「初めての人生の歩き方」(有原ときみとぼくの日記)第29房:やる気が出ると弊害が生まれる

 スイミングのバイトを始めたのはいいが、そこの管理体制がルーズで、例えば先月のバイト代が手続きが間に合わず来月に持ち越しになったり、ろくな指導もないまま子供たちの補助をしてという無茶ぶりをされたり、謎なミーティングに強制参加させられたり、有原くんは結構苛ついていた。
 とにかく金がない。
 自分の棚卸すをする中で、彼は自分が今できることをまとめてみた。

・スイミング
・ライター
・アクセスバーズ
・飲食
・日雇い

 即金が欲しい。
 彼はとりあえず日雇いに登録するとことにした。

 そんなある日、ここは心療内科。
 春の天気にしてはやや暑いぐらいだが、公害なんてまったくなさそうな澄み切った青空を見上げると、やはり春だ。
 彼は今日決めていた。

「実はもう薬を飲んでいないんです」
「そうですか」
「もう大丈夫です。通院は今日で終わりにしたいです」
「……分かりました。ではまたなにかあれば気軽に来てください」

 彼は年老いた先生と受付の目の細い女性に頭を下げお礼を伝えた。
「長い間本当にありがとうございました」
 本心ではないにしても、世話にあったのは事実であった。また、感謝とは違うある種の感動が込み上げてきたのも事実だった。

 社会不安障害と鬱と診断されてから、ここには5年も通ったのだから。

 空は青い。春だ。歌え、鳥。笑え、俺。
 俺はもう自由なんだ!

 その足で近くの場外馬券場に向かう。
 もしかしたら当たるかもしれない、と根拠のない自信を抱きながら。
 久しぶりの場外馬券場は昔となにも変わっていない。彼はとりあえずトイレにこもった。ずっと我慢していたものが溢れ出す。
「病気が治ると快便だ! なんだか当たる気がするぞ!」
 気合を入れて便器から立ち上がった瞬間、腰がピキッとなった。

 まさかのぎっくり腰。

 しばらく個室のトイレで安静にしていたからいいものの、これではとても日雇いなんてできやしない。
 彼は困った。どうしよう、どうやって金を稼げばいいんだ!

人生は不思議だ。なにかを始めようとすると決まって弊害が生じる。ただ今回の場合はきっと日雇いではないんでよーと神様の言葉と受けることにした。他にできることはある。それで頑張ろう。
 人生は受け取り方次第だし、そんなことで腹を立てていては面白くない。日雇いなんてしなくていい。できなくていい。なんとかなる。きっと大丈夫。

 そう自分に言い聞かせながらなけなしの金で買った馬券は、見事に外れました。
「チクショー!!」

 競馬でもない、ということを改めて学んだ有原くん、さあ、明日はなにがまっているのやら。

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有原野分
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