ささやかな記憶の実験
週末の朝、わたしはアンサンブルのレッスンを受けるために楽器を抱えて電車に揺られていました。
沿線には撮り鉄の人には有名な絶景写真スポットがあります。
わたしは撮り鉄ではないのでそんなことはすっかり忘れていたのですが、「今どの辺を走っているかな?」という気持ちで窓の外に目を向けたのでした。
すると、山々の木が色付きはじめた、その写真スポットの風景が目に飛び込んできたのです。
赤や黄色の葉が朝日に照らされているのが何だか神々しくて、思わず読んでいた本を閉じて暫く見入ってしまいました。
まだモミジが主役じゃないから、赤はグラデーションのかかった優しい赤。
その赤と緑を繋ぐ黄色の葉は、茶色まじりの落ち着いた色のほかに、時々強く主張する原色の黄に近いものもあって、山は賑やかなパレットさながら。
ともすれば車窓からの風景に脳内で「いいね」や「スキ」をつけたくなって、苦笑してしまったのですが、写真や動画に記録することなく過ぎ去ってゆくものをどうにかして記憶に留めておきたくて、文章にて記録することにしました。
—-memo—-
この日の最低気温は5度、最高気温は18度。
例年に比べたらとても過ごしやすい朝だったこと。
青い空にところどころレースのカーテンみたいな薄雲が浮かんでいたこと。
朝の日差しがなかなか強力で、本が読みやすい日陰の席を選んで座ったこと。
読みかけの本の主人公は少し滑稽なくらい真面目な人で、その手記を読みながら、わたしの知人にすごく似た人がいるなあと思っていたところだったこと。
鞄の中にはシャルパンティエの真夜中のミサの楽譜が入っていて、それを演奏するのをとても楽しみにしていたこと。
ボックスシートの向かいに座っていた同世代の男性も、それまで眺めていたスマホから目を離して、車窓からの風景に見入っていたこと。
—-
どうかな。
このくらい記録しておいたら、覚えておけるものかしら。
風景そのもの、というよりその日の状況の記録というか。
これは、
この風景を誰かに伝えるためではなくて、
この風景をわたしが忘れないための記録です。
写真や動画に記録したものと、
その日の情報を文章で記録したものと、
どちらの記憶が残るのか
とてもささやかな記憶の実験です。
結果は如何に?
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