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下北沢異聞/町外れの一夜城【録01】

下北沢は今もサブカルチャーの聖地と呼ばれているのだろうか?真偽はともかく、他の町では経験できないような「非日常」が日常にふらりと溶け込んでいる町なのは事実だった。これは私(筆者)が下北沢に住んでいた時に経験した、ある不思議な飲食店のお話。

※2019年、調べたところそのお店は存在ごと消えていたものの、同時期に同じ場所に入っていた別のテナントが現在も営業中だったため看板部分はモザイクをかけてあります。

下北沢という飲食激戦区

下北沢は駅周辺に商店街やライブハウスが密集しており、そこを外れるとすぐ閑静な住宅街が広がっている。当然そうした住宅街に食い込んだエリアへの出店はふらっと入る観光客を狙うのは難しく、「下北だからイケるだろう」と思って安易に店を出すととんだ見当違いで1年ももたずに閉店することとなる。

実際下北沢は飲食店の激戦区なので、商店街への出店でもよほどの実力がないと難しいはず。大手資本の店でも容赦なく潰れるのを見てきた。だからといって生き残っている店が名店かというとそうでもなく、駅前の一等地にある小洒落た喫茶店に入ったら素人が淹れたような味の薄い紅茶や、素人の方がまだマシだという味のケーキを出されたことがある。ちなみにその店はまだあるどころか老舗らしいので、おそらく土地を持っているオーナーが趣味でやっている店なのだろう…そういう店があるから油断ならない。

下北沢暮らしをするうちにそうした当たり外れもぼちぼち経験し、新規店に対する期待と警戒心も楽しむようになったころ、町外れの一角に看板を出しているその店を見つけた。

大阪屋台飯の店、2016年6月5日OPEN

そこは駅や繁華街から離れた完全な住宅街だった。酔っぱらったバンドマンでもうっかり行かないようなエリアである。駅から出てきた観光客が「あっちはなんか違うね」と引き返すほどに一見して住宅街。なので店作りをしている段階から「とんだ勇者がいたもんだな」と思って観察していた。
※観察のために通っていたのではなく生活で通る道だった。

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しかし見てくれは良く、隠れ家風のガチャガチャした外装が面白みがあった。実際のそのエリアはある意味完全に隠れ家なので毎日観察するうちにじわじわ面白くなってきた。

その店は大阪屋台飯を出すBARのようなものらしい。こんなところに出す飲食店でそのジャンル、あの外装からして、ひどくぼったくられることはないだろうと踏み、一度は行ってみようと決めた。
※値段については後日談あり。

OPEN日も把握していたものの、オープニングパーティーの夜はどう見てもサブカルパリピリア充っぽい人々が集まってわいわいやっていたので、コミュ障な私は日をずらして友達と二人で行くことにした。

客は私達だけの静かでにぎやかな夜

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友達と二人で、仕事帰りの遅い時間に店を訪れる。BARのマスターらしきおじさんが明るく出迎えてくれた。その夜の客は私と友達の二人だけのようだった。店の中は狭いが2区画に分かれており、マスターによると飲食できるBARスペース(屋台飯の店)とアパレルショップの2店舗が一緒に入っているとのこと。アパレルのお店は若い女の子たちがやっているそうで、パーティーの日のパリピ達はアパレルの人脈だったようだ。その夜はシフトの関係かすでに店じまいをしており、BARだけでの営業となっていた。

マスターは気さくに話しかけてくれ、他に客もいないことだし私たちは楽しくお酒を飲んだ。マスターは大阪から来た人らしく、だから大阪屋台飯の店なのだそうだ。店のシステムはキャッシュオンデリバリー。カウンターで料金を渡して商品と交換する仕組みなので、払い忘れももらい忘れもない。

最初はつまみでお酒を飲むだけだったが、フード500円だから食べてみてとすすめられる。500円なら…と期待半分で頼んでみると、確かに屋台飯のようなものが出された。

ワンコインフード、庭のびわ酒

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下北沢のBARでワンコインでこのボリュームのフード!しかもこれ、どれもガッチリおいしい。特製のタレがかかった鶏肉はもちろん、ズッキーニもきちんと味がつけてある。甘いしょっぱいのバランスが良く、食べ応えがありこれで500円なら通っちゃうよ!というクオリティだった。

さらにドリンク2杯目で迷っていると、マスターに自家製びわサワーをすすめられる。このお店の建物の一部が住居になっており、庭に生えているびわの実を使っていいよと大家(貸主)が言ってくれたらしい。もぎまくって酒にしているそうで…頼んでみたらミキサーで砕かれたらしきドロドロのびわが入っていて、まあ確かにびわサワーだった。正直びわ酒(果実酒)にしたほうが美味しくなるのではと思ったものの、「下北のBARにて庭のびわで作ったサワーをいただく」という稀有な体験はできたのでそれもまた楽しかった。

「ここだけの話…」はいったいどこへ

他の客は来なかったし、私たちは楽しく明るくお酒を飲んでいたので、気をよくしたのかマスターが「ここだけの話…」といってある下北沢の土地開発に関する話を聞かせてくれた。

一応「ここだけの話」だったので詳細は伏せるが、下北沢駅周辺のとある一画(当時は工事中だった)が公園になるとかなんとかムニャムニャという話で、正直それを聞いた時「そんなの別にここだけの秘密じゃなくてもええやん」と思ったのだがまあ「えー!そうなんですか!」とかノッて聞いておいた。大人の事情があるのだろう。

