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SOS② 【シロクマ文芸部】

みなさん、こんにちは。
シロクマ文芸部、「紅葉から」から始まる創作の第二弾です。

『SOS』

(一)
紅葉から、木々から、大地から、ひいては地球からのSOS。
それはつながってゆく未来に、生まれてくる我が子を思うと、心を抉られるように息が詰まり、実際に私の心臓は収縮して痛みを覚えた。
晩秋の緑の葉に赤い模様が浮かび上がるのは、季節を愛でる情緒ではない。

「赤班病」

赤い斑点は一日で広がり茶色に変貌し、木は枯れる。
そして潜伏期間を経て広範囲に伝播してゆくのだ。
赤斑病は一体いつから現れていたのか。
恐らくは30年以上前には存在していたのかもしれない。
ただその頃は、発生から進行も今より緩やかで、ただの立ち枯れに過ぎないと誰も気にも留めなかった。
どうやらウイルスのようにDNA構造を持ち、取捨しながら複合的な進化し続ける疾病らしい。
最悪な事に他を排除するという一辺だけは譲らず悪化してゆく、というのが最先端の学者たちの提言だ。
さらに事態は深刻化し、赤斑病に罹った木の実を食べたリスにもその症状が確認された。
野生動物に蔓延し、家畜まで罹患すれば、人体に適応するのは時間の問題だ。

「ねぇ、あなた。未来はどうなってしまうのかしら。この子は幸せになれるのかしら」
妻が不安そうに臨月の腹を撫でた。
「大丈夫だよ」
私はそうして妻の細い肩を抱き寄せて宥めるように温めた。
「私の長年の研究はこの事態を救うためなのだから。行ってくるよ。未来の為に」
「行ってらっしゃい。あなたを信じているわ」
妻は慈愛に満ちた緑の瞳を向けて、そっと私に微笑んだ。

(ニ)
私は赤斑病研究の博士である友人と待ち合わせていた。
彼は人ごみを避けながら息を弾ませて足早に駆けてきた。
まるで興奮を紛らわすかのように。
「君、落ち着きたまえよ」
「君こそよく落ち着いていられるな」
彼は緊張しているのか唇が少し震えていた。
それはそうだろう。
友人は人類の為に最新に進化した赤斑ウイルスと対となるワクチンを研究室から持ち出したのだ。
「うまくいくだろうか」
「二人で何度も検証したじゃないか。それに私の体験は間違いなく今日という未来につながったんだ」
「そうだな。やるしかない」
私たちは固い決意の元に握手を交わし、目的地へと向かった。

(三)
私が8歳の夏休み。
仕事が忙しかった両親の都合で、田舎に暮らす祖父母の元に預けられた。
都会とは違い、のんびりとした時間が流れる山間の村で、川で泳いだり、虫を取ったりして普段とは違う事が何でも興味深かった。
人付き合いが苦手で生来大人しい私は、毎日真面目に宿題をして、祖父母の手も煩わせずに、静かにローカルライフを楽しんでいたのだ。
祖父母も私の気性を気遣い、うるさいことは言わなかった。
ただ神隠が起こるという森には近づくな、と毎日出かける際には繰り返し注意されたのだった。
しかしいくら折り紙付きのいい子でも、毎日言われると気になって仕方がなくなる、というのが人の性。
私はある日とうとう誘惑に負けて森に足を踏み入れた。

まるでまっすぐ歩けない。
あちこちに磁場があるようで、この森が危険であることはすぐに理解できた。
森を進むにつれて、幻覚か幻聴か。
あらゆるビジョンが通り過ぎてゆく。
時代も人種もまちまちで、それはただただ不思議としか言いようがなかった。
そして祠を見つけたのだった。

罰が下るかもしれない、という恐怖はあるが、ここまできては引き下がれない・・・。
祠の扉を開けるとそこには古びたビスケットの缶があり、30年後の自分からの手紙が入っていたのだ。

(四)
私は手紙によってあの森があらゆる時空につながるタイムホールが集まる場所であることを知った。
神隠なるものの正体はそれだった。
わからず足を踏み入れ、戻って来ない者は多くあっただろう。
だから祠を建てて禁足地にされたのだ。
手紙にはそこに法則があることも記してあった。
何より未来で蔓延する赤斑病について。
私は未来の自分の願いから、赤斑病を撲滅するために過去や未来につながる森と法則を研究したのだった。

「まるで魔界だな・・・」
著しく同意だ。
「しばらくすると慣れるけど、それだけタイムホールが濃く重なっている、ってことさ」
この森に私は友人を伴い帰ってきた。

あの時祠から取り出したビスケットの缶は年季が入っているが、再び役に立ってくれるだろう。
友人は鞄から赤斑ウイルスとワクチンの入ったケースを取り出し、資料と共に缶に入れる。
私も8歳の自分に向けて書いた手紙を入れた。
「手書きの手紙なんてアナログだな」
「だって君、30年前に送るんだぞ。ホログラムなんか入れたら大事じゃないか」
「それもそうだな」
「きっと大丈夫だ。前に無かったピースがある。今回はウイルスもワクチンもあるから、過去は絶対に変わるよ」
「ああ」
頷き合い、缶の蓋を閉じて、祠の扉を閉めた。
これですべてうまくいく、と私は確信した。
やり遂げた自分が誇らしかった。

緊張が解けると、ふいにそれまで感じなかった気配が現れた。
しかも一人、二人ではない・・・。
「拘束しろ!」
と、聞くや、友人と私は地に伏せられていた。
「早く物を回収するんだ!」
私を拘束している男が叫んだ。
視線を巡らせると、別の男が祠の扉を開けて固まっていた。
「司令官、何もありません!」
「遅かったか・・・」
そう、すでに缶は30年前に送られていたのだ。

司令官と呼ばれた男は私を解放した。
月明かりの下で見たその瞳は見覚えのある緑色をしていた。
「父さん、何者かがウイルスとワクチンを盗んだんです。だから8歳のあなたには届かなかったんだ。僕も間に合わなかった」

ああ、世界を危機に陥れたのは私だったのか・・・。

〈了〉
小牧部長、どうぞよろしくお願い致します。

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