見出し画像

大人になってもっとも繰り返し読んでいる絵本『よるのむこう』/nakaban

『よるのむこう』/nakaban(白泉社)

【あらすじ】

旅先からの帰り道。真夜中の列車の中。
過ごした街に別れを告げながら、懐かしい自分の国へと帰ってゆく。

見知らぬ土地を通り過ぎながら、見慣れた景色が見えてくる「おかえり」

読みかけだった本が読んでと誘ってくる「ようこそ」

靴の中に入っていた石ころに宿る「記憶」や、鞄の底に眠るマッチ棒に宿る「におい」

真夜中から明け方までの、帰郷を描く絵本。


【感想・魅力紹介】

楽しかった旅先から帰るときの、胸がきゅっとなるような切なさ。再び日常に組み込まれていくことが受け止め切れないような、もどかしい気持ち。

学生時代、出かけたときの帰り道、よくそんな気持ちを抱いていた。

社会人になってからは、そこまで後ろ髪を引かれるような感覚になることは少なくなってしまったが、日常から離れ、刹那的な時間を過ごす「旅」には、普段の心の形を変形させるような、不思議な力があるような気がする。

nakabanさんの『よるのむこう』は、そんな「旅」の帰り道をテーマに描いた絵本。

真夜中、旅先の街を列車で出発し、故郷へと帰る道すがらを描いている。

一瞬だけれど、ふわっと懐かしさを感じさせる景色やその余韻、上手くは言葉にできないけれど、それを大事にしたほうがいいんじゃないかと思うような感情。

そういった、通り過ぎてしまうしかない一瞬一瞬を、本のなかに留めおいてくれているのが、この絵本の見どころだと思う。

そして、絵本ならではの魅力がもう一つ。それは、帰り着く場所がまた、読み手からしたらわくわくするような、素敵な場所であるところ。

住んでいるところに帰るとき、見慣れた景色に安心する感覚は、おそらく多くの人が感じたことがあるはず。

しかし、安心感を得ると同時に、帰り着く日常とは、多少なりとも窮屈で、辛いところ。

だからこそ、帰り道に切なさやもどかしさを感じるのだろうが、この絵本は帰り着く先までもが素敵なのである。それがいい。

大人である自分が、この本を何度も開いてしまう理由は、おそらくそういったところにあるのだろう。現実的な日常があるからこそ、この絵本の効用は大きくなっていくのかもしれないし、ある種の中毒性があるのだと思う。

そして、自分もいつかこんな故郷を持ちたいと思ってしまう。

ここまで絵本の世界に入り込める背景には、作者であるnakabanさんの、画一的でない感情を抜き出し描く技術とセンスがあるのだろう。

ページをめくったときに、自然とその世界に入り込めていく引力があり、何とも言い難い感情や空気感を描くのがものすごく上手い。この絵本を読んでいるときは、素敵な旅の記憶と故郷の豊かで静かな生活への安心を感じさせてくれる。

初めてこの絵本を手に取ったときは、こんなにも素敵な絵本があったのに、こんなにも素敵な作家さんがいたのに、これまで読んだことがなかったことが悔しくなった。

nakabanさんはそのほかにも素敵な作品をたくさん作っているし、個人的に大好きな小野不由美先生の怪談えほん『はこ』(岩崎書店)や、桃月庵白酒師匠の古典と新作らくご絵本『ぬけすずめ』(あかね書房)の絵を担当しているのも、何となく嬉しいところ。

URESICAで開催されていた個展「nakaban expo “Lamps”」も非常に素敵だった。

大好きな作家さん。

おわり


いいなと思ったら応援しよう!