「どうする賃上げ2024」エキストラ ~「2024年の復習&2025年の予習」
1.はじめに
春の労使交渉も終結し、今は夏の賞与に移っていることかと思います。連合の最終集計はまだ出ておりませんが、今年の賃上げがどうだったかは、ほぼ結果が見えてきました。
全体総括的なものは、新聞やビジネス誌の記事に掲載されていますので、私が気になった個別事例を中心に振り返ってみたいと思います。
来年の交渉に向けて、ご参考になれば幸いです。
2.賃上げ率の読み方
このnoteの第1回「賃上げ5%って、5%上がるの?」のタイトルで、よくその内容を確認して、必要以上に数字に振り回されないようにと申し上げました。
今年の交渉でも「○○社は△△%」という見出しが、新聞で連日報道されまししたが、記事をよく読むとさまざまな違いがありました。
例えば、ベースアップのみなのか、定期昇給を加えたものなのか、手当改定分も含んでいるのか。あるいは賞与も含んだ、年間給与額(年収)ベースでの増加率なのか。
または、対象となる社員の平均なのか、モデル(例えば35歳総合職)なのか。
新聞記事などの報道では、詳しく記載されていない場合もありますが、単純に数字だけで比較されないようにご留意ください。
3.賃上げは各社さまざま
新聞記事等の中から、気になった事例をピックアップしてご紹介します。
① 若手層などへの配分を厚くした事例
コスモエネルギーHD ベア・定昇合わせて平均6.9%。10-20歳代の社員は11.1%(3/4付日本経済新聞)
住友生命 内勤職に平均5%の賃上げ。入社10年以内の若手層には約10%の賃上げ(3/7付日本経済新聞)
イトーキ 定昇・ベア合わせて平均5.34%。20歳-30歳代前半の社員は7.4%(3/12付日本経済新聞)
JR西日本 定昇・ベアと手当の改善で合わせて平均6.3%。離職が増えている20-30歳代の若手・中堅や保線職の層への手当てを厚くする(3/13付日本経済新聞)
東京ガス 定昇・ベア合わせて平均6%。30歳代前半までの資格給を重点的に引き上げて平均13%。(3/16付日本経済新聞)
アサヒビール 定昇・ベア合わせて6%。33歳以下には最大1万7,000円の上乗せ(3/20付日本経済新聞)
TOPPAN 定昇や手当なども含めた総額平均7.8%。若手・中堅の働く意欲を高めるため、「ジョブ・チャレンジ手当」を支給する。等級に応じて月額1万―5千円(3/28付日本経済新聞)
野村證券 ベア・定昇合わせ3%程度。入社3年目までの若手は平均6%引き上げ(3/29付日本経済新聞)
相対的に給与額が低い若手層は、引き上げ率は高くなる傾向にはありますが、人材確保が難しくなってきている状況を踏まえ、リテンション(離職防止)や採用などを考慮して、処遇を引き上げている傾向が見て取れます。
実際、厚生労働省の2023年賃金構造基本統計調査によれば、大企業では20-24歳で+3.0%、 25-29歳で+1.3%となっています(他の世代はマイナス)。今年は、初任給の大幅増もあり、より顕著に表れると思われます。
② 定期昇給・ベースアップ以外の給与改定等の事例
住友生命 内勤職は賃上げの他に、物価高への手当月額1万2千円支給。営業現場の管理を担う支部長に転勤への特別手当を支給。転任地などに応じて半期ごとの賞与に上乗せする。3年間で最大150万円(3/7付日本経済新聞)
吉野家HD 定昇と生活補助手当の拡充など平均8.91%(3/7付日本経済新聞)
TDK ベア・定昇に加えて、株式報酬制度を導入。年間15株を付与(3/9付日本経済新聞)
アシックス 好業績を社員に還元する仕組みを2024年度から導入。資本コストを上回る利益を生み出した場合、一定割合をグローバルの全社員に分配する方式の賞与(2/11付日本経済新聞)
ダイフク ベア・定昇の他に物価上昇に対応した臨時的な賃上げ実施(2/11付日本経済新聞)
イトーキ 定昇・ベアの他に、物価高に対応した特別慰労金20万円を3月に支給。人事制度見直して賞与の上限額を引き上げ(3/12付日本経済新聞)