でも、本当にその一画が公園になったら素敵だなあとは思った。そのころはすでに下北沢駅周辺の区画整理が進んでおり、昔ごちゃごちゃして迷路のようだった商店街はすっかり姿を変え、味気ない道路が広がり「この町は終わってしまうのでは」と思っていたので、駅周辺に緑が置かれるならそれは良いことのように思えた。少なくとも何の面白みもない灰色の道路よりはマシである。

しかし2019年現在、その「とある一画」が公園になったという話は聞かない。果たしてあれはマスターの妄想だったのか、土地開発計画が白紙になったのか、今となってはわからないしもしかしたら来年あたり本当に公園になっているかもしれない。

秘密の通路

嘘か本当かわからない色々な話を聞き、美味しいお酒やフードをいただき、楽しく不思議な時間が過ぎていった。私たちは大満足して、トイレを借りたら帰ろうということになりマスターに場所をたずねる。すると彼はトイレへと続く通路の扉を開けてくれた。

その狭い通路の壁には、少し落書きがしてあった。マスターによると、この店がオープンした記念に仲間内でサインや思い思いの落書きをしたのだそうだ。そして「まだペンがあるから書いていいよ」と言い、マジックを持ってきてくれた。

ふらっと入ってきた一見の客(私たち)に書かせていいのかと思いはしたものの、これも記念だしと少し落書きさせていただいた。誰かが「阪神絶対優勝」と書いていたので、その横にトラ猫を描いて「とらほー」と叫ばしておいた。
※とらほー:阪神タイガースが勝利したときのファンの雄叫び

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我ながらイカのクオリティがひどすぎる。お絵描きが好きな子供だったけど漫画家を目指さなくて良かった。友達はデザイナーなので私よりクオリティの高い落書きを描いていたように記憶している。

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その通路は電気をつけても薄暗く、高揚感も合わさって不思議の国に通じているように思えたものだが、ちゃんとトイレに通じていたし私たちは戻ってくることができた。最後まで楽しい時間を過ごせた私は「今度は別の友達を連れてこよう」と心に決め、店を後にした。
これが6月初めの出来事である。

6/18…マスターが失踪

それから少し経ち、私は実際に別の友達を引き連れてその店を訪れた。すると店の雰囲気がなんだか違う。以前はアパレルとBARで雰囲気が分かれていたが、アパレルの雰囲気にのまれている。店番をしていたのも若いお姉さんだった。違和感を感じつつも着席すると、メニューを出される。メニュー内容も以前と変わっている。屋台飯の屋の字もない。

どこでも飲めそうな何の変哲もないカクテルを注文し、何一つ心躍らないスナック(お通し)を食べ、さすがに変だと思いお姉さんに何があったのか訊いてみた。すると彼女曰く

マスターは失踪していた。

は?( ゚Д゚)

古典的だがほんとにこの顔文字のような表情をしたと思う。

なんでも、突然失踪して今はもう連絡も取れないとのことで、しかたなくマスターが切り盛りするはずだったBARスペースはアパレルの彼女たちがなんとか運営しているらしかった。

グランドオープンから1ヵ月も経っていない。半月ほどで店からトンズラするとはやはりとんだ勇者である。にわかには信じられない。しかし事実おじさんはいないし、メニューは変わったし、そういえばBARの看板もなかったような気がする。

ということで私たちは失意のうちに味のない酒を飲み、カサカサしたお通しを適当に食べ、理不尽な代金(※チャージ)を払い、コスパの悪さに「二度と来ないな」と思いトボトボ店を後にした。この時私は「1ヵ月も経たずにマスターが失踪して店が変わるなんてあるんだ…」という衝撃よりも「そういえばあの壁の落書きはどうなったんだろう?」という思いがあったが、結局聞けずじまいとなってしまった。

そして私たちは口直しに近所のホルモン屋に突撃し、安くてうまい肉と酒でやっと満足感を得てお開きとなった。

壁の落書きと、消えるおじさんたち

結局あのBARがどうなったのかは、その後一切足を運んでいないのでわからない。しかしアパレルショップは今でも元気に営業中のようなので、もしかしたら新体制で素敵なBARになっているかもしれないし、BARスペースは全部アパレルになっているかもしれない。確かめる術はあるけれど、私にはもうその気力はなくなってしまった。だって、行ったところであのマスターにはもう出会えないのだから。

そういえば下北沢で暮らした数年の間に、私がお気に入り認定した店はたいていおじさんマスターがいる店で、そしてそのおじさんたちはことごとくどこかへ行ってしまった。

屋台飯のおじさんは半月で失踪し、
大好きだった地下BARのマスター(おじさん)は違う町へ行ってしまい、
かのホルモン屋のおじさん(店長)はお家の事情で里帰りしてしまわれた。

屋台飯の店は存在ごと消えてしまい、
地下BARではあのマスターのうまい酒はもう飲めないし、
ホルモン屋のおじさんの心温まるサービスはもうない。

下北沢はおじさんが消える街なのだろうか?

でもまだ、夜になると決まった場所に現れる占い師のおじさんはきっと今もいるはず…と信じている。

ところで、落書きの壁は今も残っているのか、それは少しだけ気になる。そしてあのびわの木も。

どこかへつながる道のこと

そこにいる人にとってはいつも通りの風景でも、よそから来た人にとっては異空間だったりする…そういう店や路地が、下北沢には多い気がする。

駅前の整備が進み、今後街がどうなるのか私にはわからない。でもまだそういう「不思議な店や小道」は残っているはずなので、まだ訪れたことがない方はぜひ一度行ってみてほしい。下北沢で何を見つけられるかは、あなた自身の行動力と、感度と、ちょっとした引き寄せの運です。

かつて下北沢に住んでいた身として、いつまでも「あの町はいい町だよ」と言い続けていたいので、これからの下北沢も素敵な町であることを願います。

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友華里【銃譚Project】
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