湿地の土中環境再生:水の流れと土地の役割・摂理を体感する
今回の記録は、地球守代表の高田宏臣さんの千葉のダーチャフィールドにて、耕作放棄地となっていた元・田んぼの湿地の環境を整えるワークショップに参加した時の記録です。
今年4月、私は仲間たちと、藪化した山や森を、土と水、空気が循環していく杜にするための取り組みについて学び、体験しました。
今回の湿地の環境を整えるワークショップは、その第二弾。
より実践的かつ大きな環境の改善の取り組みとなります。
土中環境とは?
『土中環境』とは、国内外で造園・土木設計施工、また、環境再生を行ってきた高田宏臣さんの取り組みがきっかけとなって広まりつつある用語です。
高田さんが環境の健康を左右する土中の環境を意識し始めたのは、30代に入って以降。
当時、裏山を背負った住宅開発の際、急斜面の崖を削り、コンクリートを詰め込み、擁壁を築いて無事に工事を終了させたことがきっかけだったそうです。
工事終了後、自然環境が安定していた山がみるみる荒れていき、2年ほど経ったある日、擁壁の上の樹齢100年ほどのケヤキの大木が根こそぎ倒れたという連絡が入りました。
それは、土木建設工事による水脈の遮断と、それに伴う水と空気の停滞による環境変化による、土中環境の変化の現れでした。
大木の根が張り付いていただろう、岩盤が水脈の停滞によって乾き、岩盤の亀裂に伸ばしていた無数の細かな根が枯れてしまい、大木はその急激な環境変化に対応できずに倒れてしまったのでした。
このように、環境の営みは本来、無限の要因が絡み合って微妙な平衡状態を保つことで成り立つものです。
2011年の震災以降、高田さんは全国の被災地を巡り環境再生に取り組む中で、高田さん自身が体験したような土中環境のバランスが崩れたことによる被害の拡大状況と、他方、土地の豊かさを保ちながら持続的に環境を安定させようとしてきた、日本古来の叡智と造作を目の当たりにされてきました。
その忘れられた共生のまなざし、古の技をご自身の土木・造園技術に取り入れ、ワークショップの開催や各地の環境再生の際に取り上げれられる用語が、『土中環境』です。
私自身、三年前に先代から実家の米づくりを継いで以降、稲作をはじめとする農業の環境負荷についても学び、どうにかできないものかと悩んできました。同時に、地元の耕作放棄地の扱いについても扱いかねていました。
その後、自然農法や土中環境というものに出会い、土の中の環境を豊かにし、草や木の根が広く深く張り巡らされ、そこに微生物たちが棲むような環境を取り戻していくことの重要さを知り、その方法や思想について学び始めました。
現在は仲間たちと共に耕作放棄地へ入り、高田さんをはじめとする実践者の方々の知恵と技術を用いて環境の再生と動植物たちと共存していける場づくりに挑戦しています。(その一端は、以下の記事でもご覧いただけます)
元・田んぼの湿地の環境再生
今回のフィールドは、高田さんのフィールドの谷を降って行った先の湿地です。
かつては田んぼだったとのことですが、現在は野草が生い茂り、また、水を含んでぬかるんだ土が足を取る沼地のようになっています。
高田さんはここについて、このように語られていたように思います。
『子どもたちが遊べる場所にしたい。遊びまわっても大丈夫なように池や水路と、土地の役割を明確にする。水は池や水路に集まり、土地は安定する。それが灌漑。人が土地を活用できるようにしてきた知恵なんですね。』
『およそ百万年ほど前から、人は「山を削り、谷を盛って固める」「谷を掘り、山を盛って地形を活かす」といったことを繰り返してきたんですね。そして、どちらが正しかったのかは歴史が証明しています。自然のあり方に沿わない文明は、土地を悪化させ、滅んできましたから。』
『しかし、現在は技術の発展により、自然環境に与えるインパクトがあまりにも大きくなりすぎてしまった。そして、文明が滅びることなく現在も生き続けています。』
『近年、土砂災害等で甚大な被害が出るようになりましたが、あれらは「山を削り、谷を盛って固める」ようなものですね。そこが崩れると、見方が別れます。「このように固めていたから、被害が押さえ込まれたのだ」、「このように固めていたから、水の流れを分断し、滞留した水が土地の限界を超えて崩落し、バランスを取ったのだ」』
