それでも、うすめないでほしい。そのままが最強だから。
たくさんのnoteを読ませていただいて個人的にリクエストが言えるんだとしたら?を考えてみる。
読み手とはとてもわがままなものだ。
あーでもないこーでもないと自分では全然書けないし、毎日しんどって思っていることは、このnoteの中だけは一旦大きな棚にあげといて、欲張りになってしまおうと思う。
僕も今月はnoteの毎日更新に挑戦中で、11月11日に11記事目を書いている。それだけでなんか嬉しい気持ち。せっかくならと夜の11時にあげられるように今じかんと戦って書いている。
話がちょっぴりそれたので話を戻すと、書いているとつい「いいね」などの反応が気になる感覚が芽生えてきていることに気づく。
そうすると、読まれるためには?わかりやすく伝えるにはどうしたらいいだろう?と頭を使い始める。
その書き手の思いやりや心配りは、読み手としてはとても嬉しいおもてなしだと感じる。これがていねいにできる人は無条件にリスペクト。そしていい人。これは絶対そう。
ただもし、仮に伝えたいがためにじぶんから出てきた感情や思い、願いを、わかりやすい言葉で書こうとした時、ちょっと待った!!と声を大にして言いたい。(ねるとん懐かしいなぁ。)
感情や思い、願いはそんなシンプルじゃない。ときに複雑でぐちゃぐちゃで、どうにもこうにも言葉にならないことだってある。
そんな時は、きれいにまるめたりしないで、複雑でまとまってない言葉でいいし、ぐちゃぐちゃで言葉にならないときは、そのまま「ぐちゃぐちゃで言葉にならない」ことを言葉にしてほしい。
その葛藤がもうすでに最高だし、それに向き合って、さらには言葉を紡ごうとしている。
そんなの絶対にそのままが最強に決まってる。
僕は読み手として、うすめて喉ごしのいいさっぱりした誰にでも飲みやすいカルピスよりも、原液から作るあのあまーい、ちょっぴり酸っぱいカルピスが好きだ。
さて、なんの話だったかというと、できるかぎり原液のその人から出てくるそのままの作品を読みたいと言うこと。
これが僕の伝えたいわがままなリクエスト。