セコム 定昇・ベア・手当で平均6.3%。入社5年目までの社員対象に奨学金返済の支援制度を導入。奨学金返済残額の4%もしくは20万円を年間支給上限とし、5年間で最大100万円(3/12付日本経済新聞)
三菱食品 月額1万5千~2万円の賃上げ。臨時社員含む最大15万円の一時金を支給(3/16付日本経済新聞)
ファミリーマート ベア・定昇合わせ4.3%。賞与含めた年収ベースで7.1%。所定労働時間を1日当たり7時間45分から7時間30分へ短縮(3/16付日本経済新聞)
三井住友銀行 ベア3.5%。賞与増額、定期昇給、昇進・登用、研修費用、株式報酬制度などで計7%程度。株式報酬制度は退職時に等級に応じて100-250株を付与(週刊ダイヤモンド6/8・15号など)
三菱UFJフィナンシャルグループ 給与と賞与で3.4%増。中計特別報奨金15万円を一律に支給し、計8.5%(週刊ダイヤモンド6/8・15号)
noteの第2回で多種多様な給与引き上げの事例を一部ご紹介しましたが、実際には報道されただけでも上記のようにバラエティに富んでいます。
物価高に対応した手当や一時金の支給。会社業績をより明確に反映させた手当等の支給。さらには、キャッシュアウトを抑える株式報酬制度の導入なども目立ちました。
企業がそれぞれの課題に応じて、人事評価制度の見直しも含めて、社員へどう報いていくか、熟慮されたものと考えられます。
4.賃上げ原資をどう確保していくか
経営者の皆さんの一番のお悩みは、賃上げ原資をどう確保するかではないでしょうか。
賃上げ余力を見る指標の1つである労働分配率は、2023年度の財務省企業統計をもとに日本経済新聞社が算出したところ、大企業(資本金10億円以上)では38.1%と過去最低、中小企業(1億円未満)においても70.1%で、1991年度以来の低水準となったとのことです(6/4付日本経済新聞)。
しかし、日本商工会議所の「中小企業の賃金改定に関する調査」によると、本年度「賃上げを実施予定」とする企業は74.3%にのぼるうち、「防衛的賃上げ(業績の改善が見られない中でも賃上げを実施予定)」としている企業は64.1%もあり、中小企業の苦しい事情が伝わってきます。
政府は、物価高を上回る賃上げの定着へ向け、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」において、中小企業にも賃上げの動きを広げていくために「構造的な価格転嫁を実現する」と強調する見込みです。労務費の上昇分を価格へ転嫁する動きが鈍い業界に対し、自主行動計画の策定や改善策の検討を求めるようです(6/4付日本経済新聞)。
すでに、取引の正常化に向けた取り組みも進めています。労使交渉真っ只中の3月、公正取引委員会が大手自動車メーカーへ下請法違反で再発防止を求める勧告を行ったり、価格転嫁に応じない企業の社名公表を行ったりしました。
人件費や高騰する原材料費・電気代などが、取引価格に適正に反映される動きが広がっていくことを願っております。
私がお手伝いしている会社においても、社長さんが「利益率を上げる見積もりを出してほしい。目的は、皆さんの給与を上げていきたいからだ」と社員の皆さんへお話しされていました。
5.おわりに
今年は、高度成長期以来の歴史的な賃上げの年になりました。夏頃には、実質賃金がプラスに転じると言われており、来年はやや落ち着いた交渉になるのではと思われます。
しかし、一方で深刻な人手不足は続くと考えられ、人材獲得競争は激しさを増すのではないでしょうか。
そのような中で、企業は優秀な人材を採用し、あるいは現在在籍している社員に長く働いてもらうべく、処遇を考えていかなければなりません。
賃金改定が終わったばかりですが、そのために来年に向けて、今から取り組むべき課題は次のように考えられるのではないでしょうか。
① 賃上げ原資の確保(取引の適正化や、事業構造の見直しなど)
② 人事評価制度・給与制度の見直し
③ 処遇だけに頼らない、働きがいの向上
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