『やはり、答えは出ています。それは、歴史が物語ってます。……と、つい先日学んだことを取り入れながら語ってみました(笑)』
『では、まずは今回使う資材を運んで、いくつかに分かれて進めていきましょうか』
今回、湿地の再生に取り組むために使う資材は様々でした。
丸太、木の枝葉、炭などです。
丸太は湿地を歩くための足場となり、桟橋の材になり、また、杭になりました。
湿地を人間が大勢で歩くと、土地が荒れてしまいます。水を含み、流れが滞留した湿地には脂が浮き、足を踏み入れると深く沈んで出られなくなってしまいます。
そんな時に、丸太を並べて足場を作れば、作業のスペースを確保することができます。
木の枝葉は、上記のように足場として活用することができたり、池や水路を掘るために掻き出した土をマウンド状に盛り、編み込んでいくために用いることができます。水路や池を掘り、またその土を盛ることで高低差ができ、地形が生まれ、そこに水の流れが生まれるのです。
炭は、盛った土の空気の循環を良くするために用いる緩衝材のような役割を担います。炭には多くの隙間が空いており、そこに空気や微生物、水分が入りこむ余地があります。そこに微生物や菌類が棲息して菌糸を張れば、その盛土(マウンド)は安定し、同時に作物や木を植える際にも最良の土壌となります。(「息壌:そくじょう」という言葉もあるそうです)
これらの資材は、特に丸太がそうですが、少人数で運ぶにはとても大変な代物です。
今回のようにある程度まとまった人数の参加者がいることで、どんどん進めていくことができるようでした。
他方、あまりにも多くの参加者(以前、60人規模が同じ現場にいらっしゃったそう)がいた場合、湿地のあちこちに人がいることで踏み荒らしてしまう一面もあったのだとか。
さて、今回活用できそうな様々な自然由来の資材を運び終えた後は、具体的な作業に入ります。
今回の作業は、湿地、沼地の活用のために役割を作っていく作業と言えるものでした。
水が溜まってぬかるんでいる湿地ですが、水が集まり、流れる池や水路と土を分けることで、水と土地の役割が明確になります。
池や水路を掘る班と、人が作業しやすくなるように桟橋を作る班に分かれ、ワークが始まりました。
湿地の桟橋作りの実践へ
まずはデモンストレーションも兼ね、高田さん側の職人さんたちが桟橋作りをする様子を見学します。
その後、桟橋用の杭作りについて、チェーンソーの使い方や杭の削り方について学びました。
チェーンソーで行う丸太の杭作りでは、丸太を先端に向かって三角錐状に尖らせるように学びました。
四角錐状であれば、チェーンソーで削り出しやすく作るのも簡単ですが、より地中深くに入って行きやすくするためには三角錐状が適しているとのことです。
チェーンソーで削った丸太杭は、その場で即座に使われることがなければ足場にして置いておき、どんどん作業が進んで足場が変わったり、必要な資材が変わるごとに活用されて行きました。
まず、横木を通した上に丸太を並べ、桟橋のベースを作っていきます。
その後、その並んだ丸太を支え、固定するために丸太杭を打ち込んでいきます。
打ち込んだ丸太杭と桟橋部分の並べた丸太は、番線(太い針金)で結び、固定します。
この番線の作業が難しく、Youtube等を使って復習する必要を感じました。
以上、桟橋作りについては、チェーンソー使用、丸太打ち、番線による丸太の固定といった一通りの作業を体験し、技術の向上については宿題として持ち帰れる程度まで学ぶことができました。
続いては、池、溝掘りとマウンド作りについてです。
池、溝掘りと、マウンド作り
私自身はあまり作業に関わっていませんでしたが、別の班では池掘り、水路掘りとマウンド作りが行われていました。
水の特に溜まりつつある場所は、水が集まる場所。
では、そこに池を掘り、やがてその池から側の小川へ水が流れる導線を作ることができれば、水と土の役割が明確になり、土地の活用についてもわかりやすくなります。
また、水の流れが生まれれば脂が浮いて水が濁ることもなく、澄んだ水が小川へ注いでいくこととなります。
やがて、子どもたちが実験的に一畳田んぼのような形で実験的に苗を植えることができるような、そんな場所への第一歩です。
使う資材は、先ほどまでと同様の丸太、枝葉、笹、落ち葉、炭の他に、竹も活用することになりました。
まず、穴を掘って行き、掘った後に出た土などは石箕(いしみ)へ投げ込んで行きます。
