真夏の蜃気楼から逃げ出すように
「夏のプレイリスト作っておいてよ」
来週のドライブデートに備え、彼に夏のプレイリストをリクエストする。
私の夏のドライブプレイリストはちょっぴり湿っていて帰り道の夕暮れ時みたいだから。
毎日じりじりと焼かれるような暑さだと、外へデートに行くのも億劫になる。けれど、君はそんなのお構いなしでどこかへ出掛けたいと言う。
私は日焼けするのも、暑い中マスクをしなければいけないのも嫌だから
「ドライブしよう」
と提案した。
「いいね」
君はどこかへ行きたいくせに、行きたいところがどこかは分かっていない。そして、そのことを私はちゃんと分かっている。
ただ、どこか、遠くへ。
真夏の蜃気楼から逃げ出したいんだ。きっと私たち二人とも。
なんとなく西に向かうことに決める。
ドライブコースを考えるのはいつも私の役目だ。我が家の車を使うから、というのもあるのかもしれない。
それに私は助手席よりも運転席が好きなのだ。
別にオートマの何の変哲もない国産車だけれど。
10時に彼の家に迎えに行くとして、家を9時過ぎには出発して……あ、前日までにガソリンを満タンにしておかないと。
飲み物やお菓子は合流してから一緒にコンビニで買えば良いか。
そうだ、レジ袋。エコバッグも忘れないようにしないと。
日帰り温泉にはやっぱり寄るのだろうか。結局決まらぬまま、というか決めぬままだ。
念のため、二人分のバスタオルも積んでおくか。
「おはよう、あと10分くらいで着く」
Bluetoothに繋いだスマホから電話をかける。
「わかった。着いたらまた教えて」
「うん。暑いから外で待たなくていいからね」
「そのつもり」
「じゃあのちほど」
味気ない事務連絡。ほんの少し浮かれたように聞こえた君の声。
窓から射し込む太陽の光が暑い。右半身を少しよじる。
ナビでは目的地、彼の家まであと7分。
と思ったら信号に引っかかり、表示が8分に変わった瞬間を目にした。
きっと君はサングラスをかけ、いつもと変わらずお洒落な恰好で部屋から出てくる。私の顔を見つけると眩しそうに手を振るんだ。
私は久々に会う君の姿に胸がどぎまぎして、今日の帰りの車内のことを考える。
今日こそ言わなきゃ。
今日こそは。
どこか遠くへ行きたいのは君だけじゃない。
二人とも、どこへ行きたいのか本当は分かっている。
そこに二人で行けないことも。
最後に、一緒に、真夏の蜃気楼から逃げ出そう。