虹色百貨店の空色の仲間たち-第1回
毎日のように、同級生からの「内定をもらった」という話を耳にする。「すごいなー」と、どこか上の空で言いながら、今日も家でゴロゴロしている。
就職活動を全然していない。だからといって、何か他にやりたいことがあるわけでもない。単に学生から社会人になりたくないだけだった。それならそれで、何か見つかるまでアルバイトで過ごすとか、思いきって海外に行って見聞を広めたりすればいいのだが、情けないことに、人と違ったことをやる勇気がまた、欠如していた。
「そろそろ活動しないとな」
そう思って久しぶりに学校へ行く。1988年8月も終わろうとしている、空が高い日だった。
就職課の扉を開けると、誰もいない室内の掲示板にいくつか張り紙があった。
『虹色百貨店会社説明会 9月10日 10:00~』
これから会社説明会⁉ 自分のためにあるようなものじゃないか!!
僕はすぐに就職課の部屋を飛び出すと、公衆電話から電話をし、説明会の予約をした。たったそれだけのことで、みんなと同じぐらいの就職活動をした気になっていた。久しぶりの満足感と共に家に帰り、翌日からまた何をすることもなく、ゴロゴロとした毎日が再開した。
そうしているうちにあっという間に説明会当日になり、慣れないスーツを着て説明会会場に行く。受付で、
「会社案内はお持ちですか?」
と聞かれる。「いえ」と答えると、その場で資料を渡してくれた。そういえば、まず資料請求からだとみんな言ってたことを思い出した。でも高く積まれた資料を見て、やっぱり自分と同じような人がたくさんいるのだろうと、少しホッとした。
会場内に入ると、中はかなり広く、ざっと100名ほどの机とイスが準備されている。10時になると担当の方が檀上に立ち、話を始めた。
「ご存じのように、この時期はほとんどの方が内定している状況です。我が社におきましても、既に本年度の採用は一旦終了したのですが、2名ほど欠員が出まして本日説明会を開催した次第です。大変恐縮ですが、これだけたくさんのみなさまにお集まりいただきましたが、この中で採用は2名だけになることをご了承ください」
……。そ、そりゃそうだよな。9月になって、来年の新入社員を一から募集しますってわけないよな。
一気に体の力が抜けた。この2週間ほど、就職活動をした気になって余裕でいたのは何だったのか? 意気消沈しながら会社説明を聞く。終了すると、
「ではこれから筆記試験を始めます」
と言われ問題と解答用紙が配られた。
試験⁉ 聞いてないよ!!
他の企業に行ってないので、説明会とはこういうものなんだと諦めるしかなかった。合図と共に問題用紙を開くと、時事問題である。
全くわからない! と思っていたら、一つだけわかった問題があった。
『yuppie(ヤッピー)という語句を説明せよ』
とっさに
『酒井法子さんが使う言葉で、ヤッターという意味』
と書いた。自信がある回答はそれだけだった。
あとからわかったことだが、yuppieとはyoung urban professionalsの略で、若手で都市住民たるエリートサラリーマンという、当時使われていた言葉だったらしい。
たとえ酒井法子……が正解だったとしても、他の問題がさっぱりで、しかも2名だけの採用ということなので、すっかり諦めて家に帰った。
また就職課にいかないと。でも、これから採用してくれる会社なんてあるのだろうか? 現実を知り、気持ちだけが空回りした。
それから数日後、学校に出掛ける準備をしていると、祖母から
「虹色百貨店から電話だよ」
と言われた。確か、面接に進む人だけ連絡って言ってたのに、忘れ物でもしたかなとすっかり面接のことなど頭にないままに出ると、
「面接をしますので、次回同じ場所に来てください」
と日時を言われた。あっけにとられた。あれで面接に進めるのか。もしかして、面接は全員なのか? いや、そんなこと言ってなかったはずだ。いろいろ思いめぐらせたが、とりあえず面接に気持ちを切り替えて向かうことにした。
これが虹色百貨店との最初の出会いであった。