上司に怒鳴られながら、エジプトのことを考えていた
新卒で入社してすぐ、「ここはいわゆるブラック企業なんだ」と気づいた。
よくある話と言えば、それまでだけど。
私は営業部員として、日々テレアポをしては電話口の方にガチャ切りされ、アポイントの数が足りないと上司に詰められた。
朝の7時に出社し、終電のころに退社。日中は関東地方を駆け回り、「定時」を過ぎてから帰社してテレアポ、提案資料作成、打ち合わせの日々だった。
近所のコンビニの店員さんとは顔見知りになり、部屋も肌も荒れた。学生時代から付き合っていた恋人には手ひどく振られた。
休日は夕方まで死んだように眠ったあと、オフィスへ。必ず誰かがいて、愚痴を言い合いながら仕事をした。休日はテレアポする必要がなく、まったり仕事ができて幸せだとさえ思っていた。そこには問いが生じる余地などない。
中途入社の先輩が「お給料をもらえているし、会社に泊まることもほぼないんだから、うちはブラックではないよ。文句がある人は辞めればいい」と言っていたことをよく覚えている。
「大変だけど、成長できてる感じがする!」と思えていたのはほんの数カ月間のこと。部屋と肌だけでなく、心も荒れるのに時間はかからなかった。
5年以上経った今でも、上司の声が耳に張りついている。
今日アポ何件とれた?
●件とれてないのに、なんで電話してないの?
案件化率は?売り上げは?
今なら「仕事なんだから仕方ない」と思える部分もあるけど、当時はまだ、そんなふうには考えられなかった。
誰もいない早朝のオフィスで泣き、お手洗いに駆け込んで泣き、2年目になってからは、終電間近の駅のホームで泣く後輩の隣にただ座って、やってきては去っていく電車を眺めていたこともある。
目覚めた瞬間に考えるのは、また朝がきてしまったということ。電車に飛び込んだら楽になるのかなと想像するのも、事故に遭ったらしばらくはテレアポせずに済むだろうなと思うのも、毎日のことだった。
心配をかけたくなくて、親や友だちにはほとんど連絡できなかった。
そんな日々が数年続いたとき、先輩に「趣味って何?」と聞かれた。
「海外旅行です。学生のころ、半年くらい旅をしてたこともあったんです」
「いいね。うちの会社にいたら旅行なんて無理だよね。そもそも有給休暇が何日付与されてるかも知らないし、申請方法もわかんない(笑)」
旅が好きで好きで仕方なかったことなんて、すっかり忘れてしまっていた。
「一生ここにいたい」と思えたダハブ。
生まれて初めて定宿ができたバンコク。
いつか新婚旅行で戻ってきたいと思ったドブロブニク。
大学生らしく、ゾウに乗ってはしゃいだ。
“満天の”以外の枕詞なんてありえないような星空を、寝っ転がって眺めた。
生まれて初めて友だちと喧嘩をしたし、一生女子会のネタにできそうな恋もした。
そんな経験を、どうして今まで忘れていられたのだろう?
思考停止していた頭が動き始め、あっという間に旅で占められていった。
そのころから、仕事がどんなに辛くても平気になった。
上司に怒鳴られたって、営業先でセクハラに遭ったって、「私はいつでもダハブに行ける!明日から移住したっていい」と思える。
カオサン通りのカオスっぷりを思い出せば小さなミスなんてどうでもよくなったし、「新婚旅行なら素敵なホテルに泊まりたいな〜」と妄想すればプレゼン前日の夜でもよく眠れた。
入社してからそれまで、自分の体じゃないみたいにふわふわしていたけれど、やっと自分の人生を取り戻せたような気がした。
転機は突然訪れる。
部署異動により、自分のペースで仕事を進められるようになった。このタイミングで「19時に帰る人」になることを決意した。
全社を見渡しても、19時に帰る人なんてひとりもいない。
だけれど気にしない。私はひとりで半年も旅できるくらい度胸があるんだから。自分に何度もそう言い聞かせた。
「19時に帰る人」になったと確信できたころ、試しに有給休暇を申請してみた。拍子抜けするほどすんなり取れた。
行き先は、学生時代からずっと行きたかったメキシコ。
バスに揺られ、サボテンの写真を撮り、憧れていた景色のなかに身を置いた。高山病になったことすら、なぜかうれしかった。「今も会社の人たちは働いているんだ」なんて、ちらりとも考えなかった。
バックパックの重さとは裏腹に、何かが軽くなったような感覚を、今でも覚えている。
その後に旅したセブ島では、いいホテルに泊まり、プールサイドでノンアルコールカクテルを飲んだ。「こんな旅、学生時代にはできなかった」と思った。「歯を食いしばって働いてくれた自分、ありがとう」とも。
こうなるともう止められない。自分の人生は自分で決めていいんだよね、と考えるようになり、転職活動を始めた。
退職が決まってからは、溜まりに溜まっていた有給休暇をどう使おうと、そればかり考えて過ごした。有給休暇をとらせてもらえずに辞めていく人ばかりの会社だったけど、世界一周ができそうなくらいたっぷり旅をして、退職した。
他の人がどうなのかは知らない。
でも私にとって、旅のすぐ裏には、いつだって仕事がある。仕事があるから旅ができるし、旅があるから私があって、仕事ができる。旅と日常の間にコントラストが生まれるのも、仕事をしているからだ。
だから仕事はきちんとして、悔しい経験もしたい。その分だけ、次の旅が恋しくなるはずだ。
もし、あの会社に就職していなかったら――そう、今でも考えることがある。
最初から平和な日常を送っていたら。定時後の予定が鍋パーティーやライブ、デートで埋まっていたら。そんな人生だったら、旅の必要性なんて感じていなかったかもしれない。
私は旅に生かされている。未来の旅にも、過去の旅にも。きっとこの先も、こんなふうに生きていくんだろうと思う。
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