「バルト三国-中世の街並みと琥珀の輝きを追って」
1.バルト三国へ旅立つまで
エストニア、ラトビア、リトアニア―。地図で見れば、北欧とロシアの間に位置するその三カ国は、私たち夫婦にとって未知の領域だった。
エストニアの首都タリンは、中世の面影を色濃く残す世界遺産の街。IT立国として知られる一方で、旧市街には14世紀からの建物が完璧に保存されている。
ラトビアの首都リガは、アールヌーボー建築の宝庫。街を歩けば、まるでアール・ヌーヴォー様式の野外美術館のよう。そして、リトアニアの首都ヴィリニュスは、バロック建築の真髄を今に伝える美しい街並みが待っている。
決め手となったのは、バルト三国特有の食文化だった。北欧の影響を受けた料理、ロシアの要素を含んだ郷土料理、そして各国独自の食文化。これまでの旅では味わえなかった新しい味との出会いが期待できる。
そうして私たち夫婦は、バルト三国周遊を決めた。タリンからスタートし、リガを経由してヴィリニュスへ。北から南へと、三つの異なる文化を持つ国々を巡る旅の計画を立て始めた。
実は、この決断が私たち夫婦にとって、想像以上の発見と感動をもたらすことになるのだが、その時はまだ知る由もなかった。
2.Day 1:タリン到着
タリン空港に降り立った時、北欧の爽やかな風が頬を撫でた。中世の面影を色濃く残す旧市街は、空港から30分ほどのタクシー移動で到着する。
【宿泊情報】
ホテル・テレグラーフ (Hotel Telegraaf)
Tallinn Hotels I Hotel Telegraaf I Official website
旧市街の中心に位置する5つ星ホテル。歴史的建造物を改装した客室は、クラシカルな雰囲気と現代的な快適さが見事に調和している。
【グルメ情報】
レストラン・オルド・ハンザ (Olde Hansa)
https://www.oldehansa.ee/
中世をテーマにした名物レストラン。
おすすめメニュー:
・野生猪のロースト
・蜂蜜入りダークビール
【アクティビティ】
・旧市街散策
世界遺産に登録された旧市街は、中世の街並みがほぼ完全な形で残っている。聖オレフ教会の尖塔からは、バルト海と赤い屋根の街並みを一望できる。
・トームペア城見学
丘の上に建つ城塞は、エストニアの政治の中心。ピンク色の議事堂が印象的。
3.Day 2:タリンからリガへ
早朝、Lux Expressのバスに乗り込んだ。タリンからリガまでは約4時間半の道のり。バスはWi-Fi完備で快適だ。窓の外には、バルト海沿いの牧歌的な風景が広がっている。
「見て!」
夫が指さす方向に目をやると、春の日差しに輝く菜の花畑が広がっていた。エストニアとラトビアの国境を越える時、特別な入国手続きはない。まるで国内旅行のように簡単だ。
【宿泊情報】
グランド・パレス・ホテル・リガ (Grand Palace Hotel Riga)
https://grandpalaceriga.com/
リガ旧市街の中心に位置する歴史的建造物。
客室からは聖ペーテル教会の尖塔が見える。
【グルメ情報】
レストラン・トリス・パヴァリ (Tris Pavari)
https://3pavari.lv/
現代ラトビア料理の最高峰。
おすすめメニュー:
・バルト海サーモンのマリネ
・ラトビア産黒パンのデザート
【アクティビティ】
・アールヌーボー建築巡り
リガの街は「アールヌーボーの博物館」と呼ばれるほど、美しい建築物が立ち並ぶ。特に、エリザベーテス通りの建物群は見逃せない。
地元ガイドのアンナさんと歩きながら、各建物に施された装飾の意味を教えてもらう。
「この建物の装飾には、当時の建築家の哲学が込められているんです」
彼女の説明に、夫も私も引き込まれていった。
・ブラックヘッド会館見学
中世の商人ギルドの建物。第二次世界大戦で破壊されたが、見事に復元された。
「写真で見るより、ずっと壮大ね」
夫の言葉通り、Gothic様式の建物は圧巻の存在感を放っている。
夕暮れ時、旧市街の路地を歩いていると、どこからともなくアコーディオンの音色が聞こえてきた。石畳の道を曲がると、地元のミュージシャンが演奏していた。即興で観客と一緒に歌い始める様子に、街の温かさを感じる。
バルコニーに腰かけ、夕暮れのリガを眺めながら、その日の出来事を夫と語り合う。アールヌーボーの建物が、オレンジ色の夕陽に染まっていく様は、まるで絵画のようだった。
4.Day 3:リガ滞在
朝もやの立ち込めるリガの中央市場へ向かう。1930年代に建設された5つの巨大な格納庫は、かつてツェッペリン飛行船の格納庫として使用されていたという。今では欧州最大級の市場として、地元の人々の台所となっている。
