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わたしがお腹に包丁を刺そうとした時の話
小学生時代、母親がわりをしていた。
家事ほとんどをしていて、それが自分の存在意義だった。
当時の話はこちらから⇩
家事の中で一番嫌い、というか嫌だったのが、料理。
作るのが面倒くさい、洗い物が面倒くさい、メニューを決めるのが面倒くさい、とかじゃない。
ただ、どうしたら母親に怒られないかを考えるのが辛かったから。
そして、その方法が全くわからなかったから。
まず、料理というものをほとんど知らないので(当時スマホはなく、パソコンで調べられることも知らなかった)肉と野菜を炒める、魚を焼く、ことしか知らなかった。
学校から帰ると「お腹空いた」と母親に言われる。
わたしは「うん」と、素っ気なく返す。
台所に立つと、まずリビングとキッチンを仕切るロールスクリーンを下げる。
わたしだけの空間にしたかった。母親の目線を気にしたくなかった。
冷蔵庫を見る。
うちでは生協を頼んでいて、多分毎週同じような野菜セットと肉と魚が届くような設定。
冷蔵庫には同じような野菜が常にあった。
玉ねぎと肉が合うことはなんとなく分かっていたので、何も考えず玉ねぎを取る。
あとは、青い野菜。小松菜とかニラとかキャベツみたいな。
2つ同時に使ってはいけない。
前同じ色の野菜を2つ入れた時に、「なんでこんな勿体無いことするの?味も分からないくせに」って言われたのを覚えてたから。
適当に選んだ葉野菜と玉ねぎを切る。
肉を炒める。この時油は引かない。母親は脂っこいものは嫌いだから。
酒をかける。醤油をかける。
炒めて完成。
大体はおかず1品を作っていたけれど、味噌汁もつけると母親の機嫌が良くなるので、そうすることも多かった。
味噌汁を作るのは好き。豆腐とわかめを入れれば美味しくなるのは知っていたし、味噌をちょうど良い濃さにするのも得意だったから。
食卓に持っていく時はまずおかずから。
そしてご飯、味噌汁の順によそって持っていく。
母親は熱々の味噌汁が好きだから。
「できたよ」呟くように伝える。この瞬間が嫌い。
母親が料理を見て一言言う「なんか彩りが足りないね」
ああ、野菜室にトマトがあった気がしたな、それを切れば良かった。と心の中で思いながら、「うん」と呟く。
わたしは他にも何か言われないかと、ビクビクしながら食べ進める。
食べ終わったら、すぐに食器を洗う。
一緒の空間にいると何か言われそうで怖かったから。
ある日、学校から帰ると母がとても機嫌良く弟と遊んでいた。
反対にわたしは、風邪っぽくて耳が痛くて(今思えば風邪をひくと毎回中耳炎になってたけど、当時は母に伝えられなかった)
ゼリーなんかを食べて、すぐにでも寝たい気分だった。
「なんか美味しいもの作って〜」上機嫌で母が言う。
「うん」と聞こえないくらいのボリュームで返す。
洗面所で手を洗いながら、このまま寝たらどうなるんだろう。と考える。
すぐに、「母の機嫌を損ねたら良くない」と思い、台所へ行く。
こんな日に限って、肉が冷凍のものしかない。
ため息をつきながら、解凍しようとレンジで温める。
冷凍のもは大体自動モードで温めていたたので、特に何も考えずスタートを押す。
少し経って、あ、それじゃあ熱々になっちゃう!
と気づく。
もうその時には遅く、レンジの中は肉の汁で汚くなり、肉はまだ凍っているところと火が通り過ぎているところがまばらになっていて、とても臭かった。
やっちゃった…。と思いながら、フライパンに移して熱していく。
頭が痛い。
そこからいつも通り料理した。
食べた瞬間「何この豚肉…」と吐き出し、「生臭すぎるんだけど、何したの」母は言う。
「あ、あの、なんか、、」言葉が出てこない。
「レンジで温めたからかも」顔色を伺いながら言う。
ため息をつく母。「もういいや」と、弟を連れて寝室に行ってしまった。
さっきまで機嫌良かったのに。
わたしのせいだ。
頭が痛い。耳が痛い。ぼーっとする。
この料理、捨てたら怒られるかな?どうしたら良いのかな。全部食べたことにして捨てようかな。弟の分は残しておこう。味噌汁はまだ食べられるよね。燃えるゴミの日はいつだっけ。
そんなことをぼーっとカーテンを見ながら考える。
洗い物をしながら涙が出てくる。
母親が降りてきて、「さっきは言いすぎた、ごめんね。解凍する時のボタンはここだよ。」って笑顔で言って、抱きしめてくれる。
ここでいま倒れたら、「風邪ひいてて辛かったのに、頑張って料理してくれたんだ。偉かったね。ごめんね。」って言ってくれる。
そんな妄想をしながら、泣きながら、洗う。
ふと、包丁を見て、手に取る。
泡だらけの包丁をお腹に刺すように当ててみる。
力を入れる。
洋服の上だから刺さるはずがない。
もっと力を入れる。
洋服を貫通するような力は怖くて入れられない。
でも、力を入れてみる。
自分では気が遠くなるような時間、そうしていた。
死にたかったわけではない。死のうとしたわけでもない。
たぶん、この姿を母親に見てもらって、「わたしは、こんなに辛いんです」と伝えたかったのだと思う。
言葉では言えないから、見て欲しかった。
気がする。
小さなことでも、些細なことでも、毎日それが積み重なれば、ある日の小さなきっかけで爆発してしまう。
常にそんな状態だったのかもしれない。
誰にも言ってないし、誰も見てない。これからも誰も知らない話。
わたし、ところどころ細かい会話も鮮明に覚えていることがある。でもそれは全てこんな話。
忘れたいな。