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<書評>写真絵本『ヴァイオリン』

 『ヴァイオリンThe Volin』 ロバート・T・アレン Robert Thomas Allen著 ジョージ・バスティック写真 藤原義久・藤原千鶴子訳 評論社1981年 原著はMcGraw-Hill Ryerson Limited 1976年

 私は、音楽の才能がないばかりか、家が貧乏だったから、子供時代に楽器を学ぶことなんて問題外だった。でも、演奏はできなくても、コンサートに行くのは好きだった。そして、高校生の頃は、NHK交響楽団のコンサートが安い学生料金だったので、度々渋谷まで通っていた。そうして繰り返しコンサートを聴いているうちに、なぜか無性にヴァイオリンを弾きたくなってしまった。その艶やかな音色と、豊かな表現に魅了されたのだと思う。

 もちろん、私が大学時代に通っていたお茶の水の学生街に、いくら音楽関係や楽器が豊富にあるといっても、貧乏学生のためアルバイトで学費を稼ぐ私が、ヴァイオリンを習うことなんてできるわけがない。その後就職して、多忙な仕事に追われているうちに、ヴァイオリンのことは忘れていった。

 ところが、仕事の関係でマイアミに住んだとき、偶然ショッピングモールの中でおもちゃのヴァイオリンを見つけたのだ。おもちゃにしては、サイズは小さいものの形や色合いはちゃんとしていて、さらに弦を弓で弾くと、予め設定されていた曲―ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章の主題等―が、ヴァイオリンのスピーカーから流れるようになっている。いかにも子供だましなのだが、それでも私は、自分が弾いているように錯覚した。そして、「これは意外と楽しい!」と、しばらく喜んで弾いていた。ところが、ある時我が家を訪ねてきた家族の幼児が、目を離したすきにこのヴァイオリンの弦をばらばらに壊してしまった。・・・この絵本と同じに、「僕の大切なヴァイオリン」は壊れてしまったのだった。

おもちゃのヴァイオリン

 私は、絵本の主人公同様に、しばらく落ち込んでいたが、そのうち日本のおもちゃ屋で似たものが売っているのを見つけて、思わず購入した。しかし、その時はもうマイアミで弾いていたときのような喜びはわかなかった。簡単に言えば、ピザを食べたいと思っていたが、待ちに待って届いたピザが既に冷めていて、チーズもこちこちに固まっているから、もう食べる気が無くなっていた、そんな気分に近かった。

 その頃だった。この絵本があることをネットの書評で知ったのは。そして、すぐに購入したいと思った。しかし、その時も海外にいて、しかも今のように日本の書籍を自由に購入できるシステムはなかったから、「次に日本に帰ったときに買えば良い」と思い、それから結局10年くらい経ってしまった。・・・その10年くらい経った今、昔の資料などを整理しているうちに、この絵本を書評した記事のコピーが出てきた。

 「これは何かの因縁だな」と感じた私は、思わずネットで安い中古品を注文した。絵本はすぐに届いた。少しだけ興奮しつつ、私は包装を解いた。しかし、かつて「買いたい!」と思ったときの感動はもうわかなかった。私にとっての「ヴァイオリン」は、おもちゃのもの(再購入したものは、今は親戚の子供に渡って、遊び道具になっている)同様に、歳月を重ねた(ピザが冷めてしまった)ことで、特別な思い入れは、すでに遠くに消えているのだろう。そう、童謡「さっちゃん」みたいに、「遠くへ行っちゃった」のだ。

 さて、前置きはこの辺で止めて、この絵本の紹介に入ろう。作者の名前から推測すると、ケルト系のアイルランドかスコットランドの雪深い田舎が舞台だと思う。また、写真もこのイメージを強調してくれる。そして、絵本のスートーリーを簡単に紹介しよう。

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 少年二人が、お小遣いを貯めて、町の楽器屋でヴァイオリンを買おうとするが、お金が足りない。しかし、優しい店の主人は、安いヴァイオリンを売ってくれた。

 少年は喜んで公園で弾いてみるが、音がちゃんと出ない。怒って公園のゴミ箱に捨てたところ、知らないおじさんがやってきてヴァイオリンを拾い、ちゃんと音を出す。少年は、おじさんに「僕のヴァイオリンだ」と言って、返してもらう。そして、おじさんの不思議な家に行って、ヴァイオリンを調律してもらい、さらに弾き方も教えてもらう。

 そうしたある日、少年は、釣りをしていたときに誤ってヴァイオリンを壊してしまう。失意の少年の友達は、おじさんに助けを求める。おじさんは、失意の少年に別のヴァイオリンを渡して、ボートに乗って湖を去っていく。おじさんに教えてもらった曲でヴァイオリンを奏でることが、少年とおじさんとの永遠の別れになった。

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 この絵本は、多層的多重的な読み方ができると思う。また、子供のための絵本というよりは、大人のための絵本に思える。参考までに、私の読み方は以下のようなものだ。

 おじさんと別れた少年は、きっと以前よりも良いヴァイオリンの音を出して、立派な音楽家になるのだろう。そして、この不思議なおじさんは、音楽の神様から派遣されたサンタクロースのような人だったのだ。だから、少年が音楽家になるための第一歩を踏み出したのを確かめたら、もうおじさんは不要だ。だから、最後にどこか遠くへ行ってしまう。それは、主人公が少年から青年へと成長する過程であり、「歌の別れ」であり、『星の王子様』の飛行士(サンテグジュペリ)が王子様と別れるときなのだ。

 このおじさんと出会い、そして別れた少年は、とても幸せな人間だったと私は思う。私は、老齢になるまで、このようなおじさんに出会えることはなかったし、また別れもなかった。結局別れたのは、おもちゃのヴァイオリンと「さっちゃん」だけだったのだろう。


<私が、アマゾンのキンドル及び紙バージョンで販売している、音楽小説です。>


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