「これ、スモークフィッシュね」
市場内には、燻製の魚や新鮮な野菜、地元のチーズなど、色とりどりの食材が並ぶ。店主のおばあさんが、笑顔で試食を勧めてくれる。言葉は通じなくても、食べ物を通じた交流に心が温まる。
【アクティビティ】
・ユダヤ人地区探訪
第二次世界大戦前、リガには大きなユダヤ人コミュニティが存在した。現地ガイドのマルタさんと共に、その歴史を辿る。
「この建物は、かつてのシナゴーグです」
静かな語り口の中に、重い歴史を感じる。
・オペラ鑑賞
ラトビア国立オペラ座で『魔笛』を鑑賞。
19世紀末に建てられた建物の豪華な内装に目を奪われる。
「素晴らしい acoustics ね」夫の言葉通り、音の響きが美しい。
夜は、地元で人気のビアホール「Folkklubs ALA pagrabs」を訪れた。
地下にある樽型の空間で、ラトビアのクラフトビールを楽しむ。隣のテーブルの地元の若者たちが、私たちに話しかけてきた。
「日本から?ウチの妹が日本のアニメが大好きなんだ!」
お互いの国の文化について語り合う中で、距離が縮まっていく。彼らが教えてくれた「Līgo!」(乾杯)の掛け声とともに、ラトビアの夜は更けていった。
リガの旧市街は、実は二つの世界遺産に登録されている。中世ハンザ同盟時代の建造物群と、19世紀末から20世紀初頭のアールヌーボー建築群だ。この二つの異なる様式が共存する街並みこそ、リガの魅力といえる。
市場で買った黒パンとスモークフィッシュを、ドウガヴァ川沿いのベンチで頬張る。
「こんな何気ない時間が、旅の醍醐味よね」
夫の言葉に頷きながら、春の陽光に輝くリガの街並みを眺めた。
5.Day 4:リガからヴィリニュスへ
バスでリトアニアの首都ヴィリニュスへ向かう。約4時間の道のり、車窓から見える風景が徐々に変化していく。
途中、十字架の丘に立ち寄る。何十万本もの十字架が立ち並ぶ光景は、圧巻だ。
「ソビエト時代の抵抗の象徴なんです」
ガイドのヨナスさんが静かに説明してくれる。信仰と独立への願いが交差する場所。風に揺れる十字架たちが、物言わぬ語り部のように歴史を伝えている。
【宿泊情報】
パケット・ウィルニア (Pacai Vilnius)
Hotel Pacai, a member of Design Hotels - Guest Reservations
16世紀の邸宅を改装した5つ星ホテル
旧市街の中心に位置し、バロック建築の美しさを残している。
【グルメ情報】
レストラン・アマンドゥス (Amandus)
https://amandus.lt/
現代リトアニア料理の先駆け
おすすめメニュー:
・セピアパスタと地元キノコのラグー
・リトアニア産鴨のコンフィ
【アクティビティ】
・ゲディミナス城塔
丘の上から見下ろすヴィリニュスの景色は息をのむほど美しい。
赤い屋根と緑の木々、そして大小の教会の尖塔が織りなす風景。
「まるで物語の中の街みたい」と思わず呟く。
夕暮れ時、旧市街を散策。バロック建築の教会群が、夕陽に映えて黄金色に輝いている。リトアニアは、バルト三国の中で最も早くキリスト教化した国だ。その歴史を物語るように、街のいたるところに教会が建っている。
通りを歩いていると、若いストリートミュージシャンの演奏する現代音楽と、教会からこぼれ出る聖歌が不思議な調和を生み出していた。古いものと新しいものが自然に共存している。それがヴィリニュスの魅力なのかもしれない。
「あの路地、面白そうね」
夫の言葉に導かれるように、細い路地に入っていく。すると、壁一面にアート作品が描かれているのを発見。後で知ったが、これがウズピス共和国という芸術家の街の入り口だった。明日、じっくり探検することを心に決める。
夜の街は、また違った表情を見せる。リトアニア料理のレストランで、伝統的なツェペリナイ(ジャガイモの団子)を頬張りながら、窓の外に広がる幻想的な夜景に見とれる。
「バルト三国、それぞれに個性があるわね」
夫の言葉に深く同意する。同じバルト海に面していながら、三つの国はそれぞれに異なる魅力を持っている。
6.Day 5:ヴィリニュス滞在
朝靄に包まれたウズピス共和国へ向かう。1997年に独立を宣言したこの小さな「共和国」は、芸術家たちの楽園だ。
「すごい、憲法が壁に掲げられているわ」
41か条からなる憲法には、「人には誤る権利がある」「猫は主人に従う義務はない」といったユーモアに富んだ条文が並ぶ。
【アクティビティ】
・ウジュピス共和国散策
路地という路地にアート作品が溢れている。
地元アーティストのアトリエを訪問。
「ここでは誰もが自由に創作活動ができるんです」
若いアーティストの言葉に、芸術の街としての誇りを感じる。
・琥珀ショッピング
