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ある晴れた悲しい朝

男女の別れについての歌は数多あるけれども、具体的に「離婚」を歌ったそれはあまりないのではないかしら。
わたしにとって、離婚をうたった名曲のひとつがCKBの「ある晴れた悲しい朝」

グッバイ グッバイ スウィートホーム
と剣さんが高らかに歌い上げ、
グッバイ グッバイ マイ スウィート ワイフ
囁くように終わる。と思いきや2人の未来を見守るかのようにドラムがリズムを叩いてフェイドアウト。

これまた名曲である尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を彷彿とさせる。多分、剣さんのリスペクトが込められているんだろうな。

離婚を決めた男女の心の機微が絶妙に表現された歌詞。
「別れを決めた」から、よりを戻すことはあり得ないのだけど、滲み出てくる、それまで暮らした時間への愛着、感謝。
今だからこそわかる己の愚かさ、相手から注がれていた愛情。
切ない。
でも、「別れることを決めた」からこその、粛々と新しい時間へ準備をする痛みを伴う前向きさ、みたいなもの。

12年前、わたしが婚姻関係を解消したときも同じ感じだった。
わたしは短気ですぐに感情が先に出てしまうクセに、喧嘩ができない。
人と正面でぶつかることが怖くて、逃げてしまうビビリな人間。
恐らく、彼が離婚を決めるひとつの決定的瞬間だったに違いないと思う、初めての正面切った喧嘩・話し合いの時も、最終的にわたしが逃げたのが決定打だったのではないかと今なら思う。
思いや考えを言葉にできなくて、いや、発するのが怖くて、発した後のゴタゴタが面倒で怖くて言えなくて、その分、ひたすら自分の手の甲を爪で引っ掻いて傷つけていた。(こうして書くとだいぶ、ヤバイ奴だなあ、オレ笑)
離婚することを2人で決めてからは、穏やかな時間だった。

◆◆◆◆◆

数メートル先も見えないくらいの豪雨。
光っては轟いては忙しい空。
わたしたちは緑で縁取られた用紙を目の前に、たんたんと話をした。
わたしには沸き起こる感情がなくて、たんたんとその時を迎えた。
一向に止む気配のない雨。
彼が作り置きしていた冷凍の餃子を2人で食べる。
からくりTVを見ながら笑う。
たんたんと。

こんな別れ話ってあるんだなあと、いささか不思議な気持ちになる。

いきつけのお店の話になる。
マスターが顔を見かけなくなって心配していた旨を伝える。
今日みたいな機会がなければもう顔を出すこともないんじゃないかと一致して、雨が小降りになったのを見計らって出かける。
共通の友達の話をしながら歩く。
至って普通な感じだ。
こんなことってあるんだなあと、不思議な気持ちになる。

それぞれ3杯づつくらい飲み、店を出る。
雨は止んだ。

結局、荷物もあるからと、2人で家に帰る。
コンビニでアイスを買う。
珍しく1人1個。珍しく、というか初めてか。
食べながら歩く。
笑ったり、アイスを交換したりする。

少し前にわたしが買ったフィットネスマシーンを試す彼。

そしてそれぞれ床に就き、朝になった。

秋晴れの朝。
こんなもんなんだなあと、不思議な気持ちになる。

悲しいなんて気持ちはない。
さみしいなんて気持ちも、ない。
申し訳ないけれど、もう4か月、この暮らしに慣れてしまった。
むしろ快適だとすら思えてしまっている。

だけど、どうしてだろう。

時々、涙が出る。今もなんだか垂れてくる。
今月中にわたしは、苗字が変わる。
どうってことないことのはずなのに。
なんてわたしは現金な女なんだろう。
楽しかったことしか思い出せない。
夢を見ていたような気にさえなる。
相当に自分勝手なのは自覚していたけども、この期に及んでこんなにも自分勝手だとは思いもよらなかった。

涙を流しながらも、これから先、こなさなくてはならない名前変更作業を考えて辟易とする。

昨夜の雨は何だったんだろう。
この青空は何なんだろう。

数日後、諸手続の件で彼と会う。

他愛ないことを話し、大事なことも話すが、杯を進めてもどこか酔えない。
ストレス性の皮膚炎が右手で炎症を起こしていたのを心配してくれた。
大真面目に、病院に行くように諭された。
帰り際、コンビニに駆け込んだ彼。
マンガを手に取るのかと思いきや、レジに差し出したのは絆創膏。
「あれ?マンガ買うんじゃなかったの?」
「僕にできることはこんなことだけしかないけど」
そう言って、ふざけながら絆創膏を貼ってくれた。

何なのよ。泣くじゃない。
何なのよ。

終電の1本手前の東海道線。
連休明けの初日でよかった。ちょっと空いている。

でも何なのよ。泣くじゃない。

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写真は3年前の初日の出。

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なかくきゆか
ちょっとおいしいおやつが食べたい。楽しい一杯が飲みたい。心が動く景色を見たい。誰かのお話を聞きたい。いつかあなたのお話も聞かせてください。