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<閑話休題>映画『大脱走』の細かい話

 先日、スカパーで映画『大脱走』を久しぶりに観た。最初に観たのは小学生の頃のTV放映で、その後劇場で観ることは無く(そもそも劇場上映がなかった)、TVの再放送やDVDなどで数回観たと思う。そのため、『大脱走』については全て知っているつもりだったが、改めて観ると、知らないことや気づいたことが多かった。 

 
 オールスターキャストの『大脱走』だが、その派手なアクションシーンや秀逸なキャラクター設定から、主役級はなんといってもスティーヴ・マックイーンだが、彼の風貌は名前にあるようなケルト(スコットランド・アイルランド系)のアメリカ移民というよりは、ゲルマンのドイツ系に似ている。というよりも、むしろもともと中欧にいたケルトの血を色濃く反映している風貌なのだろうが、そのためドイツ系の役名だと思っていたが、「バージル・ヒル」という英国・アメリカ系の名前だった。ただし、「ヒル(丘)」という名前には、アイルランドの聖地「タラの丘」(『風と共に去りぬ』はアイルランド移民の物語なので、主人公は最後に「タラの丘」に帰ることを誓う)を想起させるものがある。
 
 それから脱走方法とその結果は、なかなか考えさせるものがあると思う。脱走に成功した75名のうちの多くが、最寄駅から列車に乗ってフランスをめざしたのに対して、マックイーンはドイツ兵のバイク(BMW)を奪ってスイスへ越境を試みるが、鉄条網にはばまれて失敗するなど、別の方法を使った者もいた。その中で(映画内で)、唯一成功したのはジェイムズ・コーバーン演じるオーストラリア兵のルイス・セジウィックで、彼は自転車・貨物列車・ボート・(レジスタンスの援助を受けて)貨物船・徒歩でスペインに入った。スペインに入ったのは、明らかにピレネー山脈の国境地帯で、フランス南部のレジスタンスからスペイン・バスクのレジスタンスに引き渡されたことがわかる。
 
 この中でちょっとわからなかったのが、船から徒歩への移動で、船はたぶん大西洋沿岸を移動し、スペイン国境近くの港でコバーンを降ろしたのだと思う。そして、コバーンは、フランス南部を南下するルートを辿ったはずだ。フランス南部は、ドイツに降伏していた(パリを含む北部の)ビシー政権の勢力が及ばない地域だった(実際、ゲシュタポに狙われたレジスタンスの多くは、フランス南部の田舎街で逃亡生活を送った)から、ここまでくれば、英国もしくは米国あるいはオーストラリアへ渡航することも可能だったと思う。
 
 また、最後に逃げ切る役割を英国兵(人)にしなかったのは、ハリウッド映画としての意地のようなものがあったと思う。しかし、アメリカ人やカナダ人にするとちょっとやりすぎだし、既にマックイーンというアメリカ兵(人)が主人公として大活躍しているから、この選択はなかったと思う。その結果、大英帝国の旧植民地の人間としてオーストラリア人が中立的に選ばれたのではないか。また、オーストラリアは大英帝国政治犯の流刑地でもあったから、流刑地から大英帝国軍に参加した者がナチスドイツの刑務所から脱走するという皮肉も読み取れる。
 
 ところで、最後まで逃亡できた事例で注目すべき点は、やはり敵の目を逃れるためには、まず誰もが使う移動手段を使わないこと、次に移動手段をできるだけ頻繁に変更することだと思う。そして、これは一般的な世渡りとは正反対になると思った。つまり、世渡りの上手い人は、誰もが希望する進学先を卒業し、また同様の人気ある就職先で転職することなく定年を迎える。一方、世渡りの上手くない人は、誰もが考えない進学先を卒業し、同様の不人気な就職先で仕事をするが、その後職を転々とする。今では、「転職=悪いこと」とはされていないが、昔は転職を繰り返す人は「落ち着きのない人」、「仕事ができない人」という烙印を押された上、給与や年金で苦労する対象とされていた(実際、メディアの「年金貧乏ネタ」には、この手の人達がよく出てくる)。
 
 しかし、『大脱走』のような非常時には、むしろ世渡り下手な人のように目先を転々と変える方が、最後まで逃げ延びる、そして生き残る確率が高くなると思う。そして、今がもし「非常時」であるならば、目先を変える生き方の方が生存率は高くなるのかも知れない。


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