敢行します」
 と宣言し、大げさに敬礼。楽器を手にして舞台の裏手に回っていった。
 番組スタッフの目に止まるか止まらないかといった素早いこそこそと動きで身を翻し、物陰に隠れようとするなど、秘密の居場所を求めるかのような不審なそぶりを続け、関係者の目を欺くのだ。
 それはAチームの本番が始まってからも静かに続けられた。

 番組のスタッフ陣はすっかり翻弄されて、はらはらドキドキ。総動員で舞台袖、及び裏の警備は固めていく。トランペットの青年に、吹くチャンスを与えてなるものか。

 しかし彼が警戒網を強行突破して、ひとたび吹き始めてしまったら?

 始まってしまった演奏を阻止することは人道に反する。しかもこれは音楽番組なのだ。
 ともかく事前に阻止するしかない。今のうちに奴から楽器を取り上げてしまおうか。そして予定のファンファーレが鳴らなかった際には、舞台に出ているトランペッターのどちらかが機転を利かしてとっさに吹くに違いない。多少の間が空くのはやむを得ないにせよ、楽曲そのものが損なわれるには至らないはず。先攻Bチームにはしてやられたが、番組の威信にかけても二度目は許してはならないのだ。決して。

「おかしいぞ」
「奴の姿が見えなくなった?」

 つい先ほどまでトランペット片手に不穏な動きを見せていたBの奏者であったが、隙を突いてどこかに雲隠れしてしまったようだ。
 他のチームメイトは悠然と客席後方の中央に固まって高見の見物ときており、その中にも彼の姿は見えず。いくら細めの人間でも絶対に入れそうにない舞台裏、音響板の隙間なんかも必死に ── 既に演奏は始まっているので、あくまでもそうっと音を立てずに ── 捜索してみるも発見できず。
 これはマズい展開だ。裏方スタッフ誰かの首が飛ぶ羽目になるかと、皆が我が身を案じつつも、ディレクターの鬼アザミやプロデューサーの長岡幹には、おっかなすぎて現段階では報告できず。
 果たしてファンファーレはどうなるか?
 まんまと第三の奏者に吹かれて、番組の威信は丸つぶれにされるのか?
 審査員陣、司会、ディレクターといった中心人物のみならず、事情を把握するスタッフ一同、興味と緊張が交差する中で、Aチームの渾身の演奏も前半の殆どは誰もがまともに聞いた心地がしなかった。
 いざ、大臣が到着するぞ! といった問題のはらはら場面を迎えると———、

 ホールの客席後方から高らかなファンファーレが鳴り渡った。

 鑑賞者として客席を陣取るBの仲間に囲まれて──守られて──1人立ち上がって堂々トランペットを奏でるは、一喝おやじの上之忠司ではないか! 関係者の隙を覗うような青年の動きは、周到なおとり作戦だったのか。
 バトラーに、またもや意表を突かれたものの、審査員を映していたカメラがすぐさま後方に焦点を合わせたので、上之の勇姿はしっかり捉えることができた。二度に渡るファンファーレは劇的効果も相乗し、番組史上に残りそうな、短いながらも感動的な名演ではないか。
 当事者である両チーム以外の面々、つまり番組スタッフ陣は、続くフルートの華麗に駆け巡るさえずりや、コーダに突入しゆく一糸乱れぬ弦楽器の嵐に、大団円のフィナーレといった後半の ── やはり渾身の ── ドラマティックな演奏も前半同様、勿体ないことに殆ど耳に入らずじまいであった。
 元々寛容な女性審査員2名を除く、長岡委員長を始めとする主催者側幹部の多くは、このような名演を目の当たりにしても素直に感動できず、繰り返された重大な掟破りをどう対処したら良いものか、複雑な心境であった。

 ライバルチームどうしが、何と結束した。
 本番で助け合うという事態。

 だが見方を変えれば、醜く醜態をさらけ出し競い合わせるという主旨からは外れるが、むしろ喜ばしい展開ではないか。ライバルどうしが互いに協力し合ったのだ。心理学の実験ではないが、かえって予測もしなかった素晴らしき展開ではなかろうか。

