『令和源氏物語 宇治の恋華』解説/第17章〈小野〉

みなさん、こんにちは。
次回『令和源氏物語 宇治の恋華 第二百三十四話 夢浮橋(一)』は9月26日(木)に掲載させていただきます。
本日は第17章〈小野〉について解説させていただきます。


 小野の方々

この章は、実は個人的に私が最も嫌いなところなのです。
命を永らえた浮舟があまりにも不憫で・・・。
そして平安女性の悲しい現実が彼女を追い詰めてゆくのです。

目を覚ました浮舟はその傍らで懸命に自分の世話をする尼君に、どうした次第かと困惑します。
この人は5年前に娘を亡くし、その菩提を弔う為に出家した人なのでした。
初瀬の観音様へ詣でて、その夢枕に観音様が立たれ、娘を授けるとお約束下さったとか。その為にこのあまりにも美しい姫は観音様の御約束の娘に違いないとまめまめしく世話をするのです。
回復してゆく浮舟に尼君はその素性を問いますが、生きているのも憚られると苛まれる浮舟は記憶を失ったふりをしてけして名を明かそうとしません。
小野の人達は形ばかり出家したような、あまり信心深く仏道を追求する方々ではありません。
なかでも少将の尼と呼ばれる女人は俗っぽく、美しい浮舟に女としての敵愾心を持ち合わせております。そしてこの尼の行動で浮舟は追い詰められてゆくのです。

 中将の懸想

尼君の娘の婿であった中将は、弟が横川の僧都の弟子であることから、ふと小野の草庵を訪れました。
運悪く浮舟はその姿を中将に見られてしまいます。
ほんの一瞬のではありましたが、御簾がめくりあがり、黒々とした豊かな髪と美しい横顔を垣間見た中将は猛烈な恋心を抱くのです。
かつての姑であった尼君も心の底ではまた中将を婿として扱いたいと望んでおりましたので、浮舟に贈られた中将の手紙に返事をするよう説得します。
浮舟にしてみれば愛ゆえに薫と匂宮の狭間で苦しんだあの日々に戻りたいとは思いません。もしも中将ごときの囲い女に成り下がったならば、薫にも顔向けできないと恥じるのです。
浮舟の素性を知らぬ者たちは勝手に中将と結びつけようとするもので、特に少将の尼は中将贔屓で、いつ寝所に引き込んでもおかしくない状況です。
浮舟は息を殺しながら、二度と意に添わぬ結婚はするまいと決めていたのでした。

 浮舟の出家

中将はどんなに手紙を贈っても返事を返さない浮舟にしびれをきらします。
そんな時に尼君が初瀬の観音様に願解きの御礼の為に詣でることを知りました。すでに姫君(浮舟)が庵に残ることは確認済みです。
力ずくでも我が物にしようと少将の尼を口説いたのです。
平安貴族の恋愛は「恋愛」とは純粋には言いきれない物でしょう。
「恋愛」は双方向の思いが通じて慈しむものですが、何しろやんごとなき貴族の姫は御簾や几帳で顔を隠し、その実態がわからぬままに文通から物事は始まります。
それであるのに賢しい女房の代返なども当たり前なので、家同士が決めた相手と結婚の宵に初めて会うというのもよくある話でした。
三日通って成婚となす通い婚とは、すなわち事実婚なわけです。
こうした概念に基づくと「夜這い」などの行為は咎められることではなく、女性にとっては凌辱以外の何物でもない男性の行為は単なる求愛行動の一環と考えられるのです。
何とも理不尽としかいいようがありません。
話は逸れましたが、中将が猫なで声で「御簾越しにほんのつれづれのお話をしましょう」と誘い、「お話のお相手もなさらないのでは失礼ですよ」と浮舟に諭す少将の尼の言葉はただの欺瞞でしかないのです。
浮舟は男性の力に抗えぬこと、もしも中将が踏み込んできても少将の尼が助けてくれないことを悟っております。
そして僧都に懇願して髪を下ろしてしまいました。
「落飾」とは悲しい響きですね。
出家は女性としての生を終えることを意味するのです。
化粧もせず、色味を抑えた簡素な装束で御仏に帰依するのです。
やはり浮舟は悲しい女性です。


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