昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第十一話 第四章(2)
あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
継子であるおちくぼ姫が一家の物見遊山に連れて行ってもらえるはずもなく、怒り心頭の阿漕も石山詣でを辞退してしまいました。
久しぶりに姫を労ってあげようという阿漕の思惑をよそに、まさか右近の少将が忍んで来るとは・・・。
石山詣で(2)
石山詣で当日。
空はさわやかに晴れ渡り、まさに行楽にはうってつけの日和で、源中納言一家は牛車を何両も連ねながら華やかに邸を後にしました。
たくさんの女房を引き連れて、牛車の御簾の裾からは粋で艶やかな襲(かさね)がこぼれでています。楽しそうに笑う女たちの声が響いて、なんともにぎやかな旅立ちなのでした。
一家を送り出すと、阿漕はすぐにおちくぼ姫の元へやってきました。
「お姫さま、たくさんの縫い物ご苦労様でした。今日はのんびりなさってくださいね。そうだ、私の夫の惟成に絵巻物を持ってくるように伝えてありますのよ」
「ありがとう、阿漕。わたくしも今日はゆっくり休ませてもらうわ」
ふと庭先を見ると、赤い蜻蛉が桧垣に泊まっています。
「阿漕、勝虫だわ。もうすっかり秋なのねぇ。空気が澄んで気持ちがいいわ」
「ええ。気持ち良い風が吹き抜けていきますわねぇ。あの頃を覚えていらっしゃいますか?」
そして二人は昔に戻ったように姉妹さながらに仲良くあれこれとおしゃべりをして楽しく過ごしました。
「それにしても北の方の言いぶりには頭にきちゃいましたわ。姫さまに感謝することもなく、今回の旅行も除け者だなんて」
「もう怒るのはおよし。わたくしが縫った晴れ着たちがわたくしの代わりにお参りしてくれていると思えばよいではないの」
「姫さまはお人がよろしいのでつけ込まれるんですわ。なんて憎らしい北の方なんでしょう。北の方のような心根では観音様の功徳どころかバチが当たりますわよ」
「阿漕ったら、悪しき言葉は言ってはいけませんよ。阿漕に難儀が降りかかったら大変だわ」
どちらが慰めて励ましているのかもわからなくなり、おちくぼ姫は久しぶりにころころと明るい笑い声を上げました。
そこに惟成から手紙とお菓子が届けられました。
一緒に右近の少将から姫に宛てた手紙も入っています。
今日はさすがに時間もあるので手紙を開くと、そこには指をくわえて拗ねている男の絵がさらさらと描かれてありました。
つれなきを憂しと思へる人はよに
ゑみせじとこそ思ひ顔なれ
(あなたのつれない態度に私は笑みをみせないと決めました。笑みせじ、絵見せじ)
絵の横に駄洒落のような歌がしたためてあり、姫は思わずくすりと笑いました。
「わたくしが絵を見たがっているとお伝えしたの?」
「惟成に話したのが少将さまの御耳にも入ったようですわね」
「恥ずかしいわ。何かを欲しがっているなんて知られたらよけいにみじめだもの」
「まぁ、そうおっしゃらずに今日は女同士で楽しく過ごしましょう。まずはこのお菓子でも召し上がってくださいませ」
そうして何も知らない女たちが寛いでいる頃に右近の少将は出掛ける支度をしているのでした。
夜半になり雨が降り始めました。
これでは今宵少将の訪れはないな、と油断していた惟成でしたが、ほとほとと格子戸を叩く音がします。
なんと右近の少将が忍んでやってきたのでした。
「とりあえず姫の顔を見せてくれ」
乗り気の少将に惟成は、
「醜女だったらどうするんですか?」
と尋ねると、
「なぁに、一目散に退散するまでさ」
などと、お気楽に笑う少将です。
惟成は覚悟を決めて、落窪の間に少将を案内することにしました。
このままでは何も変わるまい、思い切って新たな運命に踏み出すのも時には必要なのだ、とそう感じたのです。
二人の女たちは楽しげにおしゃべりをしている様子です。
少将は格子の隙間からそっと中をうかがいました。
なにしろ紙燭一本のみの薄暗い室内なので、目を凝らしてようやくぼんやりと顔を見ることができる程度です。
こちら側から見えるのが阿漕だな、なかなかの美人だな、などと思いながら肝心の姫の方はうっすらと横顔しか見えません。
それでも豊かな美しい髪が額にはらりとこぼれる姿は美しいのでした。
「それでは私は妻を呼び出します。首尾よく事が運びますように」
惟成はそう言ってお露といういつも召し遣っている女童を通じて阿漕を呼び出しました。
「今日はお姫さまと過ごしますからあなたはあちらでお休みになってください、と伝えてちょうだい」
つんとあしらう阿漕を姫が窘めるように言いました。
「阿漕、行っておあげなさい。気の毒だわ」
姫の声には思い遣り深い優しさが滲み出ております。
「いいえ、姫さまお一人では心細いでしょう」
「大丈夫よ。この邸に来て寂しいのも怖いのももう慣れたわ。わたくしもゆっくりと休みたいもの。お行きなさい」
そういう姫がいじらしくて、少将は可哀そうでなりませんでした。
阿漕を夫の元へ下がらせた姫はまだ休む気にはなれず、寂しさを紛らわすために琴を爪弾き始めました。
いつの間にか雨は上がり、華やかな音色を持つ筝の琴が冴えた月夜に寂しく響き、愁いを含んでおります。
少将は目を瞑ってその音色に耳を傾けました。悪くない手筋であるのに姫の心の叫びが聞こえてくるほどに哀切で胸が締め付けられるようです。
なべて世の憂くなるときは身隠さむ
巌の中のすみかもとめて
(もしもこの世が辛くてどうしようもなくなったらば、いっさいを捨てて岩穴に身を隠してしまおうか)
右近の少将はこのような歌を詠む姫が不憫で、何とか慰めてあげたいものだと、意を決してこっそりと姫の部屋へ入りました。
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