「果たしてこの責任は、どなたがお取りくださるんでしょうね」

 呆れてふんぞり返っていた長岡幹が慇懃無礼な調子で言った。
「ま、大方の予想はついてますがね、こうしたトンデモ作戦の仕掛け人は」

 例によって言い出しっぺの張本人が責任を被って名乗りをあげ、腹の虫が治まらない委員長が文句を言う。穏健派の青井杏香がやんわり口調で彼を宥めつつバトラーの勇気ある決断を讃え、可愛いアントーニアが音楽的意見も控えめに交えて、杏香の見解に賛同する......。
 といった展開になるのだろうなと予測して、一同が慎重に様子を覗っていると、まるで台本に書かれていたかのように杏香が、まあいいじゃないですか長岡さん、と彼をたしなめ始め、お決まりの流れになっていく。
「そもそも、この曲を決めた企画の段階で、こうなる可能性も考慮されてましたでしょ」
「まさか。そんなこと私は聞いてませんよ」
「だって今回は『足りない演奏者をいかなる手腕で補うか』が、審査の最重要項目だったんですし」
「しかしこれほどひどいルール違反は、いくら何でも想定外だ」
 ぷんぷん憤る長岡。
「主催者側をおちょくっとるとしか思えんね」
「いえいえ、誰かが責任をとって脱落するかも知れない危険を承知の上で、あからさまな掟破りをしてまでも、ライバルチームどうしが協力しようとするかどうか? といったところが、最大の焦点だったはずでしょう?」
 長岡が、そんな記憶はとんとございません、と言い張ろうとする前にアントーニアが無邪気に遮った。
「そうですよ! 敵味方の枠に捕らわれないで協力し合える姿勢こそが、オケ人の理想、オケマイスターの資質とも言えましょうし......」
 パチパチと手を叩いて称賛しながら続ける。
「そうした意味では、両チームとも実にお見事! よくぞやってくれましたね、脱帽! という感じだと思いません?」
「しかしだよ、オーケストラという集団に所属するからには、違反などあってはならんのだよ。百人ものメンバーが決まり事を無視して好き勝手に振る舞ったりしたら、組織なんて壊滅しちゃうし、第一、音楽がまとまらなくなってしまうだろうよ」
「ですが一致団結しての作戦決行だったとしたら、問題ないのでは?」
「問題大あり。決められたルールに則った上で、皆が公平に競い合うバトル番組なんですからね」

「それでは一応確認するとして」
 レギュラー審査員2人による収拾のつきそうにない醜いバトルが始まりかけたので、司会が待ったをかけ、いったん話を整理してみる。
「相手チームのソロを担った当のトランペッター以外の方々は、今回の思い切った作戦については、全員がちゃんとご存知だったのですか? ライバルチームに要の演奏を依頼するという大胆な計画は、チームが一丸となって仕掛けたわけなのでしょうか?」

 ああ、めんどいなあ。例によって誰の提案だとか自分の責任だとか、また説明しなきゃならないわけ? と、言い出しっぺ張本人の有出絃人はうんざりしつつ様子を見計らっていた。
 そうしたいきさつはリハーサルや話し合いの場を収録した映像をチェックして頂ければ ── と言いたくも、番組側に悟られぬよう慎重に配慮したため、会話の流れは撮られてないはずだった。となると、この場はまとめ役の指揮者に答弁を任せるべきと判断する。
 一同を代表するとしたら舞台に残るチームの指揮者が答えるのが筋で、おっと、それは自分じゃないかと気づいたパーカッショニストが、舞台の隅から手を挙げ司会の質問に答えた。
「反対意見や懸念する声は出ませんでした」
 審査員の鼻を明かしてやれと、面白がって賛同したなんて余計なことは、当然ふれず。
「すみません、前回から指揮でご活躍ながら、お名前をまだ伺ってませんでしたね」
 司会に問われ、青年は堂々と名を明かす。
「平石昇(のぼる)です」
「平石くん? して、こうなったいきさつを、我々としては伺いたいんですけどね」
 じれったそうに長岡が突っ込んでくる。
 もはや隠すこともないので、指揮者としての平石昇は慎重に言葉を選びつつ事情を説明した。Bチームからの提案を幹部で受け入れ、チームメイトには事後承諾の形で全員に伝えた旨を、かいつまんで。しかしスタッフである女医の協力で秘密の会合に医務室が使用され、Bの浜野亮氏が、こちらのトランペッター春日拭子を説得したという余分なくだりは、女医に責任転嫁の迷惑がかからぬよう、もちろん語られない。

