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ideo 『神​無​月​− high school memorandums』




駅から向かう道沿いの月極駐車場に古いクラウンが駐車してある。懐かしいな、と隣を歩くYが言う。90年代のものだがオーナーが丁寧にメンテナンスしているのだろう整った雰囲気を車体全体が纏っている。塗料の質感が現行の車種とは違い、経年も伴い鈍く光っている表面が空間に気持ちいい。通ってた時も置いてあったっけ? んー…無かったと思う、でもこういうセダンに憧れたな……と遠い目をする。裏道の細い通学路自体はそんなに変化が無いようにみえるけれど、所々新しいアパートメントや家屋が建っている。更地にしても狭い場所が三台分の Times になっていたりする。久しぶりで記憶が戻ってくるのか、Yは輝かせた眼球をきょろきょろと忙しなく動かす。蠢くふたつの眼球。よっつか。晴れてよかったね、と私は曇り空なのに言う。昨日は雨だった。今日の午前中は延期された息子さんの運動会だったらしい。最近は午前で終わるんだよ。ふーん、小学校の時は昼にお弁当食べたよね? うちは親と食べたな。疫病が流行ってから何もかも変わったよ……おれらの頃とは大分違うよな。担任の先生は午前中で終わる方が楽でいいね。働き方改革。道すがら話しながら通うのはまるで登校時のようだった。菓子パンや調理パンやお菓子や飲み物などを売っていた商店の横を通る。閉店したのかシャッターが締まっていて、当時あった緑の年代物のベンチは片付けられてしまっていた。たばこや飲み物の自販機だけがある。Hがたばこ吸ってそうな場所だな。同級生の名前が出る。流石に登下校の路沿いでは吸わなかったろうけれどな。もう午後なので帰る人たちが路の奥から来る。親子連れが多い。校舎が見えて、喧騒や、楽しげなフェスティバル音楽が聴こえてくる。閉まった裏門越しに中を見ると、沢山の生徒がわちゃわちゃとしている。正門に周り学園祭の案内のパンフレットを貰う。敷地に入るが取り敢えず手持ち無沙汰なので、懐かしい校舎を携帯でかしゃかしゃと撮る。あまり変わってない。あの辺りが図書館じゃ無かったっけ? Yが言うけれど、幾ら頭を捻ってもその場所が思い出せない。おれAさんと図書委員で一緒だったからさ。私には図書室に行った記憶さえない。あの正面の噴水は憶えている。いや、無かったかも。銅像はあった。立ち尽くす我々の前を愉しげに行き交う生徒たち。なんだか身なりがきれいな子が多いな。ひとりっ子だから手がかかっているんだよ。あなたのところは二人でしょ? うん。制服も御洒落になったね。見上げると渡り廊下。あそこでKに絡まれたので首根っこを掴んだら二度としなくなった(暴力反対)。古い制服の感触が手先に蘇る。魚の屍体を木と一緒に埋めて草で蓋をしたのが記憶。上蓋の草を剥がせば腐臭か白骨化した骨が甦る。更に生きたい、とかつての生魚は言った。記憶とは己の心と意(識)を言う。何人かは既に亡くなった。憶えていることと忘れていることがある。言われてみれば、あー、あったあった、と思い出すエピソードや物と人々。反対にそんなのあったっけ? と襞の中を潜って喪失された意識を探る。欅が矢鱈と太くなっていた。まるでシンボルツリーのように。玄関に続く階段の場所の屋根がドーム状でそれは知っている。しかし、レンガ色の段の感触が脚にない。おかしいな。下駄箱のロッカーは新しく変わっている。教室の扉は変わっていないし、職員室だけ自動扉なのも相変わらずの権威主義ぽさを醸し出していた。知り合いの教師がまだ居る可能性もある。しかし、そこに入る気はしない。賞状とトロフィーの栄光が掲示されている廊下。校舎内でアルミの手摺が廊下に付いている。学園ミステリに使えそうな舞台装置だな。窓は昼間に予め鍵を外しておく。夜の警備員室の窓は部活帰りの暗闇の中で黄色く光っていたけれど、警備員は見たことがない。滑ったリノリウムの床が電灯の消された窓からだけの鈍光を反射して私は息を潜めている。魚は水を替え無ければ死ぬので、花壇の土の深い所に埋めて弔った筈だったのに。微生物が分解した魚の屑を養分にして草が生えて彼らの骨を覆った。あのリノリウムの床は、実は、木製かゴム製だったのかも知れない。Yならきっと憶えている。Kに絡まれたのとは別の新築された渡り廊下に、現役生徒が描いたデッサンが飾られていてギリシャ彫刻の真っ白な首根っこと円錐形を鉛筆の濃淡のみで描写している。美術の授業でデッサンをした記憶はない。何を授業で習った? 教師の顔と名前も授業内容も微生物が分解して草が私の髪のように伸び覆った。窓から光が差し込み、14時の地下食堂は女生徒や保護者で賑わっている。ビーフカレーは450円に値上がりして、確かにこんな味だった。でも、粘り気があり、黄色く、野菜がもっとあったかも。天窓からの日差しは変わらなく、照らされたコンクリート校舎は壁も見た目は意外と古臭くはないが、経年的にはそろそろ建て替えの時期かも知れない。再来年くらいにきっと「寄付求む」のメッセージ封書が郵便かメール便で届く。校舎を巡る。文化系展示。美術部、写真部、修学旅行の展示、化学部、花道部? 確かあったかも。古典部に『氷菓』を頒布するえるたそがいるのは妄想、生物部では飼育しているドジョウを眺め(彼らも花壇に埋葬されるのだろうか?)、ホールでは課外活動の発表講演、体育館では書道部の巨大な筆による集団書き初め的なパフォーマンスを観る。折角なので行きたかった場所へ行く。部活熱心な吹奏楽部ではなく所属していた軽音楽部の演奏会場。私達の頃よりは広い場所で、女性Vo. 男女混成バンドが伸び伸びと楽しく洋楽をデス声で演奏していた。後輩たちの未来に幸あれと願う。この三年間の檻とも言うべき校舎から外に出て裏手の運動場の方を眺めると、そちらは誰も居なくて遠くまで見渡せ、互いに想起される思い出をとぼとぼと語る。しばらくボーッとして、打ち上げでもしようか? この終わりなきループから脱出する為の儀式としての? 大人の後夜祭? と帰り際に駅前の中華料理屋に入り、16時だがビールで乾杯、しかし直後に、Yの携帯電話の Slack に部下から連絡とトラブルの通知がひっきりなし複数で会話と思考はパンク、次第に彼の顔色が青ざめて、下手すりゃ新聞報道されるわこれ……ワルイけどまた……と低いトーンで千円札三枚を卓に置いて新宿に消える。その後、連絡していた建築家になった同級生がようやく着て、アレ? ひとり? と21時まで日曜夜の空いた中華料理屋でふたりでしこたまに安い酒を飲みながら今後の展望について話し込み、記憶とは書ききれない土の中の死んだ魚の群れである、と彼は言った。


神​無​月​− high school memorandums

by ideo

released October 26, 2024
song2,4 (cho) 右雨烏卯 uuuu
https://cucuruss.bandcamp.com/album/silent-sea




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