カレンダーガール 【シロクマ文芸部】
月めくりは、めくるめくカレンダーガール。
その月を象徴するあざやかな12人の女たち。
今日は9月30日。
明日から別の女と付き合うというのは最初からの約束であったというのに、彼女は泣いている。
「拓斗、私の何がいけなかったっていうの?」
「キミは何も悪くない」
「じゃあ、別れる必要なんてないじゃない」
「ボクは明日になればキミのことを忘れちゃうんだよ」
「だから契約を延長したいって言ってるんじゃないの」
「契約を延長しても記憶がリセットされることに変わりはないんだよ。ボクはキミに初めて会うように接するだろう。この9月の出来事もすべて忘れてしまうのだから、キミの思い出にもついてゆけない。それでもキミは耐えられるのかい?」
「何よぉ、それ。意味わかんない」
「ごめん」
彼女はただ涙を流していた。
ボクの記憶が損なわれて、せいぜい直近の一ヶ月ほどしか思い出せなくなったのは、事故による脳の損傷によるものだと玲子先生は言っていた。
実生活でそれは、会社勤めをして仕事をするにはかなり辛い。
だからボクは一月ごとの契約で彼氏になる職を選んだ。
ずっと付き合ってくれる人に出会えばやっていけるのではないか、などと甘い現実はないのだ。
明日、ボクは玲子先生の元へ行く。
彼女の催眠療法で毎月1日には一から記憶をリセットしてもらうことにしたのだ。
そう割り切った方がボクの心には負荷がなく、精神のバランスが保てるのではないか、という提案はボクに諦めと救いを与えてくれた。
「9月の彼女はどんな人だった?」
遮光カーテンで半分光を遮られた部屋は、ボクを闇に閉じ込める。
向こうの光が差す空間には、玲子先生が静かに口元に笑みを浮かべていた。
「いい人でした。よく笑うし、時々自信なさそうに俯くのがかわいくて、だんだん前向きになって仕事を頑張る姿が健気で・・・」
「花で喩えるとどんな感じ?」
「スズランかな」
「そう。素敵な彼女だったのね」
玲子先生の表情にチラリと嫉妬の色が浮かんだのは気のせいか。
「体を楽にして」
玲子先生の言葉は魔法のようにボクを開放する。
そしてふさがれた唇は柔らかく思考を奪うのだ。
「目が覚める頃にはすべてを忘れているわ」
二時間後には、ボクは9月の彼女に関する記憶を失っていた。
✿ ✿ ✿
「それでは、また。11月1日に会いましょう」
「はい。玲子先生」
パタリと閉じた扉の音が無機質で、玲子はようやく能面のような顔を脱ぎ捨てた。
抽斗からタバコを取り出すと、火をつける。
拓斗は私の初めての男だった。
それはけしてロマンチックな思い出ではない。
一つ年上の憧れの先輩は、私を犯した動画をネットに晒した。
引き籠もり、いつかは復讐をと顔を変えた私の前に記憶を無くした拓斗が現れたのは天啓としか思えなかった。
一ヶ月の呪い。
私を月に一度満足させるだけのつまらない男になりさがったこの男にそろそろ飽きてきた。
さて、どうしたものか。
いっそ不能の呪いでもかけてやろう。
今週のお題はムズカシイ〜。
しかーし、チャレンジしますとも❗
みなさんもいかがですか?
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