見出し画像

令和源氏物語 宇治の恋華 第二百二十二話

 第二百二十二話 山風(二)
 
一品の宮の病はすっかり癒えられたので僧都は御山に戻ることとなりました。
帝から下賜された立派な硯に中宮からは法衣に相応しい抑えた色調の綾などを贈られ、山への道中には夕霧の左大臣の子息たちが隋人となって鄭重に送られるのを、さすが徳の高い聖である、と人々はその一行に手を合わせるのですが、僧都自身は妹に責められるであろうか、と気が重く俯いているのです。
あのように思い詰めていられた姫を出家させたことを後悔してはおりませんでしたが、姫を見つけてからの妹が生き生きとして心から世話をしていた姿を思い返すと再び娘を失ったとして更なる悲しみに打ちひしがれているであろう、と胸が痛むのです。
小野の庵を訪れると僧都が危惧したとおり、妹尼は兄に恨みを滲ませました。
「兄上さま、わたくしが留守の間に姫を尼にしてしまうなんてあんまりではありませぬか」
掴み掛らんばかりの剣幕ですが僧都は冷静に宥めました。
「すでに出家してしまったものをそなたが騒いだとて何も変わりませぬぞ。落ち着きなさい」
「そうは仰いますが、酷いお仕打ちを恨まずにはいられませんわ」
「姫君の心は既に決まっていたのだ」
「姫も姫だこと。わたくしになんの相談もなさらないなんて。わたくしが何をしたというのでしょう?まことの娘と思って尽くして、観音さまに姫の幸せを願いに詣でましたのよ。いずれは中将さまと娶せて行く末までもと考えておりましたものを」
「中将とな?それはどちらの中将のことか?」
「決まっているではありませんの。亡き姫の背であった君ですよ。秋頃から姫に度々お文を下さっておりましたのに」
「なんと、そのようなことがあったのか。して、姫はお返事をされていたのか?」
「それがどうにも引っ込み思案な方ですから、ついぞ一度もお返事を差し上げなかったんですの」
さめざめと泣きながら訴える妹の言に僧都は姫が世を厭うた理由を見たように思われました。
「中将と添わせようなどと、なんと愚かなことを考えられたのか」
「どこが愚かなのですか?若き姫なれば頼もしい夫があって然るべきでございましょう」
「そなたは拒み続ける姫の気持ちを聞こうとしたのか?」
「わたくしもいつまで生きられるともわからぬ身ですから先々を案じて何が悪いというのです?姫は観音さまが授けて下さった亡き娘の生まれ変わりなのですよ」
「黙らっしゃい。観音さまがお授け下さった尊い身なれば人と縁付けようとするのは思い上がりにも程がありましょう。観音さまがあなたの心の貧しさに一度は与えた姫をお手元に呼び戻したとしか考えられませぬな」
「そんな・・・。でも、あの若さで出家など、末まで行い澄ませずでは却って罪障を得るでしょうに」
「どのみち何を言うても遅いのです。姫が心穏やかにお勤めができるよう温かく見守ってあげましょう」
尼君は自分の何が至らなかったのかもわからずにただ悲しくて咽び泣くのでした。

次のお話はこちら・・・



いいなと思ったら応援しよう!