ピリエス通りには、琥珀専門店が軒を連ねる。
「バルト海の黄金」と呼ばれる琥珀は、この地方の特産品。
店主のアウドラさんが、琥珀の見分け方を丁寧に教えてくれる。
「本物の琥珀は、温めると松の香りがするのよ」
【グルメ情報】
レストラン・スヴェトライネ (Sweetraine)
伝統的リトアニア料理の名店
おすすめメニュー:
・冷たいビーツのスープ
・ポテトパンケーキ
夕暮れ時、聖アンナ教会を訪れる。
ナポレオンが「パリまで手のひらに乗せて持ち帰りたい」と言ったという伝説の美しさ。
赤レンガのゴシック建築が、夕陽に映えて幻想的な光景を作り出している。
最後の夜は、現代リトアニア料理のレストランで締めくくることにした。
【ディナー情報】
レストラン・デュブリス (Dublis)
https://dublis.lt/
ミシュラン星付きの現代リトアニア料理
おすすめメニュー:
・バルト海産魚のカルパッチョ
・地元産ジビエのロースト
テラス席から見える夕暮れのヴィリニュスを眺めながら、この6日間の旅を振り返る。
「三つの国、それぞれに違う魅力があったわね」
夫の言葉に頷く。タリンの中世的な雰囲気、リガのアールヌーボーの華やかさ、そしてヴィリニュスの芸術的な空気。
同じバルト三国でありながら、それぞれが異なる個性を持っている。
7.Day 6:帰国 ~バルトの思い出とともに~
最後にもう一度旧市街を散策する。早朝の石畳を歩く音だけが、静寂を破る。「この6日間、本当に充実していたわね」夫の言葉に、心からの同意を示す。
バルト三国への旅は、私たちの予想を遥かに超える発見の連続だった。
タリンでは、完璧に保存された中世の街並みに魅了された。IT立国としての顔を持ちながら、古き良き伝統を大切に守り続ける姿勢に感銘を受けた。城壁に囲まれた旧市街は、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのよう。
リガは、アールヌーボー建築の宝庫としての魅力と、現代的な活気が見事に調和していた。中央市場での地元の人々との触れ合いは、何物にも代えがたい思い出となった。特に、夕暮れ時のドウガヴァ川沿いの散歩は、忘れられない風景として心に刻まれている。
ヴィリニュスでは、芸術と信仰が織りなす独特の雰囲気に惹きつけられた。ウズピス共和国の自由な空気、バロック建築の教会群、そして琥珀の輝き。すべてが調和して、この街ならではの魅力を作り出している。
三つの国は、かつての苦難の歴史を乗り越え、それぞれの方法で未来への道を切り開いている。その誇り高さと、しなやかさに深い感銘を受けた。
夫婦での旅行先として、バルト三国は最高の選択だった。異なる魅力を持つ三つの国を巡る旅は、私たち夫婦にとって、新しい発見と感動に満ちた素晴らしい経験となった。
≪旅行基本情報≫
■バルト三国共通情報
・通貨:ユーロ(EUR)
・時差:日本より7時間遅れ
・電圧:230V/50Hz(プラグ形状:CEタイプ)
・気候:夏は比較的涼しく、冬は寒冷
・ベストシーズン:5-6月、9-10月
・言語:各国の公用語の他、英語も広く通じる
■国別情報
【エストニア】
首都:タリン
人口:約131万人
特徴:IT立国として知られ、電子政府が進んでいる
観光のポイント:
・旧市街は世界遺産
・無料Wi-Fiが街中で利用可能
・電子マネーが広く普及
【ラトビア】
首都:リガ
人口:約190万人
特徴:アールヌーボー建築の宝庫
観光のポイント:
・中央市場は欧州最大級
・ユーグノースタイルの建築群
・バルト海のリゾート
【リトアニア】
首都:ヴィリニュス
人口:約280万人
特徴:バロック建築と現代アートの共存
観光のポイント:
・バロック様式の教会群
・ウズピス共和国
・琥珀の産地
■交通アクセス
【国内移動】
・長距離バス会社:
Lux Express (https://luxexpress.eu/)
Ecolines (https://ecolines.net/)
・予約方法:公式サイトからオンライン予約
・料金目安:15-30ユーロ/区間
・所要時間:
タリン↔リガ:約4.5時間
リガ↔ヴィリニュス:約4時間
■治安
・一般的な注意を払えば安全
・スリや置き引きには要注意
・深夜の一人歩きは避ける
■持ち物チェックリスト
・変圧器/変換プラグ
・歩きやすい靴
・雨具(天候が変わりやすい)
・クレジットカード
・モバイルWi-Fiルーター
・簡単な英語フレーズ集
■予約のコツ
・航空券は3ヶ月前までに
・人気ホテルは半年前から予約可能
・ミシュランレストランは1ヶ月前から予約
※この記事は筆者の主観に基づいて作成されています。旅行前に最新の情報を確認することをおすすめします。