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<書評>『白と黒の断想』

白と黒の断想

瀧口修造著 2011年 幻戯書房

 日本のシュールレリストの第一人者である瀧口修造が、評論家として、20世紀に活躍した写真家を中心に、ピカソやダリなどの著名な芸術作品も含めて、個々の作品とその短評(解説)をまとめたもの。そして、ところどころに瀧口が作った、それぞれの作家をモチーフにした、シュールレアリスムのイメージあふれる詩編が散りばめられている。

 書名となった「白と黒」とは、全ての写真や美術作品がカラーではなく白黒で掲載されていることに起因する。もっとも、戦前に撮影された写真は皆白黒だったので、カラー写真として掲載することそのものが不可能だ。

 今は、PC、スマートフォン、インターネットなどで、簡単にカラー画像を見ることができる。むしろ、白黒画像の方が少なく、もし白黒画像を撮影しようとすれば、カラー画像より大変な労力と経費がかかるだろう。

 だからこそ、本書に掲載された写真の数々―特に写真の黎明期から間もない頃に撮影されたもの―は、決して色あせない、むしろ年月を経ることによってその魅力を価値を増していることを感じる。

 その理由は、撮影された対象が、歴史の彼方に消えてしまっているという希少性と記録性とによるところが大きいのだが、それよりも作品自体としての味わいが、年月を経ることによって、なにか熟成された雰囲気を持っているのが不思議だ。これは、古い美術作品にも通底するイメージだと思うが、通常の絵の具などは経年劣化するのに対して、印画された映像は物理的には劣化せず、常に撮影された瞬間そのままであるのにも関わらず、まるで絵の具が馴染んでいくような、時間の重みを持っている。

 なぜだろうか?と考えてみると、その理由は美術作品同様に、それを鑑賞する人々の気持ちが何か別のものに変換して、目には見えない形態で作品そのものに蓄積しているからではないかと思う。このことに敢えて名前をつけるとすれば、例えば先験的経験あるいは集合的無意識なのではないかと考える。

 そんな気持ちにさせてくれる本である。私は、ちょっとした時間が空いた時、この本をとることによって、妙に落ち着いた気分になっている。

 いくつか私の好きな写真を引用したい。敢えて説明は不要だと思う。写真から受けるイメージを、そのまま味わって欲しい。

アルフレッド・スティーグリッツ


アレッサンドル・ネスレル


アンガス・マックベイン

 説明不要と書いたばかりだが、マックベインのこの写真は説明したい。これは、私の崇拝するサミュエル・ベケットの戯曲「幸せな日々」の場面を再現しているものだ。この20世紀を代表する前衛劇は、写真のとおりに一人の女優が、地面に埋もれた中で一人語りをするものだ。そこには、人生のはかなさ・女として生きること・若さと老い・プライドなど、様々なものが濃縮・象徴されて表現している。


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