水を含んだ泥ですので、どんどん石箕が重くなりますが、この石箕の泥をベシャッと面になるように落とし、泥を重ねてマウンド状にしていきます。(ベシャッと、というのは、例えば鳥のフンが地面に落ちたときのようなイメージ)
泥の上に落ち葉、枝葉、笹を重ね、その上に炭をまぶしていく。こうすることで、有機物が発酵しやすくなり、そこに微生物も生息する土壌に変わりやすくなります。
これをミルフィーユのように何度も繰り返していくことで、泥の重なりはマウンドのように積み重なっていきます。(ミルフィーユの外周を笹や枝葉を編み込んで補強することで、植樹用のマウンドにすることもありますが、今回は時間の都合で省略となったようです)
こうして、マウンドと池とで高低差が生まれ、地形ができてきました。
また、マウンド状の泥が土地に圧力を加えることで水の排水機能が増し、池の水量や側を流れる小川の水勢も明らかに多く、そして豊かになってきました。
掘った池の穴は、そのまま放置すれば泥が崩れてしまうかもしれません。そこに、竹を使った杭を打ち込み、さらにそこに枝や笹を編み込んでいくことで補強します。
今回の作業では湿地の再生はここまででしたが、作業終了後は明らかに小川の水勢も増し、人が手を加えることで自然もまた姿をリアルタイムで変えていく様子を感じられたように思います。
人が手を加える、ということが、自然にとっても、そこに生きる動植物にとっても、そこに足をたびたび踏み入れる人間にとっても気持ちの良い場所をつくることに繋がるものであったほしい。
そう考えたときに、高田さんをはじめ地球守の皆さんから学べたことは大きな財産になるように思います。
舗地:石や瓦をどう活かすか
麓の湿地周辺での作業を終え、高田さんを囲んで昼休憩を取っていると、その中で舗地(ほち)の話が出てきました。
ここでもおもむろに高田さんはやまちゃんを呼び、手ごろな瓦の破片を近くの地面に打つように促しました。
金槌で瓦を破り、小さな破片をこうして地面に打ち込んでいくことで、ただ土があるだけの時よりも、人が歩いたときに土地が荒れにくくなります。
実は、この千葉のフィールドの人がよく歩く場所にはこのように舗地がされており、その上から木材チップ等を撒くことで土地の頑丈さを促進し、また、打ち込まれた石の表面、隙間を通って水や空気、微生物が地面に浸透しやすくなるという側面もあるそうです。
これが、畑のような場所であれば石の扱いも変わりますが、土地の補強という点等で言えば、これだけ役割を果たしてくれる素材もないのかもしれません。
よく歩道を観察すれば、先ほど麓の湿地で作成してきた丸太の段が、ここでも活用されているのがわかります。
あらゆる技術や工夫は、別の現場でも目的に応じて応用することができ、このフィールドにおいてはそれらすべてに意味が込められていると実感できました。
石を地面に打ち込む、というシンプルさからも、次の別の現場でも生かしやすそうです。
まとめ
前回の学びに比べると、今回の体験はガチンコ感のあるハードめなものとなりましたが、おかげさまで湿地等での活動や、より応用の効きやすい技術も習得することができたように思います。
湿地を灌漑することができれば、例えば年中水が湧き出るスペースで田んぼに関する実験もできるかもしれません。
最近の私の関心事として、稲の多年草化栽培があります。
稲は本来、年中穂をつけることができる多年草であり、その環境や性質を取り戻すためには冬の時期でも田んぼに水を満たして温度を一定に保つこと、そして、生物多様性の回復が鍵となるようです。
これに関する詳細な記述はまた別の場に譲ろうと思いますが、湿地を水の集まる場所と土が固まる場所に分けて役割を明確にする、という今回のアプローチは、稲の多年草化実験のチャレンジに大きく前進できたような気がします。
何度かこのフィールドに通わせていただく中で、私自身も米農家という立場から土中環境に触れ、その技術や思想を身につけようとしていることが少しずつ地球守の皆さんにも伝わってきているように感じられます。
こういった、他分野で、しかし密接な関係を持つ領域の学び合いや高め合いを、今後とも追求していければと感じました。
改めて、今回のご縁につながったみなさんに感謝申し上げたいです。
さぁ、次の現場はどこになるかな?
自宅のスペースか、少し離れた開拓中の耕作放棄地か、それとも…?