「初めての人生の歩き方」(有原ときみとぼくの日記)第12房:鳥取県は星取県になりました②

 帰ろう。大阪へ。

☆   ☆   ☆

 有原くんは二十六歳ぐらいの頃に
「社会不安障害ですね」
 と診断された。
 人前や他人の視線が異常に怖く、外に出ることもできないときがあった。

 そのせいにしていた。

 逃げていたんだと思う。社会とか人間関係から目を逸らし、自分のプライドを守るために逃げていた。
 ――後悔。
 本当はあった。したいことがたくさんあった。バンド、海外一周、仕事、遊び……など。

「明日はバスで帰るのか?」
「……ちょっと考えてることがあるんだけど」

「俺さ、ヒッチハイクしてみたい」

☆   ☆   ☆

 変わりたいだけ。
 怖かったよ。
 手足なんかずっと震えてさ。
 もう帰ろう。諦めよう。
 やっぱり無理なんだ。
 俺にはどうせなにもできないんだ。

☆   ☆   ☆

 見上げると、満面の星が夜空を染めていた。夢のような輝き。車内から見つめるその光景に、有原くんは思わず呟いた。

「なんだよ、やればできるじゃん」

 静かな夜にアコギの音が体を震わす。偽物の旅人でも構わない。時間はある。ここから始めればいい。まだ間に合うさ。

☆   ☆   ☆

 親切な旅人に一泊させてもらい、有原くんは翌日大阪に帰った。
 隣には仲間がいた。友達がいた。もう彼は一人ではなかった。

「また連絡するよ」

 二人は別れた。
 握手をした。
 雨が降ってきた。

☆   ☆   ☆

 初めての人生、なりたい自分もやりたいこともまだ分からない。

 だから歩く。ゆっくりと着実に力強く。

 でも、歩くのが苦しくなるときだってある。

 もう嫌だ。歩きたくない。怖いんだ。思うように進めないし、道はないし、周りの人はどこかに行っちゃった。

 遠くを見ると、昨日まで同じような道を歩いていた仲間が、大きくて立派な道路の上をカッコいい外車に乗って走っていくのが見えた。

 もう何人もそんな仲間を見送った。

 悔しい。なんでだ。ふざけるなよ。俺だって頑張ってるじゃないか。なんで俺じゃないんだよ。みんなズルい。きっと不正をしたんだ。金をばらまいたんだ。

 ひがむときも、妬むときもあった。すべてを人のせいにして世の中を恨むときもあった。

 もう歩けないよ。

 そんなときは休めばいい。少し休憩しよう。怖くなんてないよ。大丈夫。心配しないで。

 また必ず立てるから。

 振り返ってごらん。なにが見えるかな? 遠くばかり見ていると、自分の足跡に気がつかないよ。

 ほら、あるじゃん、足跡。

 歩いていたきたんだ。自分の足でここまできたんだ。すごい。本当にすごいよ。頑張ったね。苦しかったね。

 自分で自分を誉めてあげて。

 他の人は他の人。自分には自分のペースがある。周りなんてどうでもいい。自分の道を歩いてきたこと、忘れないで。その道は必ず目的地にたどり着ける。

 目的地は一人一人違うから。

 休んだら立とう。焦らなくていい。大丈夫。ここまで来たんだ。歩き方を忘れたりはしないから、安心して。

 また立てる。何度だって立てる。何度転んでも、何度立ち止まっても、絶対大丈夫だから。

 ここまで来たんだ。
 ずっと歩いてきたんだ。

 すごいよ、本当に。

 ほら、顔を上げて。

 もうすぐじゃん。

 なにか見える?

 目を細めて、

 立ち上がって、

 前を見てごらん。

 ほら、

 見えた。

 星のような、

 小さく力強い、

 光。

☆   ☆   ☆

 歩こう。

 一緒に。

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