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歌集『金魚を逃がす』鈴木美紀子 より2


歌集『金魚を逃がす』の読書記録の続きです。

p19
何回もドリンクバーに向かう背を見てはいけないもののように見た

この歌の面白いのはやはり、下の句だろう。
「見てはいけないものを見た」とは言うが、「見てはいけないもののように見た」なんて、日常は言わない。

見る対象の人物はドリンクバーなのだから何回行ってもいいはずで、悪いことをしているわけではない。
よっぽど回数が多かったのかもしれないが、これは完全に作中主体側の捉え方の問題だろう。

ということはやはり、その人のガツガツした感じがなんだか嫌だったのかもしれない。
ふたりの関係性は不明だが、「蛙化」なんて言葉がふと頭をよぎる。

そんな一瞬の微妙な心理はたしかにひとつの事件であり、流行りの言葉などでは表せない小さな驚きや落胆、哀しみさえもがその一瞥に見える気がする。


p31
歯間からかすかに揺れる息を聴く さやさやささぶねささやくさよなら

眠っている誰かの寝息を聴いているのだろう。恋人だろうか。起こさないように「さよなら」をささやいて帰る。
(さやさやささぶねささやくさよなら)さ、の音が優しいから起こしてしまうことはないだろう。

「ささぶね」の言葉のやさしさは、同時に脆さ、危うさも感じさせる。
このさよならがほんの短い間離れるための、軽いあいさつであれと祈るように読む。

ふたりの関係性や状況はこの歌だけではわからないが、下の句はやすらかに眠るひとを守るための呪文のようでもある。


p38
なんとなく苦しいでしょう返信用切手をひとひら同封されて

返信のために必要だから同封された切手は、返信することを暗に強要している。そう言われると、なんとなく追い詰められた気にならなくもないが、切手は普通にありがたい。

それにしても、自分のした行為に「なんとなく苦しいでしょう」なんて、まず言わない。このような言葉の使い方が、鈴木さんはほんとうに上手だと思う。
短歌の醍醐味である。

少し意地悪くからかっているようにも取れ、わざとそう見せているようにも思える。

しかし、返信用切手を同封することで相手をゆるやかに追いつめていると、主体が、感じているのだ。そのかすかな罪悪感を詠った歌だと思う。

後半のハ行の連なりがやわらかい。
同封された切手は1枚でなく(ひとひら)で花の花弁を思わせる。
一首に込められたやさしさが、なんとなく苦しいほどである。

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