「ということは、先攻のBチームからの提案だったわけですね!」
 これ以上の波風を立てたくない司会が、努めて明るくさらりと言う。
「ではBの皆さんも、同様に全員一致の案だったわけですか?」
 次は客席から、指揮を務めるもやはり本業はパーカッションの谷内みかが、手を挙げて立ち上がり元気よく答えた。
「そうです。何の問題もありませんでした」
「何言っとるんだ」長岡が再び怒り出す。
「重大な違反を犯しといて、『問題ない』はないだろうが」
「彼女が言っておられるのは、チームメイトの皆が了承していたということで──」
「黒幕が誰かは別として、反則実行犯のトランペッター2人には、実刑判決を下すしかないね」
 宥める司会の言葉を遮って長岡幹が冷たく言い放った。

 つまり両チームの打楽器奏者が2人揃って脱落ということ?

「裁判長! じゃなくて委員長、それは横暴ですよ」
 今度は青井杏香がきつい口調で異議を唱える。
「むしろ勇敢なヒーローとして、プラス得点で讃えるべきです」
「そうですよ。舞台の外からとはいえ相手チームの本番に加わるなんて、すごい勇気のいる行動ですし、それを臆することもなく見事なファンファーレを吹かれたんですから」
 アントーニアも言葉を添える。横暴委員長を何とか説得したいところだが、真っ向から反対意見を唱えても、彼が折れそうにないことは分かっていた。
「それに幹部が計画を立てたとしても、それを反対もせずに受け入れた時点で、責任はもはや一部のメンバーだけでなく、参加者全員に及ぶものと思いますよ」
 杏香が付け足す。
「ちょっと待ってください」
 舞台のAチームのトランペッターが立ち上がった。
「今回の問題はあくまでトランペットパートにあるんですし、少なくともうちのチームでは私が勝手に承諾してから、指揮者ら幹部が納得した上で、皆に伝達した次第でして」
「きみは何が言いたいんだね」
 長岡が苛立つように言った。
 少しでも空気を和ませるべく、鈴音がトランペットの彼女にも名前を尋ねてみる。

「トランペットの春日拭子です」

 彼女のファーストネームの漢字を知らない者の多くが「ふきこ」=「吹子?」で、その名のとおり、自動的に吹く楽器の道に進んでしまったのか、と妙に納得してしまう。
 司会の宮永鈴音は折に触れてバトル参加者を精神的にサポートする役目も仰せつかっているので、参加者名簿にはいつも注意深く目を通していたものの、やはり管楽器奏者が「ふきこ」と言うからには「吹子」の文字がつい浮かんでしまい、皆と同様ぷっと吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
 そして「ぴったりのお名前じゃないですか!」といった言葉も呑み込んだ。名前、名前、名前! 長らくMCを続けてきたが、名前ネタだけは極力慎重に対応せねばならない。とりわけ名前の読み違いは絶対NGだし、冗談でも、褒め言葉半分でも、本人の名をおちょくってはならないのが鉄則なのだ。
 審査委員長の長岡も、「ほう? 『吹く』という意味合いが含まれているとは、実にありがたい名前だねえ!」なんて感心したいところであったが、腹の虫は依然収まっていなかったので余計なコメントは控え、意地悪く続けた。

「まずは幹部で相談したというが、この図々しい提案をした黒幕は、つまりBチームにいるわけなんだね?」





73.「第二次大戦の奇跡 米独連合作戦」に続く...





♪ ♪ ♪ 今回フルネームが初登場の人物 ♪ ♪ ♪

平石 昇(のぼる) Aチーム Perc.  
         気弱だが舞台では毅然と指揮を担う






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