【ゆる批評】22歳が考えるフェミニズムと、「公私」の線引きの難しさのお話(その2)
今回は、今の20代が年齢を重ねるにつれてフェミニズムとどう向き合っていくだろうかというお話書いていきたい。
「フェミニズムネイティブ」
私は1996年、平成8年の終わりに生まれた。
前回も述べたように物心ついた時から既にフェミニズム、性差是正の言説が一部のアカデミック領域で取り沙汰されるだけのものではなく、それよりも雑誌やテレビなどソフトなメディアで語られるものになっており、昨今ではSNSをはじめとするツールで議論が盛んになっている。
ある意味、「フェミニズムネイティブ」な世代なのかもしれない。
性差による産物、不利益という言説は、私たちの意識の中に擦りこまれている。
しかしながら、それとは反対の傾向も意識できる。
物心ついたころ、時代は非正規労働者問題や女性の貧困問題も盛んに叫ばれていた。
それらを背景に雑誌やテレビ番組では「モテ」とか「男ウケ」などの特集が多く組まれる時代が到来していた。ドラマや漫画などソフトなメディアで「独身アラサー」、「おひとりさま」etc、30代の未婚女性を煽るような(消費社会の中で一人で生きることはそれはそれで楽しいではないかという結論に至っている作品が多いことも見逃せないが)モデルが多く登場し、「わたし結婚できるのかな…」、「結婚する相手を見つけなくちゃ」という意識はメディアの影響によって私たちのなかにも根付いているのかもしれない。
(要はアンビバレントな意識を私たち世代が持っているというようなことが言いたい…)
日本版『ハウスワイフ2.0』?
ここで昨年から話題になり、ベストセラーにもなったチョ・ナムジュ著『82年生まれ、キムジヨン』について取り上げたい。
これは、韓国を舞台に82年生まれの女性が、誕生から学生時代、就職、そして結婚と出産を経験するまでに体験した「女性」であるが故の抑圧を主軸として話が展開していく。
同じ東アジアの国である韓国と日本は、男女平等(この言い方は語弊があるので私は好きではないけれど)、つまり性差による社会格差の是正の遅れという点では似ているのかもしれない。主人公キム・ジヨンは一般的に家庭に生まれて、大学を卒業後に正社員として働ける会社に就職し、愛する男性と結婚する。所謂「順風満帆」そうに見える一人の女性のキャリア、人生がどれだけ「抑圧」、「性差別」による不利益を孕んでいるのか、をこのストーリーは暴いていく。
この物語の主人公は82年生まれで、現実に準えると、現在37歳ということになる。
家庭にしろキャリアにしろ、最も忙しい時期であり、もっとも「難しい」年代なのだろうな、という漠然としたことしか、わたしには思いつかないけれど日本においても彼女達はある種「たたかう世代」ではないかと思う。
昨今物議をかもし、国会でも取沙汰された「保育園落ちた、日本死ね」のブログ投稿や「性差」に関するTwitterでの議論の過熱は現在子供を持つ世代の女性(といっても幅は広いけれど)がある種自由に意見を言うことができる場、ツールが活用されていることの証明になっている。もちろん、テーマは子育てに限らない。キャリアを進めるうえでの不利益や、婚活に関する不満、そしてラディカルな男性へのアンチテーゼ、他にも女性間におけるネガティブな側面など社会における「女性」であることによる不利益は、クリティカルな女性達の目を持ってSNS上で発言、暴露され往々にして「バズる」。
しかしながら彼女達の「たたかい」が20代にとってどのような影響を及ぼしているかは甚だ不明であり、もしかしたら冷めた目で見てしまうのも事実かもしれない。
2014年にアメリカで出版され、大きな話題を呼んだエミリー・マッチャーによる著書『ハウスワイフ2.0』は、まさにこのような現象が引き起こす産物としての「主婦回帰」だった。
『ハウスワイフ2.0』には、2010年代のアメリカにおいてどちらかというと高学歴で今までであれば高いキャリアを目指すと想定されていたような女性達が次々と結婚後、郊外に引っ越して手作りの食品、オーガニックな食材、ハンドメイドの小物などをこしらえてSNSで投稿、またそれをビジネスとしてフリーランスとして活躍するなどといった現象が盛んに起こっていることが記されている。
彼女達は、母親世代(つまり現在の50~60代におけるアメリカ女性)が「家庭」と「キャリア」の両立に奮闘する姿を目にし、それを「社会から搾取されているだけではないか」ととらえたことから、社会に利用されない生き方(フリーランスetc)を選ぶという思考に至ったと説明されている。
(少し話は脱線してしまうが、90年代に流行した「女性」をテーマとしたドラマとして挙げられるのは『セックスアンドザシティ』である。これは、「恋に仕事に」どちらかというと「上手くいっている女性」が描かれている。しかしながら2010年代に同様に女性を描き大流行したと言えるドラマ『GIRLS』はどちらかというと恋も仕事も上手くいかない。思いを寄せている人からはセフレとしてキープされ、定職も見つからない女性達が描かれている。「女性の活躍」が神話に過ぎないのではないか、という懐疑的視点の反映かもしれない。)
日本においても、アメリカとは時期は異なるかもしれないが、同様の現象が起こり得るのではないか?
と私はなんとなく思う。
「セーフティーネット」としての結婚
昨今のITベンチャー系企業の勃興も少しには要因にあるかもしれないが、IT系ライターを私がしていたとき、「将来的には起業を考えている」という女の子が周りに山ほどいた。
また、教員免許取得のための授業に出てみると、ファーストキャリアとして「教員」は考えていないものの結婚後に免許を生かして子供と触れ合う活動ができたら…という発言も耳にする。
(私自身は、大学院生であるにも関わらず、将来のビジョンが漠然としているため、こういう女の子を見るとまぶしく見える限りである。)
さて、彼女達に限らず多くの女性が将来「結婚」をすること、そして希望としては「主婦」として生きられる地盤を手に入れたうえで「自分の好きなことをしたい」と想定していることがここで特筆すべきことかもしれない。
つまり、結婚がある種の「セーフティーネット」、「ベーシックインカム」になった上で自分のキャリア形成を考えていこうとしている傾向が見られる。
これは、前述の『ハウスワイフ2.0』とも重なる現象であり。
もはや「結婚かキャリア」かという選択それ自体が古く、市場に組織の一部として参入していくのではなく「わたし個人」として参入するやり方が主流になっていくのではないかと言える。(だからといって、現在の子育て世代、キャリア世代が訴える不利益が消滅するわけではないので、その地盤を引き継いでたたかっていくことも想定されるけれど。)
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