#3 【トランプ2.0のコモディティ市場】パナマ運河どうなる?
トランプ氏が米国で20日、大統領に就任し演説でパナマ運河を取り返すと述べ、メキシコ湾についても名称を「アメリカ湾」に変えると訴えています。パナマ運河は消費財や穀物などを輸送する物流の要衝、メキシコ湾は油田の集積地であることから、どちらもコモディティ市場と大きく関係する重要な地域です。今回はパナマ運河についてみていきます。
歴史
パナマ運河は、太平洋と大西洋を結ぶ重要な海上交通路として、世界の貿易に欠かせない存在です。その建設には多くの困難がありましたが開通以来、国際物流に大きな役割を果たしてきました。
▶︎ 初期の構想
パナマ運河の構想は16世紀、スペインの探検家たちによって考えられました。当時、太平洋と大西洋を結ぶ航路を短縮する方法が模索されていましたが、技術や資金の不足で具体化することはありませんでした。
その後19世紀になると、スエズ運河の設計者として知られるフランスのフェルディナンド・ド・レセップスが、この計画を再び推進しました。しかし、パナマの過酷な自然環境や黄熱病、マラリアの流行が計画を妨げ、1880年代のフランスによる建設プロジェクトは挫折に終わります。
▶︎ 米国による建設
1903年、パナマはコロンビアから独立を果たし、米国が運河建設を引き継ぎました。1904年から始まった米国のプロジェクトでは、科学的な対策が取られ、特に病気対策に力を入れました。この結果、建設は順調に進み1914年に運河が完成します。閘門(こうもん)式の仕組み(後に説明)を採用した運河は、船舶が効率よく高低差を乗り越えることを可能にしました。
▶︎ 管理移転と独立運営
1977年には、米国とパナマの間で「トリホス=カーター条約」が結ばれ、運河の管理権をパナマに移譲する計画が立てられました。その後、1999年に運河は完全にパナマの管理下に移され、現在ではパナマ運河庁が運営を行っています。
▶︎ 幾度の拡張プロジェクト
2007年には、より大型の船舶が通航できるようにするための拡張プロジェクトが始まり、2016年に新しい閘門が開通しました。この拡張により貨物輸送量が大幅に増加し、より多くの貿易需要に応えることが可能になりました。
▶︎ 現在の姿
現在、パナマ運河は世界の貿易を支える重要なインフラとして機能しており、年間約1万4,000隻の船舶が通航しています。国際通貨基金(IMF)によると、1年間でパナマ運河を通る船舶のうち27.8%が消費財や部品、食料品を運ぶコンテナ船で、21.1%が石炭や穀物を運ぶばら積み船となっています。
パナマ運河の仕組み
パナマ運河は、船が太平洋と大西洋を行き来する際に地形の高低差を克服するため閘門と呼ばれる仕組みを採用しています。この仕組みは、船を「水のエレベーター」に乗せるようなものです。
▶︎ 閘門の役割
閘門は、運河内にいくつか設置されている水門です。これにより、水位を調整して船を高い場所(運河中央のガトゥン湖)へ持ち上げたり、低い場所(海面)へ降ろしたりします。
▶︎ 船舶の通過方法
(1) 船が閘室に入る:閘室内の水位は海面と同じ高さに調整されています。
(2)水を注入または排水:ガトゥン湖などの水源から水を注入して水位を上げる、または水を排出して水位を下げることで、船を持ち上げたり降ろしたりします。
(3)船が次の閘室に移動:水位が隣の区画と一致すると、水門が開き船が次の閘室に進みます。
以下に船舶が太平洋から大西洋へパナマ運河を経由して移動する際の様子を詳しく説明します。
▶︎ 干ばつで通航制限も
パナマ運河は干ばつが起きると通航できる船舶の数が減ることがあります。上で説明したように船が運河を通過するときに水位を上下に調整するには大量の淡水が必要なためです。干ばつが起きると淡水を供給する湖が干上がり、船がスムーズに通りづらくなってしまいます。
実際に2024年の前半は干ばつに見舞われ、ガトゥン湖の水位が大幅に低下してしまいました。24年前半の水位は前年より大幅に低くなったため(図1)、運営を担うパナマ運河庁が通航できる船舶の数を制限し、世界の海上輸送が停滞してしました(図2)。24年後半以降は降水量の増加で水位が回復し、現在、通航制限はほぼなくなっています。
2024年度の売上高は0.36%増
▶︎ オークション価格が上昇
通航料を主な収益とするパナマ運河の2024年度の売上高は49.9億ドルと前年度から1,800万ドル(0.36%)増加しました。先ほど説明した干ばつによって通航した船舶の数は9,944隻と前年比で21%減りましたが、通航するための行列に割り込める権利のオークション価格が上昇し、収入増加につながったとみられています。またコスト削減もあり純利益は3億ドル増加しました。
▶︎ 25年度は12.6%の増収見込む
2025年度の売上高は12.6%増の56.2億ドルを見込んでいます。また通航する船舶数は26.5%増え12,582隻になる見通しです。ただし通航量は物流とリンクするため世界景気の動向や他の航路の状況によって変動する可能性があるので注意が必要です。
返還を求める背景
ではそもそもなぜトランプ大統領はパナマ運河の米国への返還を求めるのでしょうか。
▶︎ 通航料の引き下げを要求
BBCニュースによると、トランプ氏は大統領に就任前の24年12月下旬、アリゾナ州で支持者を前にパナマ運河における通航料の高さに対して不満を述べ通航料を引き下げなければ米国の運河を管理下に戻すように訴えました。
つまり通航料の引き下げが真の狙いで、それを達成するための脅しとして「運河の返還」を持ち出しているのかも知れません。トランプ氏お得意のディール外交の一環なのでしょうか。
▶︎ 中国の影響力を警戒
また中国のパナマ運河への影響力を警戒しているとの見方もあります。香港系企業が運河に隣接する2つの港を管理しているため、米国内の保守派は運河が中国の経済戦略に組み込まれることに懸念を抱いているようです。
運河は経済面のみならず軍事的にも重要な交通路であり、米国の軍艦も通ります。その要衝で中国の動きが活発になることに対して不安が大きいのでしょうか。
▶︎ 日本にも影響
返還を求める理由は何にせよ、トランプ氏の発言がきっかけになり、パナマ運河への注目が集まっています。米国東岸やメキシコ湾から日本へ通航するにはパナマ運河を通ると30日程度で着く一方で、運河を通れずに喜望峰を経由するとなると約50日になってしまいます。航行日数が増えると必要な船舶燃料も増え、輸送コストが高くなります。商品価格に輸送費が転嫁されると我々の生活にも影響を及ぼします。多くのモノを輸入に頼る日本にとってもパナマ運河をめぐる問題は他人事ではありません。