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死んだ文章 第48回 月刊中山祐次郎

皆様、お読みいただきいつもありがとうございます。今回の「月刊 中山祐次郎」は、南日本新聞(鹿児島県のローカル新聞)に掲載された私のエッセイを、許可を得て転載します。今回の終わりにはエッセイ裏話を書いております。いろいろありましてね…
エッセイ第一回「2浪、受験、鹿児島へ」はこちらから。
エッセイ第二回「合格発表、指宿、本田」はこちらから。

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「草木、方言、ドイツ文学」


 2000年4月1日。二十歳も終わろうとしていた僕は横浜から引っ越し、鹿児島市荒田二丁目、ドラッグイレブン隣の真新しいワンルームマンションにいた。4日後に鹿児島大学の入学式を控えていたが、部屋にはベッドもソファもテレビも何もなかった。どういう訳か親が買ってくれたMDプレイヤーだけはフローリングの床に直に置いてあり、やはり直に敷いた布団の上で季節外れの「いつかのメリークリスマス」を聞いていた。 入学式までやることがなかったので自転車を八千円で買い、近所を巡った。荒田二丁目には電柱と信号があり、コンビニと定食屋があり、大きな一軒家があり、小さな公園があった。人々はそこで道を歩き、信号に従い、犬の散歩をし、コインランドリーで洗濯をしていた。神奈川出身の僕の想像する「九州」は、実家の辺りとなにも変わらないことに驚いた。ただ一つ違うことと言えば、生えている草木の大きさが違っていたことだった。葉っぱひとつひとつが大きく、茎もぐんと高く伸びているのだ。そんなところに南国を見つけ、初夏の鹿児島の風を頬で感じた。

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