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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第十話 第四章(1)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
右近の少将はやはりおちくぼ姫を見捨てることができなくなり、もう手紙を贈るのはやめようかと逡巡しつつも、どうにかお会いできないかと模索しております。
そこに中納言一家が石山寺にお詣りするという噂がとびこんできました。

 石山詣で(1)

季節は巡り、右近の少将から春の花が今を盛りと咲き誇るのを詠みこんだ歌が送られてきても、夏の夜の蛍の恋を詠む歌が寄せられても、おちくぼ姫は沈黙を守り続けました。
季節はもう秋。
さすがの少将も一年近く経っても返事をもらえないでいると手紙を書くのはもうやめようかと考えるのですが、意地になってしまって今さら後には引けない、というのも本音。
思い立った時には心を込めてしたためてはまた贈ってしまうのです。
惟成の話を聞くたびに継母の酷い仕打ちに憤慨して、どうにか北の方の鼻をあかしてやりたい、という気持ちも芽生えてきました。
一方的に手紙を送り続けるうちにも惟成がそのつど話を聞かせてくれるので、少将はもう姫を見捨てることができなくなっているのです。
しかしこのままでは何も進展しないのは明らかなので業を煮やしている次第なのでした。
さて、帯刀の惟成はどうしたものかと頭を悩ませています。
元はと言えば己が口を滑らしたことが原因なのですが、敬愛する右近の少将の信頼を損なうのは辛いこと、そう思案しているときに、源中納言一家が石山詣でに出掛けると小耳にはさみました。
それは少将と姫を会わせるよい機会になるのでは、と淡い期待を抱く惟成です。
北の方の気性や姫の扱いからしてそうした行事に姫を連れてゆくとはとても考えられません。そっと少将と姫君を引き合わせるならばまたとない好機であると閃きました。
早速阿漕に尋ねるとその噂は本当で、邸中の者を率いてのお参りということでしたが、やはり阿漕があまり嬉しそうでないところを見ると惟成の考えた通りなのでしょう。もしも右近の少将と姫を引き合わせるならば、この機を逃しては次はあるまい、と思いを巡らせるのでした。

石山寺は霊験あらたかな如意輪観音菩薩を本尊として知られておりますが、その昔平安貴族たちの間で観音堂に籠って読経するのが流行りました。
その当時のお寺というのは女人禁制が多く、石山寺は女人にも開かれた観音信仰の霊場だったのです。
今回のお参りは三の君に素晴らしい婿を得られたという願解きの旅ということですが、折しも晩秋の山は紅葉の見事な頃合い。物見遊山を兼ねて妻や娘も連れてにぎにぎしく参詣ということになったようです。

平安時代の貴族の女性というのは、邸から外へ出る機会がなかなか無かったので、寺社へ詣でるというのは一大イベントでした。
夜の明ける前に牛車で出立し、洛中から錦秋の山科をさしかかる辺りで一休み、世に名だたる逢坂の関を越えれば琵琶湖に辿り着くのです。
打出の浜と呼ばれる所から舟に乗るのも、海など見たことのない深窓の姫君には、「これが海か」と水を湛えた湖面を珍しく思ったことでしょう。
青空の下を歩くということも新鮮で、邸からは見られない自然の風景を楽しみながら、神仏に祈りを奉げるありがたい行事ということなので、お供できる者たちはみな大喜びでついてゆくのです。
今回の石山詣でも老若男女がお供を願い出て、中納言家は活気に満ち満ちているのでした。
しかしそうなるとまたもや忙しくなるのはおちくぼ姫なのです。
貴族、というか、特に中納言の北の方はたいそうな見栄っ張りで、家の威勢を誇示する為に華々しく出掛けていくつもりでしたので、そのための家族や女房達の衣装を一式誂えてお参りしようと考えました。
そうして北の方はまたもや大量の織物を持たせた女房たちを引きつれて落窪の間へやって来たのです。
「おちくぼ、半月後に出掛けますからこの装束を急いで縫い上げなさい」
「どちらかにお出かけですか?」
「石山詣でに行くんですよ」
「そうですか」
姫ははなから自分が連れて行ってもらえるとは考えておりません。
これまでもそうであったようにこれから先も一切何も変わらないでしょう。
心裡では姫を不憫に思っている弁の君がまたもや北の方に進言しました。
「おちくぼの君はお連れにならないのですか?」
「なんであの子を連れて行かなければならないのだい?縫い物は旅先にはないのですよ。どうせ世に出ない子ですから、かまうことはありません」
弁の君は北の方のあまりな言いように言葉を失ってしまいました。
そのやりとりを傍らで聞いていた阿漕はもう怒り心頭です。
しかし賢い娘なのでそのようなことはけして顔には出さず、自分も絶対行くものか、と心に決めました。
どんなにうれしい観音参りであっても、大切なお姫様と一緒でなければ心底楽しめるわけがありません。むしろ姫と邸に残って仲良くおしゃべりなどをして過ごした方がどんなにか楽しいでしょうか。
そして石山詣での前日に月のさわりで行けなくなったと北の方に辞退したのです。
「お前はおちくぼの為にそんなことを言っているんじゃないのかい?」
「まさか、こんなにうれしいお出掛けを断るなんて正気の沙汰じゃございませんわ。本当は黙ってついて行こうと思ったのですけれど、私のせいで皆様にバチが当たったら、と心苦しくて」
阿漕は内心北の方の狡猾さにひやりとしましたが、さも残念そうにうつむきます。
阿漕のように美しい女房を連れて歩くのは貴族の見栄になるので、北の方は残念に思いましたが諦めざるをえません。
「ではしっかり留守を勤めておくれ」
「はい、かしこまりました」
内心どきどきしながらうまく北の方をごまかせた阿漕はよい機会なので姫を労ってあげようと考えました。夫の惟成を呼んで、姫の退屈しのぎになるようなものを用意しようと考えたのです。
「私が寂しくないよう邸に残ってくれていたんだね」
惟成はいつも忙しくしている阿漕とゆっくり過ごせると寛いで、嬉しそうです。新婚の頃を思い出しているのでしょう。
「違うわ。私のお姫さまのお加減が悪くて石山詣でに行けなかったので、私も残ったのよ」
阿漕が虐げられている姫を庇ってそう言うのを惟成はまたいじらしく、可愛く感じました。
「それよりあなた、少将さまのお邸には絵物語などがたくさんあると以前話していたわね。お姫さまは絵がお好きなのよ。ぜひ一巻持って来てちょうだい」
そんな気の利く阿漕に惟成はまた惚れ直したのですが、邸には人もまばら、これは右近の少将を招き入れるのにうってつけである、とさっそく少将に知らせました。


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