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【論文】組織はどのようにアンラーニングするのか?-とある社会福祉法人X会による組織アンラーニングの軌跡-

アンラーニング、という言葉はご存知でしょうか?アンラーニングとは、「学習棄却」と呼ばれ、これまで学んできた知識を一旦横に置いて、新しく学び直すことを指します。

決して、これまで学んできたことを「捨てる」ということではありません。「自ら当たり前になってしまっている古い既存の価値観に気づき、アップデートしていくこと」に近いと思います。

その中でも「組織アンラーニング」という概念をこの論文では取り上げています。

組織アンラーニングとはHedberg(1981)によれば「時代遅れ(obsolete)になったり組織や人を誤った方向に導く(misleading)知識を組織が捨て去る(discard)プロセス」と定義され、組織の学習棄却とも訳される。

論文名:組織はどのようにアンラーニングするのか?/安藤史江、
杉原浩志


なぜ組織アンラーニングは必要なのか?

現代経営学の父と呼ばれるピーター・ドラッカーは「あらゆる計画や活動を定期的に審査し、有用性が証明されないものを廃棄するようにするならば、創造性は驚くほど刺激されていく」といったことを述べています。(1964年に出版された『経営者の条件』)

新型コロナが蔓延し、世界が大きく変わり果てた時に、従来のやり方を手放せた組織と、そうでない組織とでは、大きな違いがあったのではないでしょうか。

社会の変化に応じて、有効性が失われた知識・スキルを棄却し、新たな知識・スキルに入れ替えるアンラーニングが、組織学習には欠かせなくなってきています。

組織アンラーニングの対象

この論文では、既存の知識やルーティン、組織価値の棄却のみを、組織アンラーニングと捉えることにしています。

組織アンラーニングの対象は大きく3つに整理できます。1つ目は、比較的慣性の弱い原理原則的である「表向きの組織価値およびルーティン」、2つ目は、組織に埋め込まれているため、慣性が強く、実際の組織行動にも多大な影響を与える「遂行的な組織価値およびルーティン」、そして3つ目は、組織メンバー個人に埋め込まれているため既存研究の多くが組織アンラーニングの対象から落としがちだが、実は組織アンラーニングの成否を握ると考えられる「組織メンバーのメンタルモデル」です。

研究対象者:ある地方都市で老人福祉施設を経営する社会福祉法人X会
X 会は組織アンラーニング対象すべての棄却を可能にし、大規模な組織アン
ラーニングを実現させた。

調査方法:X 会の関係者への聞き取りや直接観察、3 回にわたるX会実施によるアンケートの結果や、議事録を始めとした内部資料の活用を通じて事例分析を進めていった。

X会による組織アンラーニングの軌跡

大規模なアンラーニングを成し遂げたX会の軌跡を第三フェーズに分けています。詳細は割愛しますが、ざっくりとフェーズごとに説明するとこんな感じです。


「新価値注入によるロワーの混沌」の第 1 フェーズ:表向きの組織価値およびルーティンの棄却。各人のメンタルモデルの変化、遂行的な組織価値およ びルーティンの棄却も置き換えも生じなかった。

・再生に向けた第一歩として、理事会を含むX会のあるべき姿や方向性の見直し
・新理事長は、自らの代わりに実際に動く変革の実行役として、新施設長と事務長という2名の上級管理職と、人事労務の専門家である1名の理事、計3名を選任
・理事長および選任された理事の 2 名がともにトップとして組織全体に関わる大きな意思決定をし、施設長と事務長の 2 名がアッパー・ミドルとし、トップが決定した施策の執行を現場から支援するという体制が新たにとられることになった
・一方で新体制がはたして信用に足るものなのか、その動向を慎重に見極めようとする者がいたり、新体制が約束した以上、本来こうあってしかるべきなのに現状は違うと、新たな不平不満を噴出させる者が多数生まれたことも明らかになった
・新体制が提示した新たな組織価値に対する解釈は各職員で大きく異な り、旧体制下ではたとえ面従腹背でも表向きは一致していた行動の方向性は、完全に拡散した

「転換点となったミドルの変化」の第2フェーズ:「受動的に行動し余分なことは考えない」という既存の遂行的な組織価値およびルーティンの棄却

・地道な経費削減の努力(元々経常収支は悪化の一途を辿り高い離職率から生じる労働負荷の増大のため職員の多くは慢性的な疲労状態にあった)や業務プロセス見直しなどの結果、X会の業績は徐々に好転し、2008 年 3 月以降はすべての月で経常収支が前年度実績を上回るようになった
・理事長および理事は、月 1 回の全体会議を利用し、変革の進状況を職員にできる限り 開示することに努めつつ、変革の真の実現のために一人ひとりに求められる基本的な考え方を繰り返し訴え続けていった
・変革着手から約 1 年経過したころ、ごく緩やか ながら,ようやく職員の意識や行動に変化の兆しが見え始める

「トップの気づきの組織への還元」の第3フェーズ:理事長らの既存価値・ルーティンの棄却と各人のメンタルモデルの棄却

・とある看護師は自分の担当業務を超えた次のような呼びかけを他の職員に向けて行った。「私たちが利用者に良いサービスを提供するためには、まず私たち自身の精神的なケアが大切だと思います。(割愛)今日から笑顔で挨拶運動を実施したいので、皆さんの協力をお願いします」
・それまで理事長と理事は、反対グループのメンバーを自律型組織の実現を阻む単なる問題児と捉えていた。だが、そのラベルづけは物事の一面しかみない一方的なもので、実はそれだけ彼らの施設運営への関心や意識が高い証拠とも解釈できたことに、理事長らは初めて気づかされた
・さらに、それほど変化を期待していなかった職員の中にも、ただ単に全体的な視点に基づいて組織を考えるだけではなく「まず自分から変わることこそ何よりも重要で、それを出発点として、(自分の変化と組織の変化の)相乗効果で組織全体が変わるのだ(括弧内,筆者補足)」と大きく意識や行動を変える者が続々と現れた

分析および考察

以上の結果から下記の考察が記されています。

・X 会では、前述した3つの組織アンラーニング対象を段階的に棄却して、大規模な組織アンラーニングを成功させたことが確認できる。

・X会の組織アンラーニングは段階的に進んだ。事例から1つの共通点が浮かび上がる。それは、既存の組織価値およびルーティンの棄却レベルに組織内でギャップがあるときに生じ、それが解消され組織内で棄却レベルが揃うと、再び組織アンラーニングに向けて動き出す、というパターンである。

・理事長や理事が組織アンラーニングの牽引者となった第 1 フェーズでは、組織アンラーニングを実際に行った当事者は一般職員 および管理職であったが、以降は表3で示すように、各フェーズの棄却の当事者は徐々に組織のよ り上位層に移り変わっていった。

・組織内のいずれかの層で始まっ た組織アンラーニングを足踏みさせたり、逆戻りさせないためには、当該層内での棄却レベルのバラツキをなくしたうえで、その層に対して業務の進め方に関する指示命令や評価の権限を持つ直接の上位層の棄却が重要になる。


少し長くなりましたが、私がこの論文でハッとさせられたのは、理事長などのトップ層が「反対グループのメンバーを自律型組織の実現を阻む単なる問題児」と捉えていたけれど、そのラベルづけは物事の一面しかみない一方的なもので、実はそれだけ彼らの施設運営への関心や意識が高い証拠とも解釈できたことに気づいた(アンラーンした)という箇所でした。

まさに、個人のアンラーンが組織のアンラーンに繋がった事例なのではないかと思いました。まずは、気